7日目。王の権威
――……アナスタチカの録画は、ひとまず終わった。
俺は、大きく息を吐きながらソファーに沈みこんだ。
そこにマリとワイズリエルがやってきた。
マリは横に腰掛けると、根性の悪い笑みをして言った。
「あまりにも現実主義で嫌になったでしょ」
「……まあ」
「1000年の平和のために100人殺す……みたいな決断を下しちゃってる」
「というかさあ」
俺は、ため息混じりに言った。
「アナスタチカ王妃の娘って、魔法使いなんだろう?」
「ええ。アンジェリーチカ第一王女は魔法使いよ」
「それを城塞都市の領主にして、そこに100年閉じ込めるってのはどうなんだ?」
俺は眉を上げて訊いた。
するとマリは、にたあっと笑って言った。
「それがアナスタチカの真の目的よ」
「ああン?」
「魔法使いを城塞都市に100年閉じ込める。王族がそこの領主になる。しかもその王族はアダマヒアの王位継承者であり、実は、魔法使いなわけ。もちろん、アンジェリーチカが城塞都市の領主になれば、王位は第2王女以下に継承されるのだけども」
「しかし、王の血筋が城塞都市のなかにも残る」
「その通り」
「ご主人さまッ☆ アナスタチカは、アンジェリーチカが魔法使いの子孫を残すことを望んでいますッ☆」
「子孫を残すって、魔法使いは女だけじゃあ……」
「別に魔法使い同士で子供を作らなくてもいいじゃない」
「それに今後、男性の魔法使いが現れるかもしれません」
「ああそっか」
「そして100年が過ぎて、魔法使いへの偏見や差別感情がなくなったとき、城塞都市の魔法使いが解放されたときに、アダマヒア王家はアンジェリーチカの子孫……すなわち魔法使いの血統を手に入れるのよ」
「なるほど、そういうことか」
「魔法使いとそうでない者、どちらが地上界の支配者となろうとも、アダマヒア王家はその頂点に立ち続けるのですッ☆」
「うーん。なんだかガラパゴスのような、人体実験めいているような」
「ええそうね。人道的にも倫理的にもどうかと思うわよ」
でもこれが、人死にが一番少ない方法よ――と、マリは言った。
「アナスタチカがもっとも恐れていること――。それは、魔力に目覚めなかった者と魔法使いが真っ二つに割れて戦争をすることよ。それを避けるためにはこの城塞都市計画がベストだと、彼女は考えたのよ」
「魔法使いが、どこかに国を造る可能性がありましたッ☆」
「ああー」
それはありえる話だよな。
「そういった新たな勢力ができないように、アナスタチカは、アンジェリーチカと魔法使いを隔離したのよ。そして彼女たちを――魔法にまつわるすべてが解明されて偏見や恐れがなくなるまで――城壁で囲って守ることにしたの」
「守る? そうか守っているのか」
「世の中、心の綺麗な人ばかりではないのよ。とてもシビアな話をすれば、魔法使いはもう、この城壁の中でしか文化的な暮らしができなかった。魔力を持たない者と一緒になんか暮らせなかったのよ」
と言ってマリは寂しげに笑った。
「って、マリ君。キミはこうなるのを分かってて『神の力』を拡散したのか?」
「なによ。そんなの分かったうえでやったに決まっているじゃない」
「そんな開き直るなよ。もうちょっとソフト・ランディングできなかったの?」
「これがベストよ。この貴賎関係なく無作為で魔力に目覚めるという方法が、争いが少なくて格差が広がりにくくてベストなのよ」
「うーん」
「まあ。アダマヒア王家が魔法使いの血を保存したのは、ちょっと誤算だったのだけれども。でもアダムの直系が地上界を統治するのであれば、あなたのお望みどおりの世界でしょう?」
「なんだよイヤらしい言いかただなあ」
そう言って頭をかいたら、マリにくすりと笑われた。
するとワイズリエルが上目遣いで俺を見た。
俺が頷くと、ワイズリエルは満面の笑みで言った。
「ご主人さまッ☆ アナスタチカの記録のことでひとつ補足があります。『権威』についてですッ☆」
「うん、教えてよ」
「はいッ☆ フュンフとアナスタチカは、絶対王政の王と王位継承者であるにも関わらず、諸侯たちに気を使っていましたッ☆ これは王の支配は、実力基盤と権力機構のほかに、権威を必要としたからですッ☆」
「権威……王の支配を有効に機能させるための『心的強制力』ね」
「その通りですッ☆ 支配権を『権力』と『権威』に分けてとらえる方法は、古くはゲラシウスの二元論にさかのぼりますッ☆ それは聖俗両権力の問題につながるのですが、しかし、アダマヒアの聖界権力はとても弱いのですッ☆」
「王が権力、教会が権威という世界ではないのか?」
「多少はあるわよ。でも、アダマヒアの場合は、アイン王、ドライ王と魅力的な人物が続いたから、権威はシンプルに王のカリスマ性によるものとなっていたのよ」
「それがアナスタチカとフュンフにはなかったから、ふたりは苦労したのか」
「太陽王ドライと比べては可哀想ですが……見劣りはしましたねッ☆」
「あはは、あのジジイは何をやっても許されるようなところがあったわよ」
「まあ、ドライはそういう奴だったよな」
いわゆる愛されキャラである。
「それで絶対王政にとって重要だったのが、この権威の取得だったのですッ☆」
「ちなみに中世ヨーロッパの人々が権威を感じる要素は以下の通りよ」
■――・――・――・――・――
中世ヨーロッパに共通な権威を感じる要素
1.ゲルマン的血統権
2.キリスト教的適格性
3.ローマ的皇帝権に由来する伝統的権威
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「1と3は、王侯貴族のルーツだからよ」
「貴族はもともと北欧系か、ローマから派遣された司令官だったよな」
「そう。それで2なのだけれども。これは、キリスト教の教えを実践している者ほど尊敬されるというわけ」
「中世ヨーロッパの人々は、クーラ様みたいな人物に権威を感じるのですッ☆」
「ああ、教え通りの生活、規則正しく四時間睡眠だから」
「なかなかできることじゃありませんッ☆」
「あはは、ワタシたちにはまず無理よ」
と、天空界のだらしない人トップスリーである俺たちは、呆れているのか褒めているのかよく分からない笑いかたをしたのであった。
「さてッ☆ この権威を教会から奪い取るための理屈が『王権神授説』でしたッ☆」
「王権神授説は、王の王国統治を神の摂理と意思に基づくものとする。そして、神により選ばれた王は、神から『直接的に』権力を委ねられるとする――って説よ」
「つまり、権力の委譲が【神→教皇→王】ではなく、【神→王】だと言うわけか」
「さすがです、ご主人さまッ☆」
「ちなみに、王には、権威を象徴する様々なアイテムが、戴冠式で与えられるようになったのよ」
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権威を象徴するアイテム
王冠
栄光と栄誉、正義の象徴、また、敬愛と勇気の象徴
さらには高貴さと権力のしるし、諸侯層を超絶した至上の権威を象徴するもの
王に賦与される3つの権標
1.右手の薬指にはめられる金の指輪
2.右手に持たれる長杖
3.左手に持たれる短杖
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「これらとは別に剣も与えられるわよ」
「ああ、そうか。たしか王は『戦士の首領』だったよな」
「さすがです、ご主人さまッ☆」
「王の持つ長杖は、神的起源をもつ権力と徳を象徴し、正義の人々を永遠の救済に導くためのものよ。そして短杖は、神の保護と恩寵、悪魔に対する信仰の勝利を象徴しているわ」
「なんだか凄いし、凄いたくさん持ってるのな」
「それで権威が得られるのなら楽なもんよ」
「たしかに」
優等生のような暮らしを数十年も続けたり。
ゲルマン魂をなにかにつけ見せつけるというキャラ作りよりは、楽である。
「この『王権神授説』とアイテムによって、王は権威を手に入れ、絶対王政を完全なものにしたのよ」
「それはアダマヒア王国も?」
「継体王フュンフが完成させたわ。だから、微笑王フュンフ2世からは、王は王冠や指輪・長杖・短杖を身に着けているわよ」
「それさえ身に着けていれば、王に魅力がなくても、人々は権威を感じるのですッ☆」
「なるほど」
フュンフは、ほんと地味にいい仕事をしている。
「さて、これで絶対王政における権力と権威については終わりだけれど。最後に領主裁判権の蚕食についてまとめておくわね」
「蚕食とは……蚕が桑の葉を食べるように、他人の領域をだんだんと奪うことですッ☆」
「本当はバイイのところで一緒に説明すれば好かったのだけれども」
「ううん、今で問題ないよ」
と、そう言って俺は満ち足りたため息をついた。
マリがやわらかく微笑んだ。
するとワイズリエルが、
「ムキャーッ☆ なんだか仕事をとられたみたいですッ☆」
と言って、マリに飛びかかった。
それをマリは受け流し、俺に向かって投げ捨てた。
俺たちは、エッチな感じにぐちゃぐちゃになった。
そして。
とめどなくラッキースケベが繰り広げられるなか、テレビには蚕食の主要な手段が表示されていた。
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王が領主裁判権の蚕食に用いた主要な手段
1.国王専決事犯の設定と拡大
王と国家の利害に直結した訴訟は、王の裁判に帰属する
2.国王裁判への上訴の活発化
不適切・不服な裁判は、上級法廷が再審理する権限をもつ
3.裁判先取システムの導入
領主裁判の遅延・懈怠の場合は、国王法廷が優先的に裁く
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■神となって3ヶ月と7日目の創作活動■
王の権威について知った。
裁判権の蚕食手段を知った。
……権力の剥奪方法は相変わらずイヤらしいけれど、しかし、遅延・懈怠の防止や再審理は、裁かれる人間にとっては好いことだよなと思うのだった。
明日からは都市、ブルジョワジーについてです。