6日目。【創世録】アナスタチカ
俺はソファーに座り、テレビに監視衛星の録画を映した。
そして、アナスタチカの記録を観た……――。
アナスタチカが生まれたとき、父フュンフは50代だった。
祖父の太陽王ドライは70代だった。
アナスタチカは、フュンフにとって初めての子だった。
望まれた子だったし、また、遅すぎた子でもあった。
が。
その後、フュンフの妻はまるでダムが決壊したように次々と子を産んだ。
アナスタチカが5歳になると、ドライ王は死去した。
大往生といっていい見事な人生だったが、彼が満ち足りた笑みで死んだのは、アナスタチカが聡明な子だと分かったからだった。
彼はアナスタチカの知性にアダマヒアの繁栄を確信した。
しかし、そのアナスタチカの幼い心には、ドライ王よりも父フュンフの英明さが深く刻まれていた。――
こんな話がある。
フュンフが幼いアナスタチカとともに、騎士叙任式に出席したときだった。
儀式が終わり、祝いの席となった。
その席でドライ王が豪快に騒ぎだした。
70代のドライ王が、である。
彼はバイタリティのある人物ではあったが、しかしアダマヒアではいつ死んでもおかしくない年齢でもあった。
豪快に騒ぐなどもってのほかである。
しかし、みながハラハラしながら見守るなか、フュンフは微笑のままドライに付き合った。
そして、さりげなく従者に目配せをし、ワインを薄めるなどドライを気遣った。
それを見た王家の者は、
「よくできた息子だ」
「しかしドライ王と比べてどうにも頼りない」
と、穏やかなため息をついた。
これがドライとフュンフに対する世間の評価だった。
ドライ王は、太陽のような笑顔のカリスマ的な人物だった。
フュンフは、王位継承者ではあるが、しかし物静かな人物だったのだ。
が。
ドライ王は、フュンフの本性を見抜いていた。
というより、フュンフの本質を見抜いていたから次の王に任命した。
それがこの祝いの席で、つい口に出た。
「おい。ネコを被るなら、死ぬまで被り通せよな」
70歳を越えて、英邁な孫が生まれたこともあっての、安堵から出た言葉だった。
ドライは、フュンフの肩をつかんで、ものすごい笑みをしていた。
フュンフは、ただ涼しげな微笑みで、しかし冷や汗をかいていた。
その後、ドライ王は豪快に笑い、ワインを飲みまくった。
だから、このふたりのやり取りに王家の人々は気づかなかったが。
しかし。
アナスタチカの目には、しっかりと焼きつき、脳裏にこびりついた。――
それからしばらくの後、ドライ王が死去した。
そしてフュンフが王になった。
フュンフは穏やかで地味な男だった。
だから、彼の政策も地味でそつのないものとなった。
しかし、時代は穏やかとはならなかった。
異能を持つ者――魔法使いが現れたのだ。
この突然の異能を、アダマヒアの民は病気だと思った。
異能に目覚めた者も、病気にかかったのだと思った。
恐れ、怯えた。
そして教会に泣きついた。
たちまち異能力者を集める施設が作られた。
王国は大騒動となったが、しかしフュンフはこれをよく鎮めた。
まるでドライをなだめるようだった。
そしてフュンフは、即座に長期的な政治方針を掲げた。
魔法使いの対策として――。
1.魔力を封じる装置の開発を最優先とする。
2.次に魔法の研究と人体への影響を調べる。
3.そして余力があれば『なぜ魔法使いになるのか』の原因を究明する。
この非情ともいえる政治方針に国王会議は騒然となった。
原因究明を後まわしにして治療を最優先にするなど、考えられないことだった。
否。フュンフが最優先しろと言っているのは治療ですらなかった。
魔法使いとなった者の魔力を封じ込める装置を作れ――と言っていた。
ハゲを隠すためにカツラを作れ――と言っているのと同じである。
これは感情的には納得できない命令であったが。
しかし冷静に現実を受け止めたうえでのベストな対処であった。
フュンフは理知的に根気よく、国王会議の面々を説得した。
彼は絶対王政の王だから説得する必要などなかったのだが、しかし、フュンフはひとりひとり納得させていった。
そのことでフュンフは、ずいぶんとバカにされた。
しかし諸侯は、そうやってバカにしているうちに権力を奪われていった。
その様子をアナスタチカは、ずっと見ていた。
父王フュンフの静かなる智謀を、怯えと尊敬の目でずっと見ていたのである。
さて。
その後フュンフの治世は穏やかさを取り戻した。
魔法使い問題は根本的な解決には至らなかったが、粛々とそして淡々と成果をあげていった。
魔法使いの魔力を封じる首輪が完成した。
魔力を測定する装置が完成した。
魔法の種類と魔法使いの身体的特徴がリスト化されていった。
魔法使いになる原因は未だ不明であるが、そのほかのことは概ね順調といえた。
そしてこの頃、アナスタチカは公子のひとりと婚約した。
アナスタチカは十代後半、相手は二〇代の優しげな王族だった。
婚約者は、名をフュンフ2世と改めた。
フュンフに似て涼しげな笑顔の男だった。
アナスタチカは、この婚約に満足した。
なにもかも穏やかで順調だった。――
アナスタチカが二〇代の頃、フュンフが死去した。
アナスタチカは王位を継承した。
彼女はアダマヒアで初の女性王位継承者となった。
この頃には、彼女の英邁さは広く知られていた。
だから、王位の継承に不満の声は上がらなかった。
ただ。
フュンフ2世との婚約の続行には、疑問の声が上がった。
なぜなら、アナスタチカとフュンフ2世の間には子供がなかったからだ。
先王フュンフに子が生まれたのは50代であったが、しかし、アナスタチカは女性である。先王とは事情が異なった。
だから、アナスタチカに婚約解消を迫るのは、当然のことといえた。
当事者が言いにくいことを迫るという、優しさでもあった。
が。
しかし、アナスタチカはフュンフ2世との婚約継続を熱望した。
「好きなのです」
たった一言でアナスタチカは、みなを黙らせた。
以後、謀略にまみれることになる彼女の人生において、唯一の計算なしの言葉だった。
真実の吐露だった。
そして、彼女の人生においてワガママがあるとすれば、それはこのフュンフ2世との婚約継続だけだった。――
その後の彼女の人生は、ただ魔法使い問題をどう解消するかに費やされた。
王直属の臣下を増やした。
魔法使い研究機関を創設した。
地方行政監視組織を創設した。これは財政監視を名目としたが、実際には、魔法使いの発見・捕縛のための組織だった。
ほかにも革新的な政策や憎まれるような政策もずいぶんとあった。
しかし、諸侯も民衆も終始穏やかであった。
それはアナスタチカが父王フュンフのしたたかさを高く評価し、それを忠実に引き継いでいたからだった。
アナスタチカは、フュンフの唯一の理解者であり模倣者であった。
おそらく太陽王ドライが生きていたら、苦笑いしていたに違いない。
さて、そのアナスタチカが直面している問題はというと。
それは、大量に集められた魔法使いをどうするか――というひどく現実的で物理的な問題だった。
そもそも、魔法使いは混乱を静めるために一ヶ所に集められていた。
そして彼女たちを研究し、あわよくば治療するというのが当初の目的であったのだが、しかし、充分な成果が得られた後も、どんどん魔法使いは増え続け、集められていた。
というより、魔法使いになった者が治療を望んで集まってきた。
それに、たとえ望まなかったとしても、周囲から疎まれ攻撃されたから逃げ場が必要だったのだ。
ちなみに。
魔法使いとなる者は女ばかりだった。
このことがなにやら呪術めいて、いっそう不気味に感じられていた。
だから迫害がどんどん激しくなった。
それに抵抗する魔法使いも出てきた。
魔法使いに味方する意見と、危険視する意見がぶつかった。
そして、この問題の根底には、
いつ自分が魔法使いになるか分からない――という怯えがあった。
そんななか魔法使いはどんどん集まり、収容施設はパンク寸前となっていた。
さらには魔法使いの扱いかたが人道的ではない――と、王国を非難する者まで現れた。
この対案なき正論に、国王会議はただ失笑するほかなかった。
さて、このような状況下。
アナスタチカは、ようやく第一子を出産した。
アンジェリーチカ第一王女の誕生である。
このときアナスタチカは30代、王国に魔法使い迫害の嵐が吹き荒れる最中である。
「なんと見目麗しい……」
アナスタチカは、アンジェリーチカの美貌を喜び、この子の幸福を望んだ。
しかし、ほどなくその喜びは落胆に転じた。
アンジェリーチカが魔力に目覚めたからである。
アナスタチカは、沈痛な面持ちで深くため息をついた。
目まぐるしく計算をした。
アンジェリーチカに魔力を封じるネックレスを与えた。
そうすることによって、この子が魔法使いであることを誰にも知らせなかった。
そしてアナスタチカは、アンジェリーチカの幸福を諦めたのだった。――
二年の歳月が過ぎた。
魔法使い迫害の嵐はいっそう激しくなっていた。
王国には、魔法使いの人権に配慮した声が高まっていた。
しかし具体的な対案はなく、ただ議会はこう着状態が続いていた。
ただ、このこう着状態は、アナスタチカにとっては準備期間だった。
彼女は、この二年を問題解決のための下準備に費やしていた。
そしてそれを終えた今、彼女は王族・諸侯を集めたのだった。
「聞け! アダマヒアの王侯貴族、アダム直系の子供たち!! おまえたちが今聞いているこの声は、アダムの声である。私はアダムの子孫を代表して、アダムの言葉をおまえたちに伝え聞かせているのだ!!!」
このアナスタチカの言葉とともに王国全体集会は開催された。
それは協議の場というよりも、アナスタチカひとりの演説の場だった。
「単刀直入に言う! 現在のアダマヒアは、魔法使いの出現――人類の突然変異――という致命的な問題に直面している。民衆には、魔法使いへの恐怖と憎しみが高まっている。魔法使いにも、王国に対する憎しみと反発が強まっている。両者は憎しみの炎を燃やしている。アダマヒア王国には今、憎しみの炎が渦巻いているのだ」
と、アナスタチカはここまで一気に言った。
そして諸侯を見まわしてからこう続けた。
「こういった争いは、理をもって説いても、情をもってなぐさめても、とうてい一方がさらりと身を引くものではない。であるから、私は魔法使いを封じ込めようと思う。魔法使いに対する偏見と差別感情がおさまるまでの間――おそらくは100年以上かかると思うのだけれども――閉じ込めようと思う。新しい街を作り、それを城壁で囲み、彼女たちをそこに収容し、世界から隔離しようと思う。これが問題を解決する唯一の方法だと、私は信じる」
「それはっ」
「無慈悲な行いである。もちろん魔法使いは反発するし、反乱すら起こすだろう。当然、怒りは王家に向けられる。魔法使いだけでなく、民衆からも憎まれる、恨まれる。そして我々はッ! アダマヒア史上最悪の政策・議会・王位継承者という評価を受ける。しかも、その評価は何百年経っても覆らない。そう。私とそしておまえたちは、未来永劫、最低最悪の為政者として歴史に名を残すことになる!!」
「ばっ、ばかな」
「しかし、私はこのほかに解決手段はないと思う。だから、おまえたちが従わないというのなら、王位継承者である私と、王である夫・フュンフ2世のふたりだけでとりおこなう。そして成し遂げ、汚名をふたりだけで被る」
アナスタチカは言い切った。
諸侯が騒然とするなか、アナスタチカは従者に目配せをした。
すると、金髪の女児がアナスタチカのもとにやってきた。
「この子はアンジェリーチカ第一王女、私の娘である。城壁で囲った街の領主は、この子にする。この子は魔法使いとともに城壁に囲まれて暮らし、彼女たちを監督し、そして生涯を終えることになる。こうすることでしか私は誠意を示すことができない。……そう、このことは魔法使いとなったアダマヒアの民への誠意である」
「あっ、あなたは鬼かっ!」
「子を愛さぬ親などあるか!」
アナスタチカは、叩きつけるようにして返した。
そして声のふるえを懸命に押さえながらこう言った。
「現在の問題は正義正論や愛情ではなく、ただ鉄と血によってのみ解決される! 『鉄』と『血』、すなわちアダマヒア王家の振り下ろした『剣』で、魔法使いの『命』を生贄の祭壇にささげること。このことのみが問題を解決するのである!!」
言い終えると、アナスタチカは王族・諸侯をひとりひとり見た。
アンジェリーチカが王族・諸侯に向かって、にっこり笑った。
フュンフ2世はただ微笑んでいた。
しかしその瞳からは、はらはらと涙があふれ出していた。
フュンフ2世は穏やかな微笑みのまま涙を流していた。
そしてアナスタチカに賛同の拍手を送っていた。
「…………」
王族・諸侯は噛みしめるように頷くと、拍手をした。
アナスタチカの掲げる政策に協力を誓った。
ともに汚名を被ることを約束した。
そして彼らは、この汚名をむしろ誇りに思うのだった。――
この演説の後、ほどなく魔法使いが反乱を起こした。
しかし速やかに鎮圧された。
そして城塞都市デモニオンヒルが建設されて、魔法使いはそこに収容された。
その手際のよさに民衆は満足し――アナスタチカと魔法使いへの恐れは強まったけれど――騒ぎはおさまった。
この反乱が、魔法使い隔離政策を後押ししたのは言うまでもない。
そしてその結果、王家に対する信頼は高まった。
王国は平穏を取り戻したのである。
ちなみに言う。
その反乱を起こした魔法使いだが。
そのなかにアナスタチカの息のかかった者が居たのかは、分からない。
分からない――という。
そういうことになっている。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって3ヶ月と6日目の創作活動■
アナスタチカの鉄血演説を聞いた。
……第一王女が魔法使いであることを隠しきっての、この演説である。神である俺が言うのものなんだが、神算鬼謀というほかない。




