5日目。クリアレギス、そして魔法使い
「今日はクリアレギスの話をするわね」
と、マリは言ってから補足した。
「クリアレギスは、時代や地域によって意味合いが変わってくるわ。だから、一般には『キュリア・レジス』、王会、Curia Regis...などと表記されているけれど、ここではクリアレギス・国王会議という言葉を使うわね」
※《フランスの中世社会 王と貴族たちの軌跡 著:渡辺節夫》の表記に従います。
「さて、クリアレギスだけれども。これはもともと国政のための国王会議だったのよ」
「それはつまり?」
「もともとクリアレギスは、世俗と聖界の有力な諸侯が集まって行われた会議なの。国の政策は、彼らの合意によって決定していたの。封建制では、そうやって国が運営されていたのよ」
「諸侯たちの利害を調整する会議だったのですねッ☆」
「それが、王直属の家政機構を発展させるために分裂するの。つまり、この『世俗と聖界の有力な諸侯が集まって行われた会議』のほかに、ほかのメンバーによる会議が行われるようになるのよ」
「聖俗諸侯層とは別のメンバーで、会議を開くようになるのですッ☆」
「聖俗諸侯のほかに、有力者が現れるのか」
「その通りです、ご主人さまッ☆」
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クリアレギスの分裂
宮廷……公的な政策決定、執行組織
世俗と聖界の有力な諸侯が集まって行われた会議
王邸……王の私的な家政機構
有力諸侯以外のメンバーで行われた会議
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「ちなみに、『王宮』は、王の居場所という意味で使われるわ。ただ、これらは日本にない概念を無理やり翻訳した言葉だから、厳密に使い分けることに意味はないわよ」
「うん。ゆるーい感じでお願い」
そう言って頭をかいたら、マリに鼻で笑われた。
言われなくても分かっているわよ――みたいな顔だった。
「それでこのクリアレギスは、家政機構がどんどん発展していくのだけれども。その過程で国王顧問会、顧問官といったものが現れるわ」
「彼らは、バイイと同様に、下層の貴族 (騎士層)から採用されましたッ☆」
「ちなみにバイイも、王邸……王の私的な家政機構に属するわよ」
「じゃあ、すごい出世じゃないか」
「あはは、感激して王族に忠誠を誓うわね。で、王はそうやって王直属の組織を作っていくのだけれども。それが後世で、高等法院・会計院・大評議会になるのよ」
「ということは優れた機関だったのか」
「その通りです、ご主人さまッ☆」
「王は、そうやって諸侯のほかに、有力者を作っていったのよ。ちなみに王権拡大に役立ったのは、もうひとつあるわ。アパナージュ制よ」
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アパナージュ制
王がその弟たちに生活資として王領地の一部を一時的に賦与すること。
王の弟たちは、丁年 (原則には二〇歳)になると騎士叙任を受け、アパナージュを設定してもらい、王に優先的オマージュを呈する。
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「王家の次男三男は、長男が王になったら、領地を授かるのですッ☆」
「じゃあ、このオマージュってのは?」
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オマージュ
君臣の秩序を確認・披露する行事や作法のこと。
臣従儀礼、臣従礼ともいう。
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「ようするに王に絶対服従しますと誓い、その代わりに領地をもらうという――まあ、ワタシたちのイメージする王様と家来の関係そのものよ」
「まさに絶対王政ですねッ☆」
「ああなるほど」
「昨日説明したザヴィレッジの件は、このことからも理解できるわね」
「王領地の一部がアパナージュ化すると、そこのバイイはアパナジストの管理下に入るのか」
「さすがです、ご主人さまッ☆」
「アダマヒアの場合――。第一王女アンジェリーチカが王権を継承したら、公子たちは彼女に優先的オマージュを呈する。アパナージュを設定してもらいアパナジストになる。そして、そのうちの誰かがザヴィレッジの授かるわ」
「そしてバイイのフランツ・フォン・ザヴィレッジは、領地をアパナジストに返上し、アパナジストの管理下に入るのですッ☆」
「そうやって王は権力を拡大していくのよ。そして権力が充分強まった後に、クリアレギスとは別に、王国全体集会を開催するのよ」
「この時期には、クリアレギス = 王直属の組織・家政会議となっていますッ☆」
「いったん諸侯を無力化して、あとでまた別に集めたのか」
「その通りですッ☆」
「ちなみに、この王国全体集会での協議の対象は、王の離婚、十字軍、対英戦争、平和の遵守など多様だったわ。そして集められた諸侯は、宣誓によって、王の決定の執行を約束したのだけれども」
「この『王の決定の執行を約束した』というのがポイントですッ☆」
「執行を約束した?」
俺が眉をひそめると、ワイズリエルがバチッとウインクをキメた。
そして言った。
「諸侯が会議に参加する意味が『助言』から『支持』に変化したのですッ☆」
「王の政策決定、国政の中核をなしたのはあくまでも狭義のクリアレギス――王直属の組織による家政会議――諸侯抜きの会議よ。全体集会はそれを拡大したものにすぎないわ」
「つまり王の権力が、諸侯よりも強くなった」
「【第102部分】封建社会の王の立場をもう一度見てみましょうッ☆」
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中世社会の特徴
1.公権力、特に秩序維持権が、王のもとに一元化していない。
(貴族が公権力を分有している)
2.権力が聖・俗二系統に別れている。
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「これに比べて、ずいぶんと王が強くなっているでしょう?」
「ほんとだ」
「王国全体集会を開催した時点で、すでに絶対王政と言えるだけの権力が王に集まっているわね」
「中央集権国家ですッ☆ ちなみにアダマヒアの場合、聖界権力がとても弱いので、王に対抗できる勢力はもうなくなってしまいましたッ☆」
「なるほど、じゃあ後は」
おバカちゃんが王にならないよう気をつければいいだけじゃないか。
と。
俺は安堵のため息をついたのだけれども。
するとそのときマリが、にたあっと根性の悪い笑みをした。
そして、アダマヒアの血統図を見ながら言った。
「アダマヒアはそもそもとてもコンパクトな国家で、しかもアイン王から絶対王政を敷いていたから、その範囲を全土に広げることはそれほど難しいことではなかったわ。ただし、継体王フュンフと鉄血王妃アナスタチカの二代が直面した問題は、それではなかったの。彼らは致命的な問題に直面しつつ、絶対王政の拡大を成し遂げたのよ」
「それって?」
「人類の突然変異よ。継体王フュンフの時代から、アダマヒアに魔力を宿した人間が現れはじめたの。手から炎を出したり、氷を飛ばしたりといった異能を持つ人間が、アダマヒアに現れたのよ」
「はあ!?」
「魔法使い――と、彼らは呼んでいるわ」
「なんだよそれ!?」
「あはは、あなた聞いてないよって顔をしているけれど。もとはと言えば、あなたの力……『神の力』じゃないのよ」
「んんん!?」
「先月、コイル装置を破壊したじゃないのよ。それで地上界に『神の力』が降り注いだでしょう?」
「あーッ!!!」
「それが地面に染みこんで、めぐりめぐって人間に宿ったのよ」
「そして異能に目覚める者がでてきた」
「それが魔法使いよ」
「魔法使いって」
「まあ、魔法使いというよりも、どちらかというとX-MENみたいだけれども」
「X-MEN? ああ、チルドレン・オヴ・ジ・アトムは面白かったよねえってコラ!」
「あはは、ほんとよく似てるのよ。恐れられて迫害されたところとか」
「人数は、ごくわずかのようですねッ☆」
と、ワイズリエルが地上界を眺めてそう言った。
俺は、しばし言葉を失った。
「って、おいこらカミサマ。なにが『しばし言葉を失った』よ。なにを呆然としているのよ。それに、それとなく被害者感を臭わせて、そして、このまま問題を先送りしようとしているのよ」
「いや、そんなことないよ」
それに、そんな言いかたないだろう。
既視感のあるやりとりで申し訳ないのだけれども。
「で、どうするんだよ?」
「どうなった? ――と、聞き直しなさいよ」
「ああン?」
俺がしゃくるような声をあげると、マリは不敵な笑みをした。
そして言った。
「あなたの望んだ『剣と魔法のファンタジー世界』は、この魔法使い迫害の歴史を抜きに成立するものではなかった。そして、この魔法使い問題に取り組んだのが、鉄血王妃アナスタチカよ。あなたが地上界で見た、あの城塞都市デモニオンヒルは、そのプロジェクトの一環に過ぎないわ」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって3ヶ月と5日目の創作活動■
王直属の家政機構、クリアレギスについて知った。
そしてアダマヒアに魔法使いが現れたことを知った。
……というより、俺の知らないところでドンドン進めるなよなあ。ぷんぷん。




