4日目。バイイ、絶対王政に向けて
俺は今まで学んだことを整理した。
まず、中世ヨーロッパでは王の権力が弱かった。
なぜなら、公権力を聖・俗の貴族が分有していたからだ。
だから王は存在するものの、実際には、貴族・領主制社会のようだった。
しかし、逆にいうと。
貴族・領主制社会であっても、その存立のために王の存在が不可欠だったのだ。
そこら辺、武家社会に天皇家の存在が不可欠だったのとやや似ている――かもしれない。
さて。
ここまでは封建社会の話である。
そこから中世ヨーロッパの王家は、権力を拡大・強化して、絶対王政となるわけだけれども。そのやりかたが、ドライ王以降のアダマヒアとよく似ているという。
というわけで。
俺はテレビにアダマヒアの社会構造を映し、ワイズリエルを待った。
しばらくすると、ワイズリエルとマリがやってきた。
マリはいきなり言った。
「まず、封建社会の秩序はレーン制によって守られているわ。それはアダマヒアも同様よ。で、その秩序のなか、王家はどうやって権力を強めていくのか? それが今日のテーマなのだけれども」
そう言ってマリは、ドレスのすそをたくし上げた。
俺が頷くと、彼女はちらっと足を見せて、こう言った。
「王が権力を拡大・強化する方法は以下の通りよ」
■――・――・――・――・――
1.第三身分との連携を強化し、その上昇を助成促進する
→そのことで、下から貴族の権力の削減、実力基盤の弱体化を図る。
2.レーン制的な秩序を利して、上訴制を活用する
あるいは、国王大権を根拠に『国王専決裁判事項』を設定する
→そのことで、上から貴族層の公権力を奪取する。
■――・――・――・――・――
「1は、これは現代社会でも割とよく見られる方法だけど、一般的にはタブーとされているわね」
「ええっと、たとえば?」
「たとえばッ☆ ザヴィレッジには現在、諸侯層のザヴィレッジ伯と、村落領主層のザヴィレッジ卿がいますッ☆ そして、ザヴィレッジ卿やこの村の住民は、先日お話ししたとおり、ザヴィレッジ伯と強く結びついていますッ☆」
「王よりもザヴィレッジ伯のほうが支配力が強いのよ」
「この状態から、王家が権力を奪うためにはどうするか?」
「その答えが1よ」
「ザヴィレッジ伯を飛びこえて、新たなザヴィレッジ卿を任命するのですッ☆」
「つまり、
王→ザヴィレッジ伯→ザヴィレッジ卿→村民
という序列を無視するのか?」
「その通りです、ご主人さまッ☆」
「王がザヴィレッジ伯を無視して、村民を村落城主に取り立てれば、ザヴィレッジ伯の権力は削減されるわよ。というより、最悪、村人がザヴィレッジ伯の命令を聞かなくなるわね」
「だから現代の組織ではタブーとされているのですがッ☆」
「権力を奪う方法としては効果が高いのですッ☆」
「えげつないけどな」
しかし、よく見るやりかたではある。
「それに比べると2は、まだ紳士的なやり方といえますッ☆」
「上訴制?」
「現代の裁判に似ているわよ。たとえば、村人が争っていてザヴィレッジ卿が裁判をする。それで処理できなかった場合は、ザヴィレッジ伯が処理するわけだけれども」
「その判決をダメだと言って、王がもう一度裁判をするのですッ☆」
「うわっ、うざいなあ」
「しかし効果的なやりかたよ」
そう言ってマリは、にたあっと根性の悪い笑みをした。
「さて。今言ったやりかたは、中世フランスで実際に行われたのだけれども。それは、婚姻による権力拡大と同時に行われたのよ」
「ん? つまり?」
「まず、諸侯の領地に、地方行政監視のための役人が派遣されるのよ」
「前述の1・2をやるためですねッ☆」
「そして頃合いを見て、婚姻関係を結んだ者や王族に、その領地を与えてしまうのよ」
「あー」
「ここでレーン制の複数臣従関係が効いてくるのですッ☆」
「旧来の諸侯と領民は、1・2で主従関係がボロボロになっているわ。だから、余程のことがない限り、領民は新しい領主に懐くわよ」
「しかも新しい領主は王族……王の弟や親戚ですッ☆ 権威もありますッ☆」
「これはっ」
「イヤらしいけど、血が流れないやりかただわ」
「ちなみに地方行政監視の有給役人は、バイイあるいはセネシャルと呼ばれたわ」
「現在のアダマヒア、ザヴィレッジにもバイイが派遣されていますねッ☆」
「フランク・フォン・ザヴィレッジ――現在はザヴィレッジ伯と名乗り、村落城主のザヴィレッジ卿を監視しているわ」
「その村落城主のザヴィレッジ卿ってのは?」
「以前は、あなたが配置したNPC村長だったけど、今は別の人間がやっているわよ」
「王が任命したのか」
「ええ。まあ、NPC村長を操作して権力争いをしても良かったのだけれども」
「止めろよ」
「あはは、だから撤去させたのよ」
させたと言ったじゃないのよ――と、マリは誇らしげに言った。
「ちなみに、ご主人さまッ☆ おそらくは次の世代――アンジェリーチカの治世、フランクの息子の時代――に、ザヴィレッジ領は王族のものになると思われますッ☆」
「フランクの息子フランツ。彼はアンジェリーチカの治世で、公子の誰かに領地を返上し、その従者かつ村落領主となるわ」
「そうなんだ」
「このことは、フランクの先々代がバイイとなったときから決められていたことよ」
「ドライ王の息子、継体王フュンフの時代からの決定事項ですねッ☆」
「ザヴィレッジ家には、まだ知らされていないとは思うけど。でも、察しのいい子なら、もしかしたら気付いているかもしれないわね」
「はあ、なんだか凄みのある政治だなあ」
そう俺がぼんやり呟くと。
マリは根性の悪い笑みをして、
「まだまだ。アナスタチカの政治手腕はこんなものじゃないわよ」
と言った。
「まあ、それは後ほど詳しく話すのだけれども。その前に、まずはバイイについて説明するわね」
「そうそう、バイイってなんだよ」
俺が前のめりになると。
マリは満ち足りた笑みをして、こう言った。
「バイイとは、地方行政監視の有給役人。中世フランスの国王が、地方に派遣した役人のことよ」
「バイイは、派遣先で国王の権利を代行しましたッ☆ 具体的には、国王裁判と治安維持ですッ☆」
「裁判と軍事……秩序維持権だな」
「その通りですッ☆」
「もともとバイイは、地域財政の監視が名目で派遣されたのよ。それが派遣から50年ほどで、領主の権限を剥奪し、その領地の財務・裁判・軍事を掌握するまでになったのよ」
「バイイ制の確立ですッ☆ これがフランス国王の真の狙いでしたッ☆」
「バイイの仕事はそのほかにもあって、諸侯たちの策謀もチェックしてたのよ」
「なにしろ複数臣従関係の世界ですからねッ☆ ほかの王となにか企んでいるかもしれませんッ☆」
「うーん」
「あはは。カミサマがこういうのを苦手なのは知っているわよ。だからワタシが代わりに見てたのよ」
「まあ、たしかに苦手だよ」
というか嫌いなやりかたである。
俺は、アダムやドライのようなカラッとして豪快なヤツら、バカっぽくて熱いやりかたが好きなのだ。
といっても。
そのアダムとドライとは、衝突したのだけれども。……。
「しかし、ご主人さまは、イヤらしいやりかたの必要性も認めているのですッ☆」
「まあそうだよ」
「それをご主人さまの代わりに行うマリさまを、ご主人さまは気に入っているのですッ☆」
「言われてみればそうかって、嫌な言いかたするなよ」
「いいえッ☆ ご主人さまはマリさまがお気に入りなのです。だから私はヤキモチを妬いているのですッ☆」
「そんなっ」
「なんだかんだでウマが合うのですッ☆ よねッ☆」
「……そうかも」
と言ったら、マリがものすごくスケベな笑みをした。
だから俺は頭をかきながら、ぼそりと、
「マリだけじゃなくて、みんな好きだよ」
と言った。
ふたりは笑顔のまま黙った。
そして、ひょいひょいと俺の太ももやお尻をさわってきた。
俺は堪えきれなくて、バイイに話を戻した。
「バイイってさ、アダマヒアの場合はアインの子孫がやってるみたいだけれど。それって一般的なの?」
「一般的ではないわよ」
「バイイは、基本的には村落領主層から任命されましたッ☆」
「だから、王家に対して従属性と忠誠心がとても高いのよ」
「なるほど。だから諸侯と敵対するし、王家の領土となれば従者になるのか」
「王の権力拡大に欠かせない存在ね」
「バイイは村落領主層のほかにも、いわゆる騎士層……領地を持たない従者たちからも任命されましたッ☆」
「そういった騎士層が、絶対王政に向けて活躍したわけだな」
「その通りです、ご主人さまッ☆」
「ちなみに騎士層が活躍する場は、ほかにもあったわ」
「クリアレギスですねッ☆」
「ん?」
俺が首をかしげると、マリは笑った。
そして言った。
「クリアレギスとは国王会議のことよ。そのクリアレギスから王直属の家政機構が発展するのだけれども、そのことは明日詳しく説明するわね」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって3ヶ月と4日目の創作活動■
バイイについて詳しく知った。
……ずいぶんと陰湿な手段で権力を剥奪するものだ。




