1日目。中世社会の概略
「今日は、アダマヒアの社会を知る前に、中世社会について学びましょうッ☆」
そう言って、ワイズリエルがやってきた。
タイトなミニスカにブラウス、エロメガネ。
指示棒を持った、いつもの女教師スタイルだ。
彼女はテレビに図を映して、こう言った。
「まずは中世ヨーロッパの社会構造です」
「この時代のヨーロッパは、いわゆる封建社会で、アダマヒア王国ですと愚王アインまでの時代に相当しますッ☆」
「アインが封建制から絶対王政に変えたんだよな」
「その通りですッ☆ それで中世社会の特徴なのですが、これは『権力が明確なかたちで一元化していない』こと、王の力がとても弱いことが特徴ですッ☆」
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中世社会の特徴
1.公権力、特に秩序維持権が、王のもとに一元化していない。
(貴族が公権力を分有している)
2.権力が聖・俗二系統に別れている。
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「秩序維持権というのは、裁判権と軍事権のことですッ☆」
「ようするに、王や貴族などの支配階級は、農民や商人などの被支配階級を裁判や軍隊で保護し、その対価として税金をもらうのか」
「さすがです、ご主人さまッ☆ ただ中世社会では、この被支配階級と強く結びついているのは、諸侯・城主・村落城主といった世俗貴族、あるいは司教・修道院長・教区司祭といった聖界貴族ですッ☆」
「ああ、王様が直接裁判するわけでも、村の警備をするわけじゃなかったのか」
「中世に、国家領は存在しないのですッ☆ 王領地は、もともとその王家の私領ですッ☆ ですから王領地は、諸侯領と対等とも言えますッ☆」
「諸侯領?」
「諸侯の治める領地ですねッ☆ 諸侯については後ほど詳しく述べますが、まずは21世紀の日本の都道府県知事くらいに思ってくださいッ☆」
「じゃあ、王は東京都知事、諸侯は道府県知事、その下の城主層は区長、さらにその下の騎士層は市町村長って感じ?」
「その理解のしかたでおよそ問題ありませんッ☆ ちなみに騎士層ですが、この『騎士』という名称には様々な意味が含まれるので、領主という意味で使う場合は『村落領主』という呼び方をすると混乱を防げるかと思いますッ☆」
「了解」
「さてッ☆ 次に中世社会の特徴2の『聖・俗二系統の権力』ですが――ッ☆ これはアダマヒア王国から聖界権力を取り払いましたので、簡単に述べますッ☆」
「よろしく頼む」
「中世社会では、ローマ教皇は、王と同等かそれ以上の権力を持っていましたッ☆ というのもローマ教皇は王の叙任、戴冠を行いましたし、それに結婚相続についても同様に介入できたのですッ☆ さらには司教・修道院長・教区司祭が、諸侯や城主たちのように農民たちを保護しましたから、その権力はバカにできないものとなっていましたッ☆」
「王としては、やりにくい世界だな」
「ゲラシウスの二元論の世界ですねッ☆ この教俗両権力による統治……世俗王権と聖界権威が国を支配するという方法は、統治の理想的なかたちではあったのですが、上手くいきませんでしたッ☆ それに中世社会には『三職分論』という身分秩序がありましたから、息苦しい世界になってしまいましたッ☆」
「三職分論?」
「戦う者、祈る者、働く者の三職ですッ☆ この西暦1000年頃から現れる『三職分論』という身分秩序は、人々は神に望まれた職務をまっとうすべきだ――というものですッ☆ ちなみに、戦う者は王侯貴族、祈る者は聖界貴族、そして働く者は農民など被支配階級のことですッ☆」
「農民はずっと農民という社会」
「アーサー王物語に、身分を偽って騎士になろうとするエピソードがありますねッ☆」
「話としては面白いけど、実際に暮らすのは息苦しいな」
「はいッ☆ そういった時代の気分もあって、中世社会は絶対王政に向かうのですッ☆ ちなみに以下は現在のアダマヒアの社会構造ですッ☆ これは絶対王政で、しかも聖界権力を骨抜きにしたものとなっていますッ☆」
「司教以下、聖バイン教会の各組織は、王の命令に絶対服従ですッ☆ これはアメリカ海兵隊や日本の警察・消防署等を参考にしたためですッ☆」
「そういう思惑だったんだよね」
「はいッ☆ それで現在のアダマヒアは絶対王政ではありますが、前述の中世封建社会と同様に、王家の支配力が、各都市に対してそれほど強くありませんッ☆」
「ん? 詳しくは?」
「アダマヒア王国は王家の私領ですッ☆ というわけで、王家の支配力はとても強いのですが、しかし、ザヴィレッジや穂村に対してはそれほど強くないのですッ☆ たとえばザヴィレッジの人々は、諸侯層のザヴィレッジ伯に従いますし、穂村に至っては、王国の存在を疑う者がいるくらい関係性が希薄ですッ☆」
「なるほど中世の社会構造っぽいな」
「これはアダマヒア王家が――ドライ王の時代まで――支配することに無頓着だったことが原因ですッ☆」
「ドライ王の時代まで?」
「はいッ☆ アダマヒア王国は、太陽王ドライの死後、各都市への支配権獲得を画策しましたッ☆ その方法は中世のフランスととてもよく似ています。ですから、そのやりかたを次回以降詳しく説明しますねッ☆」
「うん」
俺がソファーに沈み込むと、ワイズリエルが満面の笑みで飛びこんできた。
噛みつくように何度もキスをしてきた。
するとそこにマリが、ぷらりと現れた。
そして彼女は、ワイズリエルのお尻を撫でまわしながら、ねっとりとした声で言った。
「支配権簒奪の前に結婚よ。中世ヨーロッパの結婚と王位継承について知ることが、当時の権力の理解をいっそう深めるのよ」
「なるほどッ☆」
「ちなみに、暗黒時代ともいわれる中世ヨーロッパだけれども。2000年以降の研究では、結構優れた面もあったのだと再評価されているわよ」
「おっ、たとえば?」
「『ヨーロッパ文化』よ。このヨーロッパ大陸の連帯意識のようなもの、21世紀まで浸透しているこの気質は、中世暗黒時代の成果だといわれているわ」
「ヨーロッパ文化?」
「1.古代ギリシア・ローマの文化伝統、2.ゲルマンの民族精神、3.キリスト教……この3つが融合したものが『ヨーロッパ文化』よ。このヨーロッパ大陸独特の気分は、中世ヨーロッパ以前にはなかったし、もちろん、アジアやアメリカ大陸にもないものなのよ」
「ヨーロッパ大陸独特の気分」
「西欧建築物・美術・音楽などのバックボーンとなっていますッ☆」
「21世紀の生活環境に欠かせない物たちよ」
「それが中世ヨーロッパで生まれたのか……」
そう俺が呟くと、マリはゆっくりと頷いて、こう言った。
「今のアダマヒアにも、そういった気分が満ちているわよ」
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■神となって3ヶ月と1日目の創作活動■
中世ヨーロッパの社会構造について知った。
……王様の立場が思っている以上に弱かった。すこし同情してしまった。




