イントロダクション
まず、たいへんラッキースケベな話からはじめる。
俺たちは先月『剣と魔法のファンタジー世界』となったアダマヒアを冒険した。
といっても、魔物がいるのは南部などの辺境だったから、これといって人との出逢いはなく、ただただ大自然を旅してモンスターを狩るだけだった。
さて、その旅のメンバーなのだけれども。
まず俺が、無から物質を創造する能力……『神の力』を持っている。
次にワイズリエルが、人類の英知……膨大な知識にアクセスできる。
ヨウジョラエルは、それを精密描写し皆に伝えることができる。
クーラは、修道士の倫理と騎士の正義で、俺たちの進むべき道を照らす。
ミカンは、神をもしのぐ最強の力で道を切りひらく。
そしてマリの知謀が、俺たちの旅の安全と勝利を約束する。
といった感じである。
で。リストアップしてみて、あらためて思ったのだけれども。
俺たちは、あまりにもチートで、ひどく付け入る隙のない集団だった。
だから当然というか。
旅に出る前に気付けよというか。
俺たちの旅は、あまりにも楽勝で、ひどく一方的で無双な旅となってしまった。
なんというか。
全員がレベル999、しかも最強装備・スキルのキャラばかりでクリア後のRPG世界をうろついているような――そんな虚無感におそわれてしまったのである。
というわけで、俺たちの冒険はすぐに終わった。
そしてその後は、めくるめくラッキースケベだった。
まあ、美少女2人に、美幼女1人、美女1人、それに半妖の美少女が1人と集まっていれば、そこにラッキースケベが起こらないほうが不自然でもあった。
「ご主人さまッ☆ 身体がうずうずうずくのですッ☆」
「うはっ」
「さっ、最低です! あなたたちは最低です!!」
「そ、そんなこと言われても」
「おにいちゃ~ん、サキュバスゴッコだよ~」
「「「「ひゃあ」」」」
と、こんな感じの日常が一ヶ月は続いたのである。――
それで今日の昼下がり。
俺は、桜を見ながらぷらぷらと天空界を散歩をしていた。
そして、そろそろ家に帰るか――と、普段はあまり通らないところを通り抜け、台所の裏からぐるっと家をまわったところで、マリにバッタリあった。
マリは身を乗り出して井戸のなかを覗いていた。
というより、ひどく根性の悪い笑みをして、一枚一枚、なにか紙片を井戸に落としていた。
「ん?」
俺が思わず声をあげると、マリはビクッとしてから、慌てて紙片をすべて投げ入れた。動揺を懸命に隠した不敵な笑みで俺を見た。
そして言った。
「なによ」
「なによって」
俺は思わず息を漏らすように失笑した。
すると、マリは冷や汗をかきながらといった感じで、にやりと笑った。
と、そのとき。
ぽとんと、彼女の足もとにゲームコントローラーのような緑の装置が落ちた。
「ああン?」
俺はその装置を見て、すべてを理解した。
「おい、マリ。おまえ地上界に干渉しているな?」
「なによっ」
「そのコントローラーは自作か? それでどこまで地上界に干渉できるんだ?」
「はあ、なんのことよ」
「誤魔化してもムダだ」
「あはは、何を言っているのよ」
「いつからだ? 何年進めたんだ?」
そう言って、俺はマリの肩をつかんだ。
マリは痛がっているような喜んでいるような――そんな顔をして腰をくねらせた。
そして、わざとらしく色っぽい声を上げて、背を向けた。
俺に隙を作らせてから、逃げようとしたのである。
が。
激しすぎて、没頭しすぎた俺たちは、
「ああん、んん! んんん――!!」
ほんとバカみたいで、バカみたいなカップルみたいで申し訳ないのだけれども。
「んんん――! んああ――――っ!!」
絶叫とともに井戸に落ちた。
俺とマリは、恥ずかしいのかたちのまま、地上界に落下したのである。
で。
「なんだこれは……」
俺は、ぐったりしたマリを抱いたまま顔を上げた。
そして絶句した。
まあ、結論から先に言って、久しぶりに地上界に降り立つと――100年あまりの月日が経っていた。
「なんだこの城壁は」
俺は、ビルの5階ほどもある城壁を見上げて、ぼそりと呟いた。
そして腕を組んで、眉を絞った。
こういう場合、とりあえず現在の状況を整理するというのが、俺のいつもの手法なのだけれども。しかし今回に限っては、整理すべき状況があまりないというのが、正直なところだった。
というよりも、すべての元凶が目の前にいた。
「おいこら、マリ」
「……なによ、ここで続きをヤるの?」
「いやそうじゃなくて、なんだよコレは」
「……これは、城塞都市デモニオンヒルよ」
「デモニオンヒル?」
「プリンセサ・デモニオの丘を囲うようにしてできた城塞都市よ」
「おまえが創ったのか」
「違うわよ、アダマヒア王国よ」
「そうか、って待てよ。おまえ、なにを黙ってやっているんだよ」
「うるさいわね。カミサマがセックスに注力できるように、ワタシが代わりに創世していただけよ」
「注力って、おまえっ」
そう言って、俺はたしなめるように眉を歪めた。
するとマリは、ひどく根性の悪い笑みをした。
そしてマリは俺の頬をさすってこう言った。
「帰ってから説明するわよ」
俺たちは、天空界に帰った……――。
――……俺は、みんなをリビングに呼び集めた。
そしてテレビにアダマヒアを映して、100年以上時間が進んでいることについての話をしようとしたのだが。
「ごっ、ごっ、ご主人さまは恥ずかしいかたちで地上界に落下したのですかッ☆」
ワイズリエルは、その大きな瞳をうっとりさせて、よだれを垂らすだけだった。
「最低です! そのようなことをして、もし子供に見られたらどうするのですか! その子供が精通してしまうではないですか!!」
クーラは、青く美しい髪を耳にかけて、うち震えるだけだった。
「ああン、なんだよ。自慢話かよ、お惚気かよ」
ミカンは生意気そうに鼻をこすって、あっけらかんと笑うだけだった。
「おにいちゃんお~」
ヨウジョラエルは俺の指を握って、むにゃむにゃと寝言を言うだけだった。
で。
「おいこら、マリ」
と、俺がじろりとマリを見すえると、彼女は不敵な笑みをした。
そしてマリは、
「まあ、すべてワタシがやったのだけれども。でも、悪いようにはなっていないし、それに過ぎたことをいつまでも言うのは建設的ではないと思うのだけれども」
と、開き直って言うのだった。
「あのなあ……」
俺は呆れた声をあげて、ソファーに沈み込んだ。
するとワイズリエルがクスクスと笑いながら、コントローラーを操作した。
アダマヒア王家の家系図を画面一杯に表示した。
「たしかに100年くらい経ってますねッ☆」
「ご主人さまッ☆ 現在のアダマヒアは、太陽王ドライが死に、その次の次、微笑王フュンフ2世の治世となっていますッ☆ ですが、統治権は直系の子孫であるアナスタチカが握っています。しかも彼女は神算鬼謀、すぐれた知性の持ち主ですッ☆」
「鉄血王妃アナスタチカ……」
画面には、真っ青な顔をした美貌の金髪女性が映っていた。
彼女のその陰鬱な面持ちは、たしかに知性を感じさせたが、しかし、どことなくマリのような根性のねじ曲がった性格にもみえた。
「ご主人さまッ☆ あの城塞都市は、アナスタチカによる建設事業の成果物ですッ☆ ちなみに彼女の事業は、城塞都市の建設だけでは終わりません。次世代の国王候補、王族たちを巻き込んでの壮大なるプロジェクトのようですッ☆」
「はあ……。公子や王女っていうやつ? ん? ここのバイイってのは?」
俺が首をかしげると、マリが言った。
「そうそう、ザヴィレッジはバイイを受け入れ、NPCの村長を撤去したわよ。で、そろそろアパナジストの管理下に入り、ザヴィレッジは王領地となるはずよ」
「はあ!?」
俺が思いっきり首をかしげると、ワイズリエルが言った。
「おまかせください、ご主人さまッ☆ 中世ヨーロッパの社会構造を説明しますッ☆」
ワイズリエルは可愛らしくウインクをキメた。
こうして今、俺たちの一ヶ月の方針が決まったのであった。――