8日目。料理と野菜
アダムとイブに刺激されて今日は料理をしてみた。
もちろん食材は、彼らの集落からこっそりもらってきた。
台所でもそもそしていると、ワイズリエルが顔を出した。
「ご主人さまは料理をされるのですかッ☆」
「本格的ではないけどね」
「それでもすごいですッ☆」
あんまりおだてるなよ――って眉を上げると、ワイズリエルはちょこんと舌を出した。
鼻をかるくつまんだら、可愛らしい声をあげた。
「ご主人さまッ☆ この台所は、いわゆるオープンキッチンですねッ☆」
「うん。さすがに台所や調理器具まで中世ヨーロッパってのは無理だよ」
「もっともですッ☆」
「そもそも火のコントロールができない」
と言って俺はコンロを指差した。
そうやって魔法のように火をつけたのだ。
「こっちのコンロでお湯を沸かして、もう一個のコンロで食材を炒めよう」
「きゃはッ☆ なにを作るんですか?」
「とりあえずパスタにするけど――というかパスタくらいしか作れないんだけど――食材はアダムたちの物だから、いつもと味が違うかも」
「ご主人さまがいつも『神の力で創り出している』料理は、おそらく日本の食材と味付けですッ☆」
「それも現代のね」
「ええ、とても衛生的でしかも美味しいですッ☆」
「というかさ。冷蔵庫がないのは厳しいよな」
そう言って俺は食材を並べた。
■――・――・――・――・――
アダムとイブの農作物
・ニンニク
・タマネギ
・キャベツ
アダムとイブの備蓄肉
・豚肉(塩漬け)
交易品
・塩
・オリーブオイル
・ワイン
■――・――・――・――・――
「アダムたちは小麦も作ってたけど、さすがに小麦をパスタに加工するのは面倒だから、パスタはズルしちゃう」
「乾麺ですねッ☆」
「そうそう、スーパーで売ってるやつ」
というより、アダムたちは小麦を麺状に加工していない。
ガチガチのパンにして、それをスープに浸して食べている。
彼らには申し訳ないけれど、ものすごく不味そうだ。……。
「ほんとはコショウと唐辛子も使いたかったんだけど、イブは滅多に使ってなかったから」
「とても高価ですからねッ☆」
「同じ量の金と等価だっけ」
「だいたいのところはッ☆」
料理にコショウや唐辛子を使うのは、現代の感覚だと、料理に金粉やキャビアを乗せるようなもんか。
まあ、すごく大ざっぱな感覚だけど、そもそも『中世ヨーロッパ』の範囲がひどく大ざっぱなのだ。エリアが広大だし期間が1000年もある。大ざっぱに考えないとやってられないのだ。
「さて。まずは、ニンニクをざっくりスライスってうわっ」
「ジューシーですねッ☆」
「スーパーのやつと全然違うな」
「ナシみたいに水分たっぷりですッ☆」
「まさに生ニンニクって感じだな。まあ、採れたてだから当たり前なんだけど」
そう言って俺は乱暴にスライスした。
ちなみに包丁は現代のものだ。
というか調理器具や食器までマネをするのは、別の機会にしたい。
料理をするので精一杯なのだ。
「とりあえずオリーブオイルでニンニクを炒めつつ」
「超弱火ですねッ☆」
「そうそう」
「次は豚肉ですかッ☆」
「塩漬け豚だね。これは小指サイズにカットして、ニンニクと一緒に炒めちゃう」
「中世ヨーロッパのお肉は基本的に豚と羊ですねッ☆」
「そこらへんの話はまた」
「別の機会ですかッ☆」
「うん」
実は、しゃべりながら料理をする余裕なんかなかったりする。
「それでタマネギを入れたら少し火を強める。ついでに沸騰した鍋にパスタを入れる」
「同時進行ですねッ☆」
「魔法のように火をコントロールできるからね」
「便利ですッ☆」
「ふふっ」
と、ここで俺はワインをフライパンに入れた。
そして火をつけた。
いわゆるフランベってやつだ。
「うはっ、楽しいなこれ」
「ご主人さま危ないですッ☆」
「やってみたかったんだよう」
「神様になる前もやってたのですか?」
「肉焼いたときに二・三回、ウオッカを燃やしたくらいだよ」
「ふうん?」
じとっとしたワイズリエルの視線を感じた。
ちらっと見たら、いつの間にかヨウジョラエルがいた。
ワイズリエルのそでをつかんで、じいっと俺を見ていた。
「ふふっ」
フライパンの火を消すと、ヨウジョラエルはワイズリエルの後ろに隠れた。
「いや、遊んでるわけじゃないんだよ。食材見たら分かるけどさ、イブの料理って味付けが塩だけなんだよ。まあ、塩漬け豚から旨味は出るけれど、それでも簡素すぎるから」
「ワインを投入したのですかッ☆」
「みりんの代わりだよ」
「お酒ですよ?」
「ああ、大丈夫。アルコール飛んでるから」
そう言って、ヨウジョラエルに微笑んだ。
ヨウジョラエルはワイズリエルの後ろから、きょとんとした顔を出していた。
「で、後はキャベツに軽く火を通して」
「火を消すのですかッ☆」
「パスタも茹だったし、余熱で大丈夫。というかもう完成だよ」
「「わあいっ」」
ワイズリエルとヨウジョラエルは、ぱっと花の咲いたような笑みをした。
まあ、俺も飽きてきた頃だし、彼女たちも退屈を感じはじめていたのだろう。
俺はパスタをフライパンに入れて、かるくまぜた。
最後にオリーブオイルをまぜてお皿に分ければ完成だ。
「乳化とかこだわらないんですねッ☆」
「パスタと一緒に茹で汁が入るからね、それで充分だよ」
「すごいです、ご主人さまッ☆」
「さすがです、おにいちゃん」
なんだか照れるなあ――って振りむくと、ふたりとも思いっきりスケベな笑みをしていた。
「あっ、もしかして、からかってた?」
「そんなことないです、ご主人さまッ☆」
「そんなここないれす、おにいちゃん」
「噛むなよ」
条件反射でツッコミを入れたら、ヨウジョラエルは照れ笑いをした。
その後。
俺たちは食卓を囲んだ。
アダムたちの食材は濃厚でとても美味しかった。
「フランベとか余計だったかな」
「そんなことないですよッ☆」
「おもしろかった」
「タマネギの甘みが引き立ってますッ☆」
「あいつらの野菜、ガチの有機農法だからな」
しかも冷蔵保存できないから、いつも採れたてである。
「ほんとは手づかみが中世ヨーロッパっぽいんだけど、フォークで好かった?」
「『手づかみで食べる』と言いだしたらどうしようと、実は心配してましたッ☆」
「ふふっ、そういうの言ってよ」
「……はいッ☆」
ワイズリエルは照れたような、嬉しがっているような、よく分からない笑顔をこぼした。
食事が終わると、ワイズリエルは、じいっと俺を見つめた。
両ひじをつき両手にほっぺたを乗せて、ぽおっとした顔と、とろんとした瞳で俺を見つめた。
ヨウジョラエルは面白がって、ワイズリエルの隣で同じポーズをとっていた。
どうしたんだろと思いつつ、だけど、どうすることもできず、俺はしばらくワインを飲んでいた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって8日目の創作活動■
アダムとイブの食材でパスタを作った。
……結構楽しくて、しかも美味しかった。ただ、あのガチガチのパンだけは、どうにも食べる気になれなかった。




