亡命1 ~カナタとアイシンカグラ~
カナタとアイシンカグラ・ムネノリ。
まずはこの二人の関係を説明しなくてはならない。
アイシンカグラ・ムネノリは現在年齢43歳。
アイシンカグラ家の党首だ。
元々はアイシンカグラ家と血の繋がってる分家の出身だ。自ら勉学に励みつつ、武道をたしなんだ。機械人形の操縦技術も抜群だった。
そのムネノリの父であるアイシンカグラ・ハルアキは下級貴族であった。
病弱で優柔不断。
だがムネノリはそんな優しい父親が好きだった。
ハルアキと妻の間では子供が出来なかった。
どちらかに問題があるか、両方に問題があるか分からないが出来ない。
そのため、ハルアキがムネノリの噂を聞き、ムネノリを養子として迎え入れられたのだ。
そのため、大切に育てられた。
二十歳を超えた、ムネノリはメキメキと頭角を現し、軍議やパーティー等に病弱な父の名代として参加することがほとんどであった。
そんな中、ムネノリの前にある男が現れた。
カナタの父であるハルカ・アサヒである。
裕福な上流階級の貴族。
大体の上流貴族は自分の保身や財力を誇示するような輩であったがアサヒは違った。
そのようなことは一切なく、弱気を助け、強気を挫く。
まさに絵に描いたような聖人君主のような男だった。
気に食わない。
ムネノリの中でそんな感情が芽生えた。
初めから何もかも恵まれている状態でイダンセ国でも誰もが認めている家柄であり、個人の成績もいつもムネノリより一歩先に進んでいた。
表面上はアサヒと仲良く話すように振る舞っていたが心中ではいつも逆であった。
アイシンカグラ家はムネノリのおかげで着実にイダンセ国の中で力を付けていったがこのハルカ家がいる限り、一番にはなれない。
ムネノリは考えた。
1つの結論が導きだされた。
追い付くことが出来ないのならその追い付く目標を無くせばいいと。
風が強く、空気が乾燥している日だった。
その日、ムネノリは適当な理由を考えてアサヒの豪邸に急遽赴いた。
ムネノリは予め燃えやすい建造物に火をつけた。
アサヒの豪邸を挟むように近くの建物二ヶ所にだ。
風の向きと強さを計算してつけたため、アサヒの豪邸に飛び火するのはムネノリ自身分かっていた。
そして何より、このアサヒという人物が気質から人命救助を必ず行うということも。
ムネノリがアサヒ宅に到着するとアサヒ、妻、アサヒの子であるハルカ・トマフとカナタが迎えた。
ここでカナタとムネノリが初めて出会うことになる。
大広間に案内され、ムネノリは二人で話している時に外が騒がしくなった。
ムネノリのつけた小さな火種が大きくなったのだ。
近くの建物が燃え、その建物を飲み込み、火の力が強くなる。
内心はほくそ笑みながらアサヒの様子を伺う。
予想通りだった。
アサヒが燃えている建物に人命救助をしに行く。
外では消化活動を行っているが全く火の勢いは収まる様子はない。
ムネノリは混乱した豪邸内で密かに火をつけた。
これで全てが灰に帰す。
小さな火だがこれがやがてこの豪邸を飲み込む大火になる。
アサヒを中心に豪邸の使用人達のほとんどが消火活動に当たっていた。
少ししてからアサヒは自分の豪邸の異変に気がついた。
燃えている。
飛び火したのかもしれない。
それとも。
錯綜する想いの中でアサヒは豪邸から妻を抱えて脱出してきたムネノリに出会う。
「ムネノリ殿!!」
アサヒは声をかけた。
「おぉ、アサヒ殿。奥方は煙を少し吸い込んだが無事だ」
ムネノリは気を失っている奥方の状況を伝える。
たまたま火が回ってきたところを確認してから逃げる途中で出会っただけだが。
「そうか、ありがとう」
アサヒは頭を下げた。
「だがまだ御子息達の姿を確認出来ていない」
「・・・まさか」
ただでさえ焦っていたアサヒの表情がさらに焦る。
「・・・まだ中にいるかもしれない。探してくる」
「な、この火だぞ!?あ、待たれよアサヒ殿」
ムネノリの叫びも省みず、アサヒは火の中に入っていった。
その姿を見てムネノリはほくそ笑んだ。
「(愚かなり、息子達はとうに私が避難させたわ)」
心中で唱えて、ムネノリはアサヒの妻の首を力ずくで締めた。
力が入る度に身体が小刻みに震え、やがてその震えも無くなり、動かなくなる。
「(よしっ、あとは奴だけだ)」
「トマフ、カナタどこだ!!」
アサヒは燃え盛る建物の中で叫んだ。
だが返事はない。
火の粉と黒煙が空気中に漂っている。
「くっ、どこにいるんだ」
アサヒは苦々しくつぶやく。
火が周囲に回り、先に進むのにも限界があった。
ズサリッ。
ズブッ。
「えっ・・・」
一瞬の出来事で何が起こったかアサヒは分からなかった。
少ししてから痛みを背中に感じ、そこに触ってみると真っ赤な血液が流れ出ている。
「刺してから捻る、これが基本だ」
この声は聞いたことがある。
振り返るとそこには見知った顔があった。
「ムネノリ・・・殿」
自分を刺した犯人の名前を呼ぶ。
しかしムネノリはそれに対して何も答えず、今度は腸にナイフを突き刺し、捻る。
何度もナイフを抜き差ししてから最後にゆっくりと抜いた。
ムネノリの手に柔らかい、肉の感触が生々しく感じられる。
「な、何故こんな・・・」
ムネノリに倒れかけながらアサヒは聞いた。
「何故?貴公が悪いのだよ、私と同じ時代に生まれた貴公の運命を呪え」
ムネノリはアサヒの身体を払う。
崩れさるようにアサヒは地面に倒れた。
まだ微かに息がある。
「悪いが確実に止めを刺す」
ムネノリは首もとを流れている2つの脈を両方とも切断した。
けたたましい量の血液が流れてくる。
アサヒはもうぴくりとも動かなくなっていた。
「これだけやれば大丈夫だな。あとはこの業火が全てを飲み込んでくれる。奥方と仲良くな」
先ほど絞殺した妻も炎の中に放り投げたので今では灰になっているだろう。
「はははっ、あとは息子達の処遇だな」
ムネノリは血液がついた服を脱ぎ捨て燃え盛る豪邸を後にした。
この火事でハルカ・アサヒを筆頭にハルカ家の人物が焼死したことになっている。
真実を知るものはただ一人、一生明るみに出ない真実である。