7.殴りこみしようぜ!
※暴力表現注意+暴言注意
気にしない・平気な方以外はお勧めしません。
どうしてドレスを着ているの、と彼が聞くと、彼女は「…お母様の、遺品なの」と笑いました。
優雅なドレスに似合わない、この家に居る時からずっと使っている杖に目を向ければ、彼女は杖を撫でて、「お父様の遺品なの」と俯くのです。
「―――さあ、ヴァンダインを殺しに行きましょう。……ねえ、本当に、その…」
「行く」
「………後で文句言っても、知らないからね」
彼を気にするあまり、最後まで締まらない彼女に、彼はゆっくりと微笑みました。
この一行だけ読めば勇者様の爽やかで御心の広さを感じる筈なのですが、彼の声色とその瞳を見るとどうにもそうは思えません。
まるで執着する物が何らかの理由で逃げてしまうのを防ごうとしているような、自分以外を負の面であろうと思い続ける事が許せないとばかりの、そんな目です。
彼女は今更ながら、あの時人恋しいあまりに引き留めてはいけなかったのでは無かろうかと不安になりました……。
「さあ諸君、魔界に入ったら馬車が迎えに来る。それに乗ったら"突っ込む"から、お互いの役割を忘れずに行動するように」
「……今更だけど、没落した私と違ってアンタが突っ込むのは不味いんじゃない?」
「なに、僕がどこぞの家に殴りこみをするのはいつもの事だ」
「ああそう…」
溜息を吐く彼女と、久し振りに手にした武器の具合を確認していた彼を一瞥すると、陽乃は「パチンっ」と指を鳴らしました。
すると―――一瞬の暗闇の後、人の身である彼には気持ち悪い魔界の臭気が襲います。
それでも勇者である分、まだマシなのですが……彼女が眉を寄せる彼の頭を撫でると、ふっとそれが軽くなりました。
「それは私が死んでも少しの間なら持つわ。……もし、私が負けたら、急いで此処から逃げなさい。陽乃、頼んだわよ」
「はいは―――」
「だったら俺も此処で死ぬ」
「……馬鹿言わないの。あなたにだって待ってくれてる人とか、いるでしょう?」
「ディアだけ」
「………」
「ははっ、良かったねぇ、根暗なあんたをここまで気に入ってくれるなんて」
「……もう、知らないわよ」
額に手を当てて何度目かの溜息を吐くと、不意に―――何か引っ張られるなと思ったら、彼がはぐれないように親の服を掴む子供のように、彼女のドレスを握っていて。
しょんぼりとした彼の顔―――が、最期に見る顔であったら嫌ですし、彼女は眉根を揉むと、顔を彼に向けて、
「……生きて帰りましょうね」
「…!」
「…来年、湖で遊ぶんでしょ」
「……うん」
飼い主に頭を撫でられた犬のように、尻尾を勢いよく振る犬のような彼に、彼女は苦笑を洩らすと、超特急でやって来た馬車へと向き直ります。
「まずはお嬢さん、どうぞ?」と悪戯っぽく笑う陽乃を睨んで、まだ幸せに浸っている彼に手を伸ばしました。
伸ばされた手に数秒思考停止した彼は、おずおずとその手を掴み、そろそろと彼女の隣に座ります。
最後に陽乃が扉を閉める前で、ほぼ骨に皮が付いてるだけの従者に「ヴァンダインの家に突っ込んどいて。迎えの馬車に"淑女の血"もよろしく」と命じて、パタンと扉を閉じます―――すると、唸りを上げて馬車は走り出しました。
最初は澄まし顔の彼女も、荒々しさが酷い事になっていく馬車に身体が揺れに揺れて、現在では彼の胸に頭を押さえつけられています。
顔が瞳の色よりも赤くなっていて、陽乃はニヤニヤと嬉しそうな彼と、プルプル震えている彼女を見つめていました。
「ご到着に御座いまぁぁ―――すぅぅぅ!!」
最後に一際激しく上下に揺れると、皮ばかりの従者が大変野太い声で告げました。
陽乃は短く「出るよ」と二人に告げると、彼は陽乃の反対側の扉から、彼女を抱えて飛び出します。
陽乃と彼が軽やかに着地する頃には、馬車は様子を見に来た護衛数名にブチ当たり、一人の首が飛んでいました。……少し酔ったらしい彼女を心配していると、陽乃は二人におさらいします。
「いい?君はここのむさくるしい護衛連中、僕は途中までクローディアを連れてって、長男坊をシメてくる。んでディアは悲願を達成、と」
「了解」
「……ええ、その手筈で……いい?無茶しないのよ…―――『夕凪』」
「!」
思えば初めて彼女が彼の名を呼ぶと、彼は吃驚した顔で、やがてそれをゆるゆる解して、ふわりと言いました。
「……うん、『クローディア』も。何かあったら、呼んで。絶対助けに行く」
「……………そういうのは、魔女じゃなくてお姫様に言いなさいよね」
照れ隠しに頬を膨らませるクローディアに微笑むと、夕凪と陽乃はほとんど同時に、太刀を抜き放ちました。
*
その瞬間、護衛は「勇者だ!!」と騒ぎました。
まず豚頭の護衛の腹が夕凪の太刀で裂かれて、飛び散った腸を陽乃のヒールが踏みつけます。
護衛たちは片腕に抱えられたクローディアと、抱えながら舌舐めずりをする陽乃の二人に動きが別れ、苛々した怒鳴り声を背に、「王子様」と魔女は屋敷の奥へと駆け出しました。
「追え――!」と誰かが叫ぶと、その口には勇者の剣、真っ赤に濡れた太刀が突っ込まれ……。
「―――加護要請。」
ちょ、ずるい。
…と、誰かが思う時にはもう、彼は神の恩恵を現す燐紛のような光を引き連れて、久々の"勇者の仕事"をしました。
(………急がないと)
今日は、あの時のシチューが食べたいな、と呑気に思いながら、彼は目の前の男の腕を捌くのです。
―――…一方、クローディアと別れた陽乃は、ちょいちょいそこらの侍女でつまみ食いをしつつ、武器の鳴る音がした、豪華な部屋を蹴破りました。
「お、ま。あ、あなた……何で、ここ―――うわああああああ!!」
面倒臭そうな顔をしていたのに、陽乃の真っ赤な太刀と臓物が少し付着した靴を見て慄く太った男――こと、ヴァンダインの長男は支離滅裂な言葉と一緒に炎を投げつけてきました。
何と言っても陽乃は魔王様から手解きを受けている高位の魔族ですから、間合いに入ったら即死間違い無しですからね。
必死の思いで投げた炎は絨毯を舐めて、そして―――炎を割ったのは、ただの鞭でした。
勢いよく飛び出た鞭は長男の胸を強く打ち、ヒュッと息が詰まります。
その間にすでに目の前に居た陽乃は、怯える男に甘い笑みを浮かべ、燭台から火の灯った蝋燭を抜き、溶けた蝋を男の額に落としました。
「あ゛っ!」
思わず仰向けに倒れる男の胸をヒールを埋め込むように強く踏みつけて、陽乃は。
「よくも恭ちゃんに意地悪してくれたね……?」
「あっ、の、ご、ごめ……へへ、申し訳、」
「―――ねえ、」
「は……」
「花の気持ち、味わいなさい?」
「あ……」
「さぁて、まずは目を串に刺して火を灯してみようかぁぁぁぁぁぁ!!」
ブンッと振り下ろされる燭台の、鋭い針が、嫌な音と感触を割って貫通します。
それをぐりんと回して、引き抜いて。火をつけられて、焦げるだけで終わったそれを、男の唇に押し付けて、
「ほら食えよぉぉぉぉぉ!?知ってるのよ?あんた、結婚前の女中にも同じ事したんだろぉぉぉぉぉ!?他には何したんだっけぇ?んんー?…確か従僕を、豚みてーにド太いテメーの足置きにしたんだっけぇぇん?
生憎僕は羽のように軽いから……そうだ、お前の背中に石を一つずつ、お前が虐げた奴らに乗せてってもらう?山となったら終わらせてあげる!その前に僕が崩すけどぉ!
ほぅら跪けよ!恭ちゃんに謝れ!恭ちゃんを讃えろ!!二度とお前みたいな汚いのが恭ちゃんに拝見出来ると思うなあああああああ!!!」
……その時、彼女が何をしたのか。とても此処には記せません。
男は脂汗たっぷりの体から、涙と鼻水と涎、もしくは血が混ざった体液を出して、最終的にブヒブヒと泣いては(男が持っていた)乗馬鞭で叩かれ絨毯に顔を埋めていた、という事でお察し下さい。
その時の陽乃は大変顔が輝いておりましたが、彼女の愛してやまない「彼」には乙女全開ですので、普段寝技だのをかけていても、あの滑らかな肌にこうまで激しく鞭打つなんて事出来やしませんのでご安心ください。
「んぐっ、……うっ、ぅ…ゆる、してくだひゃい……い゛っ!?」
「ああん?豚が人の言葉を話すな。誰の許しを得て勝手をしてるんだい、ん?…返事は!?」
「ぶ……ひ、う……」
「もっと派手に鳴けよおおおおおおお!!」
「ぶひいいいいいいいい!!!!」
……。
かなりどうでもいいことですが、同時刻、愛しい彼は豚さんのぬいぐるみを完成させ、真っ赤なリボンを結んで陽乃にプレゼントしようと―――虐められたのも忘れて、ニコニコしておりました。
*
本当はもっと男性読者様からクレームきそうな虐め方をする予定でした。
ごめんなさい……(´・ω・`)