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魔女様、勇者を拾う  作者: ものもらい
子犬編:
5/23

4.散歩に誘ったら、



「そろそろ傷も塞がってきたし、身体を慣らしに散歩でもどう?」

「分かった」

「ひっ!?…さ、さっきまで向こうのドアの所に居たじゃ―――こんなどうでもいい所で勇者の力を使わないで!」

「………」

「その顔やめなさい」



だって、珍しく彼女からのお誘いです。


彼は片手でショールと胸を押さえた彼女の代わりにドアを開けると、「ありがとう」と言ってくれる彼女に内心照れ照れします(しかし顔にはまったく出ません)。


「どこ行く…?」

「……森のね、そうそう見れないものを見せてあげるわ」

「……?」

「あ、籠を取って」

「分かった」


何か採るのでしょうか―――でも、こんな小さなバスケットじゃあ採れても大した量にはなりそうにありません。


彼女はそんな彼の疑問に気付いたのか、「採り過ぎちゃ駄目な物なのよ」とだけ教えてくれました。



「……熊出る?」

「ほんの時々ね。でもこの茨が仕切った空間の主は私だから。茨の向こうでは暴れん坊でも、此処に入れば私に頭を垂れるの」

「……」

「久々に向こうまで歩くわね」

「…おぶろうか?」

「……あなたって私からやる事を奪うのが好きみたいね……いいの。秋の散歩は大好きだから」

「秋……冬は?」

「寒いもの。……とても。窓から覗くだけで結構よ」

「春は?」

「好きよ。だけど、色んな花が咲いて浮かれても、…隣に誰も居ないのだもの」

「……」

「夏は駄目ね。ずっと部屋から出ないし、外周りも何でもメイドに任せちゃってるの」

「あの、メイドって……魔族?」

「いいえ、私が創ったの。私の支配圏の中で自由に動き回る事が出来るのよ」

「ほー」

「私がひきこもった時とか、夏に涼しい内に移動してこの奥の湖で涼んでいる間に大掃除して貰ったりとか。そんなのばかりね」

「……湖…行きたい」

「残念ね、今行ってもつまらないわよ」

「………じゃあ、来年」

「そう、来年―――って、来年まで居る気?」

「駄目?」

「えっ……べ、別に……いえ、あなた、勇者の使命は……」

「どうでもいい」

「どうでもよくないでしょ!?女神に何されるか……」

「大丈夫。大体何とかなる」

「適当過ぎるでしょ!」



そう言うけれど、彼女は「駄目」とは言わないのです。


つまり、そういうこと―――…ずっと、一緒に居てもいいということ。彼は来年の夏どころかその先まで夢見て、うっとりと。


「―――あ、そろそろよ」

「!」


ぐいっと腕を引っ張られて、彼は彼の妹と同じ動作でも何故ここまで違うのだろうと疑問に思いました。―――答えは、「彼女だから」で正解でしょうか?


「ふふ、とても珍しい木なのよ。そして一番美味しいの」

「美味しい…?」


首を傾げる彼に、彼女は得意気に笑って―――指差しました。



「御覧なさい」


その指の先、枝の捻じれた木には、儚げな桃色の……牡丹のような…。


蕾の状態だけれど牡丹に似た花が、その木に幾らか生まれていました。


「これはね、神話の花よ」

「神話……どんな?」


彼はこの世界に全く興味を示さなかったので―――けれど、彼女が語り部をやるというのなら、例えそれが夜を越えるものでもずっと熱心に耳を傾けていたでしょう。


彼女は花の下まで来ると、自分から視線を逸らさない彼に語ってあげました。



「―――昔々、二番目の主神の御代、この世が楽園であった頃……」

「……」

「主神に恋したある聖人の、キザな御機嫌窺いの話よ」

「キザ……」

「聖人はね、聖人でありながら主神が楽園の為に手を焼くのにヤキモチを焼いてね、拗ねて――かまってもらおうとあれこれしてね、終いには問題まで起こしちゃって、主神に怒られてしまった」

「……」

「ふふ、何だかどこかの誰かさんみたいね……それで、神の庭園にまで出入りを禁じられた聖人は、慌てて主神のご機嫌取りに走るの」

「……それが、この花?」

「そう。聖人はね、性格がアレでも才はあった…花を愛する彼女に、この世界には未だ生まれていない花を、それもとびきり面白いものを贈ろうとしたの」

「面白い……」

「花が完成すると、聖人は神の庭園の扉の前でずっと座りこみよ。主神は慈悲をくれたと文献に書いてあるけど、絶対これは怖かったから入場を許可したんでしょうね」

「………気持ち、分かる」

「………一応聞くけど、どっちの?」

「聖人」

「だと思った」



溜息を吐くと、彼女は蕾を一輪、ぽきりと折ってしまいます。

その際に、「お恵みに感謝します」と呟いて。……魔女と言えど、いいえ、魔女だからこそ。自然の力に対しとても丁寧に接するのです。



「さあ、話を戻すわよ。―――主神はね、謝罪にとこの花を貰ったのだけど、確かに綺麗だけれどまだまだ咲きそうにもなくて。聖人が最後の手間をかけたいと願うのに、二つ返事で許したの」

「……」

「聖人はそっと蕾に口付けて、『愛しい貴方へ』と想いを言の葉にして……その瞬間、その花はゆるりと咲いたのよ」

「!」

「すると花の中から出てきたのは真珠のような果実たち。まるで恋の味、人を幸せにする…最高の果実」

「幸せ……」

「主神は大層感激したわ。聖人に微笑んで、『これほど素敵な物を創れるあなたが悪い人な訳が無い』と告げて聖人をちゃんと許すどころか褒美まで与えてね。主神はこの花の生る木を楽園中に植えようと思ったけれど、それは叶わなかった」

「……何故?」

「……これは、愛する主神への物。他の人間などに恵むものかと突っぱねてね。反省してなかったのかと頭が痛くなった主神だけれど、周囲の神々も別にいいだろうと宥めるものだから、まあ許したというか何と言うか」

「……気持ち、分かる」

「―――まあでも、主神が降りられた場所とか、聖人を祀る神殿とか、……色んな理由で楽園にも広がったわ。けれど、主神が去られ、人間が欲のままに喰らうものだから、こういう人の来ない所でもないと生き残れなかったの」



―――二人の恋物語はまだまだ続きがあるけれど、この花の神話はもうお終い。



そう告げられて、彼は少し耳が寂しくなりました。


だって、彼は眠る前に絵本を読み聞かせられたことも、昔話を語ってもらったことも無いのです。

初めてだったのに……―――しょんぼりとした彼に気付かずに、彼女は手の中の花をこちらに見せて、


「さあ、食べましょうか」


そう言って、彼女は花弁を撫でるのに、彼は何を思ったのかその花を横から取ってしまうと、たどたどしく花に口付けました。



「"いとしいあなたへ"」

「」

「………?…開かない……」

「そ――…りゃ、あれは神話の話よ。これは……魔力を込めて、花開くのを促すのよ」

「じゃあ中の実は…」

「もう蕾の時点で…そうね、これくらいが一番美味しい頃よ。見てなさい」



幼い彼の行動に何とか赤い頬を冷まして、彼女は彼が口付けた所にそっと指を這わせました。


すると、花弁はふるりと揺れて。そろりそろりと、お姫様のドレスのようにふっくらと広がって―――


「あっ」


本当に真珠のような、宝石のような。巨峰と同じくらいの粒が姿を現してくれました。


彼女はまじまじと見ている彼を見てくすくすと笑うと、その細く白い指先で果実を摘まんで、



「はい、食べてごらんなさい」

「い、いいの…?」

「もちろんよ。何の為にあなたを連れて来たと思っているの?」

「木登りさせる為」

「……はあ、どうしてあなたは……いや、この果実を前に溜息なんていけないわね、」

「……」

「ん?」

「……あ、あー……」

「…ふう、甘えん坊さん、もうちょっと口開きなさい」



ころん、と彼の口の中に転がる果実。

恐る恐る噛むと、果汁が溢れて、繊細で切なくて―――…確かに、この味は神様も許す程かもしれないと、彼はゆっくり咀嚼していました。


「この森での生活での、数少ない楽しみの一つだわ。美味しいでしょ?」

「うん」

「こんなに美味しい物を貰ったら、私も大体のことは許しちゃうかもね」


彼女も果実を頬張って、幸せそうに口元を緩める所はそこらの女の子と変わりません。


彼はじーっとその顔を見て、彼女にそんな顔をさせる事が出来る果実に苛々しました。



「……ディアの指の方が何倍も美味い」

「は!?」

「………」

「あ、あな、た……何言ってるの!?」

「……ディアの指が欲しい……」

「地味に怖いこと言わないでよ!…ああもう、何で拗ねてるの?」

「………」

「………」

「………」

「………どうしたの?」

「……………」

「………………」

「………………」

「………喜んでくれるかと、思ったのだけれど。…そうよね、男の子ってこんな物に喜ぶこともないわよね…」

「…!」

「…あと二三個摘んで、もう家に帰りましょう。まだまだ大事を取らなきゃいけない身体だもの」

「……っ」



ああ、さっきまで心を開いてくれていたのに、今にも閉じてしまいそうです。

彼は今まで似たような事が二三回あって、そのどれも何も思わなかったのに―――彼女が、彼に背を向けてしまうのが恐ろしくて。


今まで流されるだけだった彼が、初めて流れに抗おうとしますが……、どうすれば抗えるのか。誤解が解けるのか…。


(拗ねてごめんなさい…だと、何かまた違う方向に話がいってしまいそう。…美味しいよ、だと嘘っぽい……)


ぐるぐる、ぐるぐると。彼はおろおろしてばかりで。


彼女がまだ残りの果実が包まれている花をバスケットの中に入れる姿があまりにも寂しそうだったのもあって、彼は。


「ディア、」


バスケットの中、果実を一粒摘まんで、先程の神話に頼って、祈るような気持ちで、彼女の何かを言おうとして半開きの唇に押し付けて。



「いとしいディアへ」



―――これで、神話のように、彼女も許してくれるだろうか。

………もう一度、チャンスをくれるだろうか。


(ああでも――頬、真っ赤。可愛い。唇も、濡れてて、)


―――食べてみたい、と。彼は頭がショートした彼女の唇を、動かないのをいいことに、ぺろりと。



「きっ…きゃあああああああああああああああ!!!」



しかし、どうやら神話の食べ物でも彼は許されなかったようで、涙目の彼女にばしばし胸を叩かれ叱られました―――が、彼としてはそれもかまってもらっているとしか思えなくて、ほっこりしていました。






ヤンデレが段々顔を覗かせ―――る、ようになったらいいな←


追記:


実はこの主神と聖人は他作品の子たちでイメージしてたり。

必殺技がウサパンチな黒兎と、ヤンデレハンターさんが脳内できゃーきゃーやってますえへへ。

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