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魔女様、勇者を拾う  作者: ものもらい
子犬編:
4/23

3.スト……いや、なんでもない



彼女はとても、ドジっ子です。



「ああっ!こら、待ちなさ…あうっ」

「………」

「その顔やめなさい!あとオロオロするなら鶏捕まえなさいな!」



「ふむ、これで終わ―――あっ」

「!」

「トマト……指が刺さって……」

「…あむ」

「―――~~ッお馬鹿!指噛まない…じゃない、まずこんなトマト食べようとしないで!」



「ほら、掃除の邪魔しないで寝てなさ――痛っ!」

「………」



ほとんど彼女のスト……いえいえ後を追いかける雛のような彼は、彼女が何かやらかす度に反応に困ります。

紳士らしく手を差し出すべきなのか、こんな自分では差し出しても払われてしまうのか……どきどきしながら手を差し出すと、頬を膨らました彼女もまた恐る恐る手を掴みます。



「……ありがと」

「!」



そうデレてしまった為に、彼女へのスト……付き纏う行為が悪化したのでした。


今まで二メートルの距離を開けて様子を窺っていたのが、もう一メートルも無い程の近さで様子を窺っています。そのせいで包丁を握る彼女はますます慎重に動くのですが、迷惑と分かっていても彼には離れ難いのです。


「……卵とって」

「分かった」

「早っ!?」


そんなに長居した訳ではないけれど、彼には彼女が次に何を調理しようとするかなんて把握してしまっているのです。


ちなみに無駄な所に才能を振ってしまっているとは思っていません。ただ褒めてくれるかな、と様子を窺っています。



「……」

「……ああ、うん…ありがと…」

「!」

「…お礼に朝食に好きな物一品加えるわよ。何か食べたい物ある?」

「………」



彼女との生活は楽しいのですが、困る事も多いのです。


先程も言ったようにリアクションだとか、今のように「何を求めているか」の問いが多いのです。「これ食べるでしょ」ではなく「食べたい物は?」だから、適当に頷いて終わりなんて出来ません。


なので彼は悩みました。…食べたい物は特にありませんから、一般的に、朝食にありそうなもの―――彼の前の世界での朝食はパン一枚で、今竈で焼かれているパンのように美味しそうな香りはしない、冷たい物しか―――……ああそう言えば、この世界に来てからは、



「目玉焼き」

「」

「…目玉焼き……?」

「……ああ、そう……目玉焼き、ね……つ、作るから、ちょっと…部屋で待っていて」

「?」

「いいから!部屋に戻る!」



そうは言っても、部屋で待つだなんて……彼は従ったふりをして、前のように気配を消して二メートルの距離を保って様子を窺う事にしました。


彼女は先程の注文に困っているのか、卵を割ろうとして止めてを繰り返しています。


その様子を見て、そう言えば此処に来て目玉焼き食べたこと無かったなぁ、と彼がじりじり近づいた頃でした。



「あっ」

「!」

「…う、うぅ……綺麗に割れない……」

「……」

「も、もう一回――うわあああ…も、もう一回……ってきゃああああああああ!?」

「!」

「ちょ、あな、なん……うっ、」

「…!」

「こ、この、…何か…デジャブ……」

「……でぃ、ディア……」

「…そ、の顔…やめなさい……向こうの棚の瓶の…錠剤二つ、取って…」

「分かった」

「早!?」



今のは勇者としての加護の一つ、【加速】を使ったに過ぎないのですが、それすらも彼女の心臓にはよくなさそうです。


今度は気を付けて水をゆっくりと渡せば、彼女は震える手で飲み……。



「…ごめん…なさい…」

「もういいわよ…怒ってないからその顔やめなさい。あと悪いと思ってるなら気配消して近づくんじゃないの。……私は、まだ死ねないんだから……」

「?」

「何でもないわ。……ああもう、卵無駄にしちゃったわね……」



確かにボールの中の卵たちは皆殻が刺さって黄身が崩れています。

よく見ればピンセットも事前に用意されていて、前回のふわふわオムレツはこの地味な努力で出来たのかもしれません―――というのも、彼は調理時もくっ付いていますが、卵などの調理時には薪を拾わされに行ったりして居ないのです。



「……呆れた?」

「?」

「私、外見は若い娘だけど――今年で四十なの。……人間なら、とっくに所帯を持って子供を養ってる筈なのに、目玉焼きが作れないのよ……」

「………」

「いつもそうなの。ラテアートを自分でやって見ようかと思っても、失敗ばかり。唯一の救いが魔法薬の時には発動しないことね」

「………」

「……だから、ごめんなさい。あなたに目玉焼きなんて、高等な物作れないの……」

「………」

「…………かわいい」

「」

「…気にしなくても大丈夫、俺、よく目玉焼き何十枚も焼いてた」

「何十枚も!?」

「……バイトで…ハンバーグも焼いてた……」

「え、あ…はい」

「カフェでラテアートを齧ったこともあるし、掃除屋のバイトもした。荷物運びとかも」

「あなた将来何になりたいのよ……」



彼女の呆れた声に、彼は何にもなりたくなかったと答えます。


そして指折り数えるのを止めた彼は、口元を緩めて、



「―――だから、ディアが出来ないものは全部、俺が受け持つよ」



彼女は。


彼女は眼を見開いた後、顔を俯けて――耳は赤いまま、肩を震わせて「…じゃあ目玉焼き作って」と言います。

彼は分かったと頷くと、腕を捲って慣れた手つきで卵を割りました。


落ちる先は、さっきまで放置されていたフライパンです。



「……お父様もね、あなたみたいに何でも出来たわ」

「ふうん?」

「私に出来ないことは、何だってしてあげるって。お父様の出番がなくなるような人と出会うまで、お父様が面倒見るって」

「良い、お父さんだね」

「ええ。とても優しい人だった―――」



銀髪が揺れます。

さらさらと肩から零れ落ちるのに目を向けていたら、フライパンの気を引くような音がして慌てて手元を動かしました。


「あなたが―――なのかな」


焼ける音に気を取られたからか、普段なら拾えそうな微かな声の、その中身がよく聞こえずに首を傾げます。


けれ彼女は「何でもない」とだけ言うと、少しだけ口元を緩めて話題を変えました。



「私、半熟が好きなの」

「分かった」

「……お父様はね、堅いのが好きで、」

「うん、」

「……私と、お母様が半熟に悪戦苦闘している傍で、さっさと食べちゃってね」

「うん、」

「『どーだ、お父さんは何でもすぐ食べれちゃうんだぞー!』…って、食べるのが遅い私も卵ごと食べちゃうぞって、食卓を賑やかにしてね……」

「うん…」

「……お母様は、その光景を幸せそうに眺めているの……」

「……」



―――そして、その光景はもう見られないのだろうと、彼は察しました。


床に座り込んで俯いたままの彼女は、一度深呼吸をすると、幾らか明るい声で彼に尋ねます。



「ねえ、あなたは半熟派かしら?」

「……じゃあ、半熟」

「じゃあって何よ、じゃあって」

「…俺、今まで食事にそういう関心を持った事、無かったから」

「……そう」

「でも、此処に来てから関心持った」

「……私の所に来て?」

「そう。……ディアのご飯、人生で一番、美味しかった。それまでは温かいおにぎりが一番だった」

「う、うん…?」

「ディアと会ってから、一番がコロコロ変わる。……それが楽しい」

「え、あ、―――あ、ぅ……」



珍しく長文をスラスラ喋ったと思ったら、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなものだった―――なんて。



その日、結局彼女はフライパンを握ることが出来ませんでした。






ババア結婚してくれ!


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