10.勇者と魔王
―――話は、だいぶ前に戻ります。
「………くぅ…。」
男を刺すのを止めた夕凪が恐る恐るクローディアの様子を窺うと、可愛い寝息が聞こえてきました。
彼女の寝顔を見たのは一回だけだったので、彼は現状も忘れて、目に焼き付ける事しか考えずに、ただただ彼女をじっと見つめます。
「ゆ……なぎ、ごはん……まって……」
「!」
―――夢の中でも、かまってもらってる!
彼は幸せでした。
とてもとても幸せで、背後から慌ただしい足音が聞こえても、勿体無くて振り向きたくなくて………。
「子犬君!ディアと死に別れたくなかったらそのまま両手を上げて!」
あまりにも巨体過ぎて、兜の飾りが天井を擦る―――鼻息荒い、騎士……いや、獣?
熱過ぎる巨体のせいか、兜の隙間から吹き出る息は白く曇って見えます。
そんな謎の男に小脇に抱えられた陽乃は、必死の形相でした。
彼は、他ならぬ彼女の友人の言葉であり、彼女と別れる要素は全て取り除きたいが為に、言う通りそっと手を上げます。
「我はレーヴァン!偉大なる魔王陛下に仕える十怪!勇者よ、剣を取り我と戦え!!」
「…………やだ」
「何故か!?恐れをなしたか人間の鼻たれ小僧が!」
「………ぅ」
「む……?」
「―――…ここで戦ったら……ディアのドレスが、汚れてしまう」
ふざけた気配も一切ない、その言葉に。
十怪の中では割と常識人な方のレーヴァンは、思わずズルッと、次代魔王の妃となる陽乃を落としてしまいました。
「そ――れ、は。確かに、貴婦人のドレスを汚すのは、如何なものかとは思うが」
「………」
「しかし此処はすでに戦場!女人であろうと、此処に自らの意思で赴いたのであれば、如何にか弱き貴婦人であろうと戦士よ!故に、ドレスがどうとかそうい」
「紳士じゃない」
「」
「ドレスは面倒で手入れが大変だから、気の利いた紳士なら常にそういうことを考えるもの。……って、ディアが教えてくれた」
「いや、その、…え?――我は戦士であって紳士ではないというかこの獣のような姿を見て紳士は何かと説くか?」
「………将軍閣下、話がずれております」
うろたえるレーヴァンに、その部下である人狼族の騎士(禁句は『犬耳と尻尾可愛い』です)が冷たく言いますと、レーヴァンはわざとらしく咳込んで、もう一度夕凪を見ました。
ら。
「おいィィィィィ!!貴様、さっきまで紳士とは何かを説いていたくせに何をしているのか!?」
「ディアの髪甘い」
「マイペース過ぎる!!もう少し合わせろ!そして婦人の髪を舐めるな!嗅ぐな!
―――ええい、者共!この変態を捕えよ!このお嬢さんを救うのだ!」
「「「「サー!」」」」
重たい鎧を鳴らしながら、十数名の騎士が夕凪に迫ります。
彼は邪魔と斬り捨てようかと思って―――けれど、陽乃の言葉と現在両手でNGを出している所を見るに、躊躇ってしまいます…。
「…陽乃様。あなたの"やんちゃ"はいつもの事ゆえ、何も言いませんが……勇者を連れていた事、ご説明して頂きたい」
「ふん、下賤め。僕に声をかける時に図が高いとはどういう事か。あとヴァンダインの長男坊はやらぬ」
「………陽乃様、アレの息子がどうなろうがお好きにどうぞってもんですが、質問に答えて頂きたい」
人狼族の騎士が静かな声で陽乃に問うも、陽乃は陽乃で大変高飛車で。
一人の騎士が抵抗しない夕凪に首枷と手枷を嵌めると、事情聴取と捕獲も含めて一同は魔王城を目指したのです。
―――そして、そこで陽乃とクローディアから引き離されて数時間後、しょんぼりする夕凪の前に、歴代の魔王の中でも圧倒的人気を誇る魔王――魔界の女王陛下が、凶器のように鋭いヒールを鳴らして、玉座から降りてきました。
「ほぅ、勇者一行は豊穣の女神の神殿を襲う我らが子らを殺していると聞いていたが。人の子よ、何故にそなたは魔界で、しかも次期王妃と魔女に連れられていたのか?」
「………魔族を殺すためだ。その目的の為に、勝手に付いて行った」
「ほほう、勝手に?魔女はともかく、ヒト嫌いの陽乃がそれを許したと?」
「………………」
「まあよい。あの小娘たちの目的は分かっておる。何より我が息子を愛するあまり放火でも何でもする陽乃が魔界に不利な事をするはずが無いものな」
高圧的にヒールを鳴らして歩いてきた魔王は、ぐっと夕凪の髪を鷲掴みます。
胸元から臍よりは上、まで開いたロングドレスの魔王は、じっと夕凪の顔を見て、
「そなたの目は死人だな」
「………」
「生きるのは辛かろう。妾の手でそなたの運命も斬り捨ててやろうか?」
「………辛くない」
「―――何?」
「…ディアがいるから、もう辛くない」
「………ほう、魔女殿は面白い仕込みをしたものだ。――ならば、剣を取れ。妾と戦い生を勝ち取ってみよ!」
派手に開いたスリットのせいで際どい所までちらりと見えてしまうのもかまわず、魔王は白い美脚で夕凪の腹を蹴り上げました。
扉まで勢いよく吹っ飛ばされると、「カキン」と首と手の枷が外れ、謁見の間の闇から勇者専用武器が飛んできました。
彼はすでに剣を抜こうとしている魔王を見て、加護の要請を―――
「あぐっ」
……する、前に。魔王の一刀を肩に受けてしまいました……。
*
「―――それで!?夕凪はどうなったの!?」
「はいはい落ち着いて。…当然ながらというか、魔王に完敗して、現在玩具にされてる。僕も色々言ってはみたんだけど、謹慎で済んだのも幸いというか。……分かるでしょ?」
「玩具!?玩具ってどういう事よ!?」
「人伝に聞いただけだから具体的な事は分からない。こっちはこっちで背信の疑いとか諸々の事を上手い具合に誤魔化すので精一杯だったんだって。―――あ、そうそう」
顔色真っ青なクローディアに、陽乃はサイドテーブルから質の良い紙と、小箱を取り出しました。
「陛下の直筆・爵位復活の書面なんだけど、この勲章を見るに爵位上がったみたいだね」
「上がった……下がったの間違いじゃ無くて?」
「我らが陛下は、強きを尊ばれる。……それが全て、でしょ?」
―――確かに、優美な字で"妾はそなたを歓迎する"と書いてあります。通常ならば「妾は」ではなく「魔王城は」なのですが。……つまり、今回の仇打ちに関しては何も触れないどころか、評価したという事で確かに合っているのでしょう。
向こうとしても、厳密には見習いとはいえ魔女をそこらに放置するなんてしたくないでしょうし…。
「あんたの家にはこっちから連絡しといた。…古参の使用人の皆さんが大層喜んでたよ」
「そう…」
「ヴァンダインのきったねー死体はうちの地下室に放置してある。あ、次男も一緒の所に入れといたんだけど」
「ああ、それでいいわよ―――ねえ、最後の頼みがあるの」
「なんだい?」
「……魔王城に、連れてって」
決意が一切揺るがないその瞳を見て、陽乃は溜息を大きく吐きました。
「……あんたさ、僕は謹慎を喰らった身なんだよ?それを破るとか……」
「馬車を貸してくれるだけでいいの。…まだ、移動の魔法すら使えないのよ」
「はぁ……いい?僕が貸したと言わないでくれたまえ。強奪したと言って欲しい」
「分かったわ」
ナイトドレスから綺麗に仕舞われた遺品のドレスに袖を通そうとして、クローディアは無様に転んでしまいました。
「……痛い。」
(―――あの子が、居たら)
(……きっとオロオロした後に、恐る恐る手を、差し伸ばしてくれるのに)
―――目の前で慣れたように手を差し伸べてくれるのは、彼女の親友の手です。
その手を見たら、やけに痛みが増して。……だけど、クローディアは、
「急がないと、」
きっと、寂しいと泣いてるわ。
そう呟いて、陽乃の手をとり立ち上がると、決意の第一歩を踏み出します。
「きゃんっ」
「ちょっ」
――――陽乃を巻き込んで、また転んでしまったけれど。
*
中途半端にギャグ回でした…。
【おまけ】※陽乃様、魔王城の別室で尋問される(カットした)シーン。
「ですから!何で勇者連れてるんですか!土下座までさせといて答えないとか酷くないですか!?」
「お腹空いたから処女のメイドでも連れて来てー」
「ざけんなこのむふふおおお!」
「お、落ち着くんだ!姫様に喧嘩売るな、(モブ)A!冷静にやれ冷静に!」
「(モブ)B隊長……!」
「―――あ、そういえばBの娘、つまみ食いしたけど不味かったわ。どういう生活させてんの?」
「おのれえええええええええええええええ!!!」
「落ち着いて下さいB隊長!剣を抜いたら向こうの思う壺です!エライことになりますよ!!」
「ねえA?」
「……何です?」
「あんたの彼女になる奴らってさ、皆それなりに食えるのよね。それで我慢してやるから連れて来い」
「俺の彼女に何してんスかあああああああ!!」
「あ?てめーの彼女がクソビッチで恭ちゃんに張り付こうとすっからだろうが?ぶっ殺すぞ、あん?」
「………すいません……」
「うっ、うぅ…母さんに何て言えば―――」
※扉の向こうからドタバタ音。
「陽乃を許してあげてぇぇぇぇぇ!!」
「「殿下!?」」
「恭ちゃん!」
「あ、あのねっ陽乃、いつもやんちゃだけど、勇者様と一緒に居たのには訳があるんです!きっとお友達になろうと思ってたんです!」
「余計悪いじゃないスか!?」
「お、俺が悪いんです!俺が…勇者様に、会いたいなんて言っちゃったから…ぐすっ、だ、だから、陽乃を虐めないで、ごめんなさいします……(´;ω; `)」
「や、殿下、待って下さい、……え?何、これどういう流れ?」
「もう我儘言いません。ピーマンも頑張って食べます。謹慎させます…だから陽乃を追放したり怒ったりしないで。陽乃はとても繊細なの。身体壊しちゃうの(´;ω; `)」
「殿下騙されてますよ!?姫様はさっきまで人に土下座させてですね、傲慢ぶりを発揮してましたよ!」
「本当にすいません……ほら、陽乃も謝って。悪い事したら謝るんだよ(´;ω; `)」
「はい恭ちゃん!ごめんねっ」
「殿下ぁぁぁぁ!!姫様、どう見ても殿下に謝ってるんですけど!?」
「うっ……(´;ω; `)」
↑そんな訳で、陽乃様の罰が軽かったのは恭ちゃんのおかげでした(笑)




