9.さらば、
※暴力表現注意
ぐちゃり、と糸を引く足を茫然と見つめた後、ヴァンダインの次男はゆっくりと両の手を上げ、へらっと笑いました。
「いやはやすいません、お嬢さんに降参するので見逃して下さい」
「……あら、父の敵は取らないの?」
「面倒ですもん。それにそこまで愛着も無かったし。ね?私を見逃してくれるのならこの家の物何でもあげますよ。好きなの取ってってください」
「……随分と呆れた人ね。"面倒"で全て終わらせてしまうの?」
「まさか!かの大公じゃあありませんし。私の父も中々に人の恨みを買うのが大好きな人でしたから、特に思う事もありません」
「………そう、」
情けない男から目を逸らすと、クローディアはパチンと指を鳴らします―――すると男の口が、変に歪んで、
「"今時復讐なんざ、珍しいな。だけど美人だし、抱いたら可愛い顔をしそうだ。高飛車っぷりを崩すのも楽しそうだな"」
「"しかし面倒臭くて馬鹿な女だ。…復讐とか、世の中弱肉強食だろ。弱っちいのが上の存在に食われる、それのどこが悪いんだよ"」
「"あー、確か父親がアレの奴かな?野晒しの死体が無様過ぎて笑ったわー。兄貴が面白がって石投げてたな。俺は"……すいませんすいません待って下さい!」
「………」
「"俺、は"……ちょ、ストップ!待って下さい、これは、」
「あなたの、本心よ」
髪の毛先を弄る魔女さんと、膝を着く次男。
彼は何か見えない腕に引っぺがされるように、口を封じていた両手を退けて、
「"俺、は。腸を足で引き摺り出して、脳味噌にお湯をかけて。僅かに反応する、男に。笑って……」
瞬間、男の腹に茨が突き刺さって、鞭を打つようにして腹を裂いてしまいます。
鉤状に曲がった茨が男の腸を勢いよく引っ張り出して。―――男はあまりのことに悲鳴すらも置き忘れて。
巻きつく茨によって膝を着き、テーブルに頬をぶつけられ押し付けられ、次男は苦しそうに上を、見上げた、ら。
「―――お父様の屈辱を、恨みを。」
「ま、待って、お嬢さん、それは不味いって。アレは嘘だから、本当に、すいません、何でもします、あげますから、」
「その身で以て、味わえ」
ブンッ、と、彼女に創られ彼女の命に従う、顔に派手な縫い目が横切るメイドが、大きく原始的な斧を振り上げます。
下ろされたそれと同時に、クローディアが抑制していた痛覚と恐怖を解いてしまうと―――視界いっぱいの斧に、男は野太い悲鳴を上げて。
「ぐぺっ」
それでも、男は死ねないのです。
魔女の手による指定空間内では、魔女が全ての主なのですから。
その空間中で死んでも、魔女が"死んでない"と認めなければ死は与えられません。そして空間が消え失せても、死なずに済むでしょう。
「脳味噌に、お湯ですって?」
魔女はふらりと立ち上がると、ゆっくりと自分を見つめる男の前で、そっと杖を振り、
「×××××―――!!」
獣のような声を何とか出した次男に、魔女はもう一度杖を振って宙から出したお湯の温度を上げました。
お湯の勢いが良くて、男の(ヴァンダイン一族にしては割と整った)顔に、目に、滝のように零れて、男はのた打ち回って更に身体に巻きつく茨を喰い込ませ、腸に引っかかった茨がもっともっと赤い色のそれを引っ張り出しました。
「あ゛、あづい゛の、やめでぐだざい゛っ」
「………いいわよ?」
そうしてお湯は止み、新たに脳に流れるのは、―――冷水。
男は喉から血を出して、それでも叫んでいました。叫べばまるで痛みが止むように……。
(……ああ、遺品のドレス、汚れちゃってたのね)
ソファにどっぷりと座りこむ際に裾を撫でつければ、黒く変色し始めたそれは綺麗に無くなって、……だけど、クローディアの心は晴れません。
(無意味だ)
これは、ただの八つ当たりだ。―――しかし、正当な八つ当たりだ。
そして、私は初めて恨みを買ったのだ。……私は、初めて「大人」の仲間入りをしたのか。
―――この復讐が終わる事は、彼女に甘い夢を見ても許される少女時代も終わる事を意味していたのです。
クローディアがこの後することは、父母の墓前にヴァンダインの首を捧げ、陽乃が管理をしている彼女の屋敷を返してもらい、爵位の復活を求め………。
(……でも、その前に。夕凪を魔界から逃がさないと。一旦あの森に戻って、あの子を寝かしつけて、行ったり来たりして、上手に事を運んで)
彼は「勇者なんてどうでもいい」と言ってくれました。……彼女は、"自分の復讐に付き合ってくれた彼の為に"という名目で、儚い気持ちを隠して、彼の今後を思います。
(……でも。ほんとうは、こうじゃ、なくて)
もっと、お互いが普通の何てことのない立場であったらと、だけれどもこの出会いで正解だったのだと確信しながら、彼女は"指定時間切れ"と魔法の行使による負担で、重たい瞼に逆らえず。
(…この次男は。もっと、生かして虐めてやろう。死者への冒涜の罪を、骨身に染みさせてくれる)
決めると、次男の頭も腹も元通り。
唸る男がゆっくりとこちらを見て、牙を向こうとしているのを、ぼんやりと見た時。
やっと追いついた彼女の"彼"は、背後から男を滅多刺しにしました。
(ああ、ごめんね)
(今日の夕飯、作り置きになるかも……)
―――目蓋が完全に閉じる、その最後の時に思ったのが、これだなんて。
*
「――――……ん…いけない!朝ご飯作らなきゃ!!」
「あ?持って来てあげたけど?」
「は?」
お互い低い声で顔を突き合わせると、バスローブ姿の陽乃が「まあ食べて」と朝食の乗ったトレーを押しつけます。
その食器は由緒ある店の物で、スプーンは銀。―――もっと言うと、クローディアが寝ていた部屋はあの森の茨に閉ざされた家ではなく、陽乃の実家の物です。
「……ああ、そっか、魔力切れで眠ってしまったんだった…ねえ、夕凪はどうしてる?魔界から出してあげてくれた?」
「……あー…」
「ヴァンダインの次男に斬りかかってる所しか覚えてなくて…あの子変な事しなかった?ご飯食べた?」
「いや、あの、……僕もまだ、小娘という点を踏まえて、怒らず聞いて欲しいのだけど」
やけに歯切れの悪い陽乃に、クローディアはいまいち回転の悪い頭に苛々しながら先を促しました。
「―――あの子ね、騒ぎを聞きつけた魔王軍の、レーヴァン将軍が、」
「……レ……"処刑人"が!?」
「……なんというか、連行――――こら!待ちなさい!」
(―――私のせいだ)
何で、悠長に寝ていられたの、と。
彼女は、影のようにひっそりとこちらの様子を窺っていた彼を、今はいない彼を、求めて。
*
そりゃ、魔界で派手に勇者専用武器とか使ってれば魔王様だって気付きますよね。
補足:
一応クローディアと陽乃で打ち合わせ(夕凪を逃がす算段)してたんだけども、予想してたのよりも早く魔王様の部下が来たという……。




