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K-4  作者: 林来栖
第一話 ミズ
7/28

7.守護霊と使命

 程なく大粒の雨が降り出した。その中を、伊織は紫を引っ張り走った。

 行った先は、弓道場だった。

 この建物は食堂の南側、崖に面して建っている。二棟あり、南を向いて右側が日常部活

で使用されている近的場、左は遠的場である。遠的場は、遠的競技が現在の学生弓道の種目には無いため普段は使用されていない。

 紫達が行った時、近的場の入り口には貴史が待っていた。

「お、大将連れて来たな」

 開けた戸口から顔を出してにやりと笑った長身に、紫は眉を顰めた。

「ここの鍵を、どうやって開けた?」

 部活動のみが使用している施設は、当然ながら関係者しか鍵を預かっていない。もちろんマスターキーは事務所が管理している筈だが、今のような状況で貴史が鍵を借りて来られるとは思えない。

 怪訝な顔の生徒会長に、貴史は軽い調子で答えた。

「簡単だぜ。『開けゴマ』ってな。ま、んなこと気にすんなって」

「とにかく入りましょう、紫」

 こちらも全く気にしていないらしい伊織に促され、紫は仏頂面のまま中へ入ろうと靴を脱ぎ掛けた。

 その背に、元気な声が覆い被さる。

「ゆーかりっ!!」

 振り向くと、体操着姿の悟が雨中を猛然とこちらへ走って来る。

 大好きなご主人を見付けた子犬よろしくご機嫌でダッシュして来た悟は、そのままのスピードで紫の身体に抱き着いた。上がり框に片足を乗せたばかりの不安定な体勢だった紫は、少年の濡れた身体を受け止め見事に引っ繰り返る。

「やっと見付けたーっ! 探したんだぜっ!」

「てめーっ、何しやがるっ! とっとと退けっ!!」

 怒鳴られて、漸く状況を見回した悟は、あ、という口を作った。

「ごめ……っ!」

 ぱっと立ち上がる。その頭に、すかさず紫の平手が飛ぶ。

「このっ、バカ犬がっ!!」

「いてーっ!」

 二人を見守っていた貴史と伊織は、一幕決着がついたところで、ぶぶっ、と吹き出した。

「ったく」紫が鼻を鳴らした。

 彼等が板間に上がったのと入れ替えに、伊織が木製の引き戸を閉めに框へ下りた。

「ああ、随分降って来ましたね」

「ひでー目に遭った。……と、タオルとかねえのか、この部室は」

 初期の練習用に使用する巻藁などを置いてある部屋へ入った貴史が、続きの更衣室の戸を開け中を物色する。

「お、あったあった」

「あ、俺も」

 びしょびしょの子犬が手を出すのに、白いスポーツタオルを投げて渡す。

「紫は?」

「いい」

「身体濡れてんぜ? 風邪引かねえ?」

「紫が風邪引いたら、オニの攪乱だよ」

 悟の科白に、貴史がうひゃひゃと変な笑い方をする。

「そりゃ言えてるやっ」

「っるっせえ」

 いつもの口喧嘩の間にも、激しい雨音と雷鳴が響く。的場の板戸が風雨にがたがたと鳴る。

「それにしても」

 タオルで髪を拭きつつ、伊織は武道館の見える小窓を覗く。

「どういうんでしょうね。今日のこの騒ぎは」

「偶然にしちゃ出来過ぎだよなあ」

 胸ポケットから煙草の箱を取り出して、貴史は板間に座る。同じように座った紫は、「やっぱ拭きなよ」と、悟が寄越したタオルで濡れた金茶の長髪を拭いた。

 伊織に突き飛ばされた時転んで付いた泥は、激しい雨に殆ど流されている。

「いきなり全教室スプリンクラーの誤作動って、フツーならねえだろ?」

 貴史が銜え煙草で言う。

「そうですよね……。それに、その前にトイレの洗面所の水が断水っていうのも」

「何?」

 紫は、隣に腰を下ろした伊織を見た。

「何処の話だそりゃ」

「二階ですよ。ほぼ一時間目から出なかったそうです」

「俺がみっけたの」貴史がぽかりと紫煙を吐き出す。

「それと、第一化学室の水漏れ」

「あっ、そうっ、それそれっ! 俺ん教室なんかホームルームの時間から水漏れでさっ、仕方無いから第二化学室で二時間も授業やって……。そしたら第二も水漏れになっちゃって。三時間目体育だからって、早めに体育館へ行っちゃったんだ」

 悟が勢い込む。

 紫は、住職の父譲りの整った貌を難しい表情に歪め、腕を組んだ。それを横目で見ながら、貴史がまた紫煙を上へと昇らせた。

「……水漏れに断水。それとお化け、か?」

「お化けって何です? 貴史」

「あー……」

 しまった、という表情で貴史は胸のあせもを掻いた。

「何か見たんですか?」

「んー。あ、いや……」

「生徒の霊、か?」

「紫?」伊織が訝しむ顔で口を開き掛ける。

「それは……」

「見たのっ!?」

 だが、悟のぎょっとした表情が伊織の口を閉じた。

「ああ。始業前、おまえと廊下で会う前に」

「どんな奴?」

 基本的に自分には実害が無いと思っている貴史が、興味津々に尋ねる。その言葉に被って、悟がぎゃあ、と悲鳴を上げた。

「いいっ、いいっ!! 言わないでっ!!」

「何おまえ、怖えの?」いひひ、と、貴史が人の悪い笑い方をする。

 呆れながら紫が言った。

「こいつはチビの時から霊現象が苦手だ」

「へえ、寺で育ってんのに?」

「寺関係ないだろーっ。怖いもんは怖いっ!!」

「お化けが出ると、尻尾巻いて隅っこに逃げ込むんだ? マメ犬は」

「だーっ。イヌじゃないってのっ! おまえの方こそオクリオオカミだろーがっ!」

「しっつれいなっ。あのな、俺はだなあ……」

「で、巫女姫様は、この状況は何と?」

 延々と繰り広げられている騒ぎを無視して、伊織が紫に尋ねる。こちらもバカは放っといて、紫が答えた。

「死霊のせいだと。しかも余程この世に恨みを残しているらしいと……」

 そこまで話し、紫は気が付いた。

 この状況。

 紫の能力を知っている者だけが集まっている状況は、多分また巫女姫の誘導だ。

 守護霊は——特に巫女姫のような、霊能力者を守護し、世に彷徨う死霊や、巷を騒がす魔性のもの、魑魅魍魎などを浄化する使命を持った上位霊は——往々にして、利用できると判断した人間を、それと気付かせずに己の周囲に引き寄せる。

 勿論、集められた本人達も、近しい使命を負わされている場合が殆どだが。

 恐らく、伊織に貴史、悟も、紫と巫女姫に出会い、紫の能力を行使しなければならない事態に巻き込まれた時点で、霊的な事柄を解決しなければならない、という使命を負わされているのは、明白にはなっている。

 結局、彼等は、言わば『仕事仲間』なのだ。

 ——なのは解るが、どうしてこのメンバーなんだ。

 渋い表情で言葉を切った紫に、伊織は彼の言外の言葉を感じ取る。

 苦笑いをひとつ零すと、学年一の秀才は言った。

「仕方無いですよ。僕ら集められるべくして集まった仲間ですから」

「お? 何の話だよ」

 悟をからかうのに飽きた貴史が、伊織の言葉を聞き付け話に入って来た。

「この状況を、僕らで何とかしなきゃならないって話です」

 そうですよね、と念を押す秀才に、紫は、抵抗しても仕方無い、と、渋々頷いた。

「先程校庭でお伺いした時の巫女姫様のお話も、そのことでしょう?」

「……ああ」

「え、そのって……。水漏れとか、めっちゃめちゃな雷とか? それを俺らで止めるの?」

 悟は、焦げ茶の大きな目を見開く。

「出来んの、そんな事?」

「やるしかないでしょうね。だって僕らは、そのために巫女姫様に集められてしまったんですから」

 伊織の視線が紫の背後に注がれる。貴史が、何とも言えない表情でその視線に続いた。

「紫の、あの、守護霊ちゃん?」

 以前、巫女姫に完全憑依をされ女体化した紫を見た事のある貴史は、にやあ、と気色悪い笑みを浮かべた。

「あれ、また見られんの? あのすっげえ美人の……」

「言うなっ!!」

 女になるのなど二度と御免な紫は、嬉しそうな貴史の顔面に一発拳を叩き込む。

「いってーなっ! この暴力坊主っ!!」

「うるせえっ、坊主は俺じゃねえっ。親父だっ」

「あー、だからですねえ」

 脱線を戻そうと、伊織が割って入った。

「とにかく対策を。紫、その死霊って方、どんなご様子だったんですか?」

 霊にご様子もないだろうと貴史が突っ込む前に、紫が口を開く。

「ワイシャツ姿で青葉のタイを締めていた。生徒だろう。古い霊じゃない、最近の死者だ」

「って言う事は、ここ最近で亡くなった方を探せば?」

「それと、欠席の生徒だな。……死が、まだ確認されていない可能性もある」

「なら、一人居ますよ」伊織が真面目な表情で言った。

「僕の組に今井君という人が居ます。今日は連絡無しで休みです。……彼には、いじめに遭っているという噂もあります」

 ——それじゃな。

 巫女姫が紫に言った。伊織も顔を上げる。

「ではやはり、いじめを苦にしての自殺、と?」

 ——死んだ訳までは解らぬ。ただ、その者である事は解る。

 音にするとやや掠れた低い女声が答える。

「そう、ですか……」

「おい、今井って、もしかして前におまえと揉めたアレ?」

 声は聞こえないが以前もこういった状況に出くわし、伊織が誰と話しているのかは解っている貴史が訊く。

 が、伊織が答えようとした刹那、どーんという耳を聾する大音響がした。

紫、巫女姫様に身体乗っ取られると、女体化します・・・(汗)

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