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K-4  作者: 林来栖
第一話 ミズ
6/28

6.暗雲と前途多難

 紫達三年が外へ出た時、校庭には二年と一年の全クラスが既に出ていた。

 校舎の中も人いきれで蒸し暑かったが、真夏日の校庭は強い陽射しに晒され更に暑い。

「ちっ……、何だってこんな時期に……」

 肌が白く、日焼けすると赤くなる質の紫は、途端に吹き出た汗をワイシャツの袖て拭い愚痴を零す。

 入り口で止まるなという、教師の怒鳴り声が背後から聞こえる。紫の入った列は仕方なく校庭の中程まで移動する。

 校門の前の坂の下の方から、サイレンの音が上がって来た。

「消防車か?」

 級友の一人が言った。

「スプリンクラーが故障したんで、誰かが連絡したんだろ」

 暑さでうだっている生徒達が注目する中、小型の消防車は校門の前にゆっくりと停まる。その後ろから、学校のセキュリティーを請け負っている警備会社の車が来た。

 教師達が門を開けるために近付いた。

 その時、紫の脳裏で巫女姫の声が響いた。

 ——無理じゃ。

 何の事だ、と心中で問い返す。答えはすぐに眼前に提示された。

 門扉は全く動かなかった。下に滑車のついた鉄の門は、普段は女性一人の力でも楽に動かせる。

 それが、男が数人で押してもまるで地面にくっついてしまったかのように微動だにしない。焦る教師達の様子に、車から降りた消防団員と警備会社の人間も加わり、門扉を押す。

 だが、全く動かない。

「どうなってるんだっ!?」

「全然動かないぞっ!!」

 それまで遠巻きに見ていた生徒達も、異常事態に慌てて手伝いに走る。ざっと五、六十人で押すが、鉄の塊はやはり全く動かない。

「駄目だな」

「他に入り口は?」

 ここは無理と踏んだ消防団員が訊く。

「体育館の裏手に通用門がありますが……」

「じゃあそこから、人間だけでも——」

 教師達が話している間に、生徒達がもう一度開けてみようと門扉に触れる。呼応した警備会社の社員も反対側に手を触れる。

 ——不味いっ。怒気が動くっ!

 再び巫女姫が警告を発する。聴くや否や、紫は叫んだ。

「そこから離れろっ!!」

 その刹那。格子の鉄門全体が青い火花に包まれた。

 ばあん、という爆発音が鳴り、触れていた人間全てが弾き飛ばされる。

 その光景に、皆が一瞬凍り付く。

 そこへ、大音響の雷鳴が轟いた。

「うわっ!?」

「ぎゃあっ!!」

 悲鳴を上げ教師も生徒も一様にその場にしゃがみ込む。

 ちょっとやそっとでは動じない紫だが、自然現象への本能的な恐怖は如何ともし難い。雷鳴と同時に首を竦めた。

 連続三回鳴った轟音が止み、皆が恐る恐る頭上を見上げる。何時の間にか灼熱の太陽は姿を消し、上空は一面黒雲に覆われていた。

 無気味に垂れ込めた黒雲の間には、時折、幾筋もの稲妻の煌めきが走る。

「ここに居たんじゃ危険だ」

 教師の一人が言った。

「安全な場所に退避しようっ」

 その声に、弾かれたように生徒達が動き出す。途端、再び轟音が空を埋める。

「うわああっ!!」

 生徒の一人が恐怖の限界に来たのか、狂ったように走り出した。

 それに釣られ、他の生徒も走り出す。まるで蜘蛛の子を散らすような有り様で、全員がてんでな方向へと逃げる。

 水浸しの校舎へ戻る者。反対側の寮へ走って行く者。しかし大半の生徒が体育館へと向かった。

 皆の動きを見ていた紫は、さて何処へ行こうかと思案する。

 不意にまた巫女姫が言う。

 ——動かねばならぬな。

 言われなくても解っている。この状況は自然なものではない。間違いなく人為的なもの、しかも、心霊的なものだ。

 呪で造り出されたものか、はたまた念か。

 だとすれば、このままでは治まらない。

 紫と巫女姫の霊力で何とかしなければならないだろう。

 それをするためには、その他大勢とは別行動を取れる場所へ、一時隠れる必要がある。

「厄介な事になりやがった……」

 紫は黒い天空を睨んだ。稲妻が、あたかも獲物を狙う猛獣のように雲中で身をくねらせている。

 その中に一瞬、人の姿が見えた。雲の切れ間からちらつく稲妻の上にはっきりと浮かんだ、白いシャツの少年。

「……あいつか?」

 ——左様。先刻遭っておろうが。

 余裕の巫女姫の声に、紫は舌打ちする。

「そうならそうと、もっと早く言えっ」

 途端、頭上に稲光がきらめく。間髪入れずに雷鳴が轟き、鋭い稲妻の柱が地上へと走る。

「危ないっ!!」

 声がしたと同時に、紫は地面に投げ出された。

「つっ!!」

「紫っ!」

 彼を思い切り突き飛ばした人物は、雷をやり過ごすとすぐに倒れた身体を引き起こしてくれた。

「大丈夫ですか?」

「伊織」

「じゃ、ないですよっ。どうしてこんなとこでぼんやりしてたんですかっ!?」

「ああ……、ちょっと巫女姫がな」

「巫女姫様が?」

 伊織は、紫に憑いている守護霊の存在を知っている。

 ばかりか、紫と守護霊の会話が聞こえていて、時には会話に入っ来る事もあった。

 現実主義者の伊織が、目の当たりにしたから、という理由だけで、すんなり『霊』という存在を受け入れているとは、紫も思っていない。

 現に、伊織は呪術に関しては「非現実的」と言い、否定的だ。

「巫女姫様が何かおっしゃっているという事は……、霊がらみですね?」

「ああ」紫は頷いた。

「それはどういう……」

 言い掛ける伊織の頭上で、再び激しい雷鳴がする。

「ああもう、その事は後ですねっ。とにかくこちらへっ」

 伊織は己の探求癖をぐっと隅へ押しやると、紫の腕を取って歩き出した。

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