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K-4  作者: 林来栖
第一話 ミズ
16/28

16.模型と懐中電灯

 紫はしゃがんで調べ始める。先刻伊織が言った通り、模型にはホームルーム棟と管理棟、特別棟はあるものの、それ以外の建物は無い。

 何かが引っ掛かる。

 水槽の縁に手を掛け、反対側に動かし見てみようとした時。

 ——底じゃ。

 紫は巫女姫に頷くと、模型を取り出そうと水槽の上へ手を翳した。刹那。細く青い電撃が紫の手を襲う。

「つうっ!」

 弾かれた手を軽く振る紫に、巫女姫が苦笑する。

 ——どうやら、吾の霊力が気に食わぬようじゃ。

「紫、大丈夫?」悟が従兄を心配そうに見る。

「貴史、こいつを引っ繰り返せ」

「へ?」紫の正面で成り行きを見ていた男は、いきなり振られて素っ頓狂な声を出す。

 構わずに紫は続ける。

「底に何かある。恐らく呪符だと思うが」

「……へいへい」

 言われた通り、貴史と伊織は水槽を引っ繰り返した。

 幾枚も貼り合わせた模型の土台の発泡スチロールが、無機質な白い断面を硝子越しに見せている。

「……なんにもねえぜ?」

 貴史が言う。伊織は眼鏡のブリッジを左手の人さし指で押し上げながら、水槽の底を見下ろす。

「土台の中、ですかね」

「の、ようだな。なら、水槽ごとこいつを壊す」

「えっ、これ壊しちゃうのっ!?」

 悟が叫ぶ。

「こいつは見立てだ。壊さない限り術は破れねえ」

「でも……、何だか勿体無い」

 模型をしげしげと眺める悟に、伊織が柔らかく言った。

「仕方無いですよ。このままじゃあ学校がずっと水浸し、らしいです」

「けど、どーやって壊すよ?」

 しゃがんだ貴史が、眉を顰める。

「懐中電灯を寄越せ」

 言われるままに、悟が紫に懐中電灯を渡す。

 紫は無造作に電池の入っている柄の部分で硝子を叩いた。

 が。

「……割れねーじゃん」

「やっぱり力足りないんじゃないんですか?」

「紫こーゆーのヘタだし」

「るっせっ!」

 三人の非難の目に赤くなりながら、紫はもう一度懐中電灯を振り上げる。

 その時。

「あっ、あいつっ!!」

「今井君っ!?」

 伊織と悟が同時に特別棟の方向を見た。

 貴史と紫もそちらを向く。

 渡り廊下の入り口、特別棟からの出口に、今井雅司は立っていた。

 中肉中背、髪もごく平凡な短髪でやや前髪が長い髪型、青葉の制服であるダークブルーのネクタイを白のワイシャツの襟元に締めた、本当に目立たない少年。

 青白い貌でじっとこちらを見る少年の、水に浸かっているいる筈のダークブルーのズボンの足下は、しかし透けて消滅していた。

「げっ……、お約束通りの幽霊っ……」悟がたじろぐ。

「霊体になっても優等生ですね」

「おいおい〜、俺に丸見えの幽霊って初めて。ってか?」

「さっきも見たって言ったじゃないですか?」

「だっけ?」

「……ちっ」

 舌打ちすると、紫は懐中電灯を持ったまま今井雅司に向き直った。

「てめえの企みは、悪いが粉砕する。大人しく消えろ」

 宣言すると、彼は再び水槽を割るべく腕を振り上げた。

 が、その腕は空中で止まった。

 見えない強力で腕をねじ上げられた紫の脳裏で、巫女姫の緊迫した声が響いた。

 ——いかんっ!!

 死霊の念が、紫の気を搦め取り支配しようとしている。

 このままでは殺され兼ねないと判断した巫女姫は、無理矢理紫の身体に入り込む。

「ぐっ……!!」

 腕を拘束されたまま憑依の時の胸苦しさを覚えた紫は、巫女姫に悪態をつこうと口を開き掛けた。が、言葉が声になる前に、己の意識は隅に追いやられてしまった。

 苦しさに、紫の金茶の瞳が大きく見開かれ、そして閉じられる。次に開かれた両眼は、巫女姫の黒曜石の瞳に変わっていた。髪の色も、霊力によって金茶から漆黒へと変化する。

 紫の肉体は、一時的に乗っ取った巫女姫の生前の姿に変わる。少し背の小さくなった細身の身体の、ワイシャツの胸元を押し上げる丸い膨らみを認めて、貴史が思わず相貌を崩した。

「うっひょっ。守護霊ちゃんたら、何時見てもナイスバディ」

「そんな事言うと、後で紫に思いっ切り殴られますよ?」

 二人の戯れ言を横目に、巫女姫は今井に搦め取られていた腕をゆっくりと下ろす。

『生憎じゃが、吾にはそちの念は効かぬ』

 巫女姫は手の中の懐中電灯を確認すると、もう一度振り上げる。

 ばちっという青い火花が上がり、懐中電灯に稲妻が絡み付く。

 巫女姫の霊体には痛みは無いが、紫の肉体は激痛を感じる。女の丸みが加わり一層美しくなった貌を歪め、巫女姫が懐中電灯を取り落とす。

『……それでも、抵抗するというか……』

 巫女姫は右手を押さえ、今井を睨み付ける。

『為ん方なし。されば相手になろうぞっ』

 巫女姫が背を伸ばす。と同時に彼女の身体から白い光が溢れ出す。光は急速に収斂され、ひとつの束となって巫女姫の腕に集まる。

 姫が、右腕を前へ振る。集まっていた光が真っ直ぐに今井の胸元へと飛ぶ。

 死霊は避ける事も出来ず、巫女姫の霊気をまともに受ける。

 守護霊であり神霊に近い巫女姫の霊気を浴びれば、通常の霊ならばたちまちに霧散する。

 しかし、少年の怨念は消えなかった。じりじりと後退しながらもその場に踏み止まっている。

『しぶといのっ』

 押している筈の巫女姫が、苦し気な声音で言った。

『……この間に、呪物を破壊しやっ』

 死霊と守護霊の争いを呆然と見ていた三人は、巫女姫の言葉に我に還る。

「っしゃっ!」貴史が水槽に組み付く。

 ばちん、と火花が彼の手を弾こうとする。がそれを堪え、貴史は水槽の底に掌を押し付けた。

「どーすりゃいいっ!?」

『割れよ、と念じよっ』

 頷くと、貴史は目を閉じ頭の中で「割れろ」と繰り返す。伊織し悟も彼に倣い、火花を堪えて水槽に掌を押し付けた。

 三人の念が掛かる。死霊が、初めて慌てた様子でこちらへ腕を伸ばす。させじと巫女姫の霊気が強まる。

『ジャマヲ、スルナッ!!』

 今井が、絡まる巫女姫の霊気を振り払おうと腕を振る。呼応するかのように、貴史の掌の下の硝子面にひびか入る。

 びしり、という鈍い音。その音を聞いた貴史は、伊織と悟に手を退けさせる。そして己の掌を一度浮かせ、大きく息を吸い込むと気合いと共に割れた面を叩いた。

「うおりゃあああっ!!」

 裂帛の気合いは、念じて出来たひびの部分から完全に水槽を粉砕した。

 中の発泡スチロールまでかち割って、貴史の手は止まる。

「やったっ!」

 悟が叫び、拳を前へ突き出した。

『まだじゃっ。完全に壊しゃっ!』

 巫女姫の指示に、三人は慌てて死霊を振り返る。焦る今井の形相は、赤く光る両目を釣り上げ、耳まで裂け、のこぎりの刃を思わせる歯列の口を大きく開け、まさに『鬼』と化していた。

 思わず息を飲みつつ、それでも意気を奮い起こした貴史は、手を引き抜くと、もう一度粉砕しようと腕を上げる。その手を、伊織が止めた。

「んだよ?」

「今度は僕がやりましょう。……要するに念でブロックされているものは、念じてでしか割れないって事ですよね? で、より強い念を込めれば叩かなくとも粉砕出来る」

 伊織は、貴史が割った部分のすぐ脇に手を乗せた。先程の貴史と同じく大きく息を吸うと、一挙に硝子を押した。

「はっ!!」

 刹那、先に割れた部分のひびが更に広がり、次の瞬間、がしゃっ、という音を残して水槽が崩れた。

 見立てが壊れたと同時に、今井の死霊が掻き消える。

 死霊の念を押さえていた巫女姫は、ふうっ、と息を吐き出すと、唐突に紫の身体から抜けた。

 巫女姫の支配が去り、紫ががくりと膝を着く。

「紫っ」悟が彼の側へ寄る。倒れそうな従兄の身体を抱き留めた。

「大丈夫っ!?」

 伊織と貴史も彼の顔を覗いた。

 憑依されると己の気も相当消耗する。疲労困憊した表情で、紫は三人の顔を見上げた。

「……ったく、あの女。疲れる事させやがって」

 口の中でぼやく。そして紫はゆっくり意識を手放した。

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