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K-4  作者: 林来栖
第一話 ミズ
15/28

15.水槽と丸い光.cwk

 それは、ごく普通の水槽に入っていた。

 長い方が四十から五十センチ程。その中に、青葉学園の校舎が綺麗に治まっていた。地形もそのままの学校は、上から悟が照らす丸い光にぼんやりと浮き上がって見える。

 服を着ているため、ともすれば浮いてしまう身体を巧みに沈めて、貴史は水槽を持ち上げてみた。

 が、水圧なのか中身が重いのか、中々持ち上がらない。

 ——参ったなー、どーすりゃいいのよ?

 困りながら、彼は中身に触れてみた。途端、びりっ、と軽い電流が指先を襲う。

 思わず手を引っ込める。が、また霊の仕業だと思い至り、貴史は頭に来て水槽を片手で強引に持ち上げる。

 ——あれ?

 今度は軽く持ち上がった。これ幸いと、貴史はそのまま水槽を上へと引き上げた。


 ******


 中々顔を上げない貴史に、伊織は白くなる程拳を握り締めて水面を凝視していた。

 天井からの水は、未だに止まらない。首まで水に浸かってじっと水面を照らしている悟の手が、時折ふっと下がり光の輪が小さくなる。

「……大丈夫でしょうか?」

 何時に無く弱々しく呟いた秀才に、紫は「さあな」と素っ気無く返した。

 それでも、心配を隠さない伊織の様子に、多少哀れを感じて従弟に訊いてやる。

「悟、何か見えるか?」

「泡なら……。あと水ん中で動いてんのは判るけど。何たって暗いし」

「ふん…」

 紫は腕を組んだまま、伊織と同じくじっと光の輪を見詰める。

 確かに、水深が無いにしては長身の貴史の姿が完全に没して見えないのが不思議だ。

 自分達は、霊の念による不可思議な現象の中に居る。呪物を隠すために見える深さを変化させているのかもしれない。しかしそれなら、慌てなければ溺れる可能性は低い。

 紫の考えに、巫女姫も賛同した。

 ——大した深さではない。否でもそのうち浮上して来やる。

「……溺れる程頑張るバカじゃああるまい」

「……そのバカの可能性もあるから、心配してるんですけどね……」

 伊織は清楚な美貌を、呟きと共に更に曇らせた。

 その時。

「あ、上がって来た」

 悟が、自分のすぐ側の水面に無数の泡が上がるのを見て一歩下がった。程なく、その場所に貴史が浮上した。

「ぷはーっ!!」

 大きく息を吸い込んだ貴史は、身を屈め何やら重そうに両手で抱えている。

「何だよこれ?」悟が彼の腕の中を水面から透かして見る。

「おいっ、ちょっと手伝えっ」

 呼ばれて、伊織は躊躇無く中へ入った。二人のところへ行くと、悟同様水中の貴史の腕の中へ目を落とす。

 懐中電灯の明かりにぼんやりと映るそれに、目を丸くした。

「水槽、ですか?」

「いいから、そっち半分持って。これ重てーんだ結構」

「あ、はい」

 伊織は水槽の下の部分に手を添える。手をずらして反対側を支えた貴史が入り口に向かって行こうとするのを、伊織は止めた。

「貴史、一度出る前に中の水を出さないと」

「あ、そか」

 今気が付いたという顔の相手に苦笑しつつ、伊織は水槽を彼と共に傾ける。入っていた水が全て出ると、先程よりかなり軽くなった。

「あ、これなら一人で持てるわ」

「バカかてめえはっ」

 入り口でやり取りを見ていた紫が、率直な感想を述べる。

 途端、元気なバカは言い返して来た。

「るせえなっ。やってないてめーがつべこべ言うなっ」

 紫は鼻を鳴らす。貴史と伊織が水槽を持って準備室の外へと出た。

 その途端。室内の蛍光灯が点いた。

「なん……っ!?」

 驚いた悟が、思わず懐中電灯を取り落とす。ぽしゃん、と飛沫を上げて落ちた懐中電灯の丸い光が、水中でゆらゆらと頼りなく揺らめく。

 その輪の中に、見た事も無い少年の顔が浮かび上がる。

 陰気な笑みを貼付けた、青白い歪んだ顔。

「……え?」

 よく見ようと悟が水面に顔を近付けたのと同時に、巫女姫が警告を発した。

 ——いかんっ。すぐに出よっ!

「悟っ!!」

 紫が従弟を呼ぶのと、死霊が少年の足首を引っ張るのが重なる。

「うわっ!?」

 最も近くに居た貴史は、咄嗟に水槽を放し悟の手首を掴む。引き摺られようとしていた

小柄な身体を強引に引っ張りつつ、水中の死霊目掛けて渾身の蹴りを放った。

「うらあっ!! 悟放しやがれっ!!」

 水の中では抵抗が大き過ぎ、素早い蹴りも威力は鈍る。しかし怒りの気合いは効いたらしく、その一撃で悟の足は解放された。

 貴史はそのまま少年を抱えて入り口を飛び出る。水槽を一人で任されてしまった伊織は、一足早く準備室を出て、彼の進路を開けた。

 彼等が全員出ると、いきなり引き戸が閉まった。

「うっわっ。何なんだよっ!?」

 束ねた髪を戸に挟まれそうになり、貴史は青くなりながら悪態をついた。

「ったく。最後まで無茶苦茶なヤローだぜっ」

「けど、何はともあれご無事で何よりです」

 貴史はにやりと笑うと、抱えていた悟を廊下へ放り出した。

「いってーなっ」

「ところでこれ、一人だとちょっと重たいんですけど?」

「あっ、わりっ」

 貴史が慌てて手を添え、再び二人で持ち上げる。漸く落ち着いて中を見た伊織が「へえ」と感嘆の声を漏らした。

「これ……、ほんとに学校ですねえ」

 紫も中を確かめ目を細めた。

「精緻だな」

「わーすげーっ。マジで青葉だ」起き上がった悟も不思議そうに中を覗いた。

「見事なもんですねえ。随分細かいとこまできちんと作ってあります」

「ほんと。校舎なんか窓いっこいっこ、ちゃんと出来てる」

「確かになあ。……あれ?」貴史が首を傾げた。

「これ、細けえけどなんか足りなくねえ?」

「そおですねえ。——あ、体育館がありませんね。それと食堂、武道館と弓道場も無いです」

「って事は、校舎だけ?」

 悟が、焦げ茶の瞳で伊織の黒縁眼鏡を見返す。

 うーんと唸って伊織が考え込む。

「これは、どういう意味なんでしょうかね?」

「ま、検分は後でやろうぜ。……おい紫、これもう下に下ろすけどいいか? いい加減重てえって」

 紫は顎で渡り廊下の方を示した。

「あそこまで持って行け。ここじゃまた水が入る」

「ったーっ!! 人使いの荒いボーズだぜっ。俺がこいつを引き上げたんじゃかっ、後はてめーで持てよっ!!」

「俺はその後にやる事がある。貴様は肉体労働くらいしか役に立たんだろうが」

 あからさまに侮蔑の目で見る紫に、貴史が唸った。

「てめえなあ……」

「まあまあ。紫も本当の事を言うと角が立ちますよ。貴史も、年寄りに無体な注文をしちゃいけません、体力無いんですから」

 にっこり笑って一番酷い事をさらりと言って退けた伊織に、二人は「これでいいのか?」と疑問に思う。が、無敵の秀才に突っ込むのは無謀と、黙っていた。

「じゃ貴史、持ちついでって事で運んじゃいましょう。僕ももう手が痛くなって来ました」

「お?、ああ」

 紫の指示で四人はホームルームとの渡り廊下の中程まで来た。その辺りの水嵩は、模型を出した事が功を奏したのか、来た時よりも大分減っていた。

「早晩雨も上がる。他の連中が戻って来る前に決着をつける」

 貴史と伊織は、水槽を静かに下ろした。

ある意味、伊織が一番ドSだったりw

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