1.死霊と強力霊能者の生徒会長
オカルト&BL要素も多少ありつつ、のホラーです。
そんなに気持ち悪いものは出て来ませんが、首吊り死体やら落武者の霊やらは出て参りますので、そういった描写のお嫌な方は、お気をつけ下さい。
六月もまだ半ばの梅雨時だというのに、やけに暑い朝だった。
「あっちぃ〜〜っ! 何なんだよ、昨日までじゃんじゃん雨降ってたのによ〜〜っ!」
青葉学園男子高等部かわず寮の二階。
あせもの痒さに耐え切れず起き上がった篠原貴史は、男らしい美貌を不機嫌に歪め、ワイシャツの襟から覗く逞しい胸をがりがりと掻きむしった。
登校の支度をしていたルームメイトの高柳伊織が、トレードマークの黒縁眼鏡を直しつつ、普段と変わらぬ涼しげな笑顔を清楚な美貌に貼り付けると、二段ベッドの下から這い出て来た長身を振り返った。
「ありゃ。あせも出来ちゃいました?」
「ああ。かっいい〜〜っ」
「昨日の雨のせいでしょうね。蒸し暑いのは」
「こおんな日にベンキョなんて、する気ねえ……」
自分の学習机から椅子だけ部屋の中央へ引っ張り出し、貴史は前後を逆に跨いで座る。
百八十四センチの大柄で筋肉質の体躯を支えた木製の椅子が、ぎい、と軽い悲鳴を上げた。
「そんなこと言ってられないでしょう。もう出席日数マズいんじゃないですか?」
「んー……。おまえがちゅうしてくれたら、登校する」
腕時計を嵌めていた伊織の腰を、貴史の長い腕が抱き寄せる。
「ちょっ……」
バランスを崩した伊織は、貴史の肩に手をつき転倒を免れる。椅子に座ったまま伊織の腰を抱き締めた男は、上を向いて唇を突き出した。
「ちゅーしよーぜっ」
「寝ぼけないで下さい。僕は女性じゃありません」
半笑いの伊織の白い手が、貴史の額をぴしゃりと叩く。
「ってっ」
男の腕が腰から離れる。
邪魔されていた作業を再開した伊織は、洗い立てのワイシャツにスクールカラーのブルーグレイのネクタイをきっちりと締め、自分の机の上の時計を見る。
「あ、もう僕行きますけど、遅刻でもいいですから出ないとほんとマズいですよ」
じゃ、と鞄を抱えて出て行く伊織に、貴史は「おー」と片手を挙げた。
「……ぜんっぜん、ツレねえの」
同室になって半年。どちらかと言えば女好きだが本来両刀の貴史は、出会った途端に伊織の事が気に入った。
眉目秀麗、品行方正。ナンパ好き劣等生の貴史とは全く真逆の伊織である。靡いてくれ
ないのは分かっている。が、0.1%の可能性に掛けて、出会い以来、折りに触れアピールしているのだが、毛程も気付いて貰えない。
ずるずると、貴史は椅子に座ったまま窓際へ近付く。
「ちっくしょー、水浴びしてえ。いっそ洪水にでもなねえかな。そしたらガッコ休校だしよ……」
言ちて、貴史は肩を滑って落ちる素直な長髪を掻き揚げ、愛用の黒ゴムでひとつに括る。
半分開いていた窓からは、燦々とした初夏の陽射しが入っていた。
* * * * * *
登校早々職員室へ行かされた一条紫は、管理棟からホームルーム棟へと向かう渡り廊下を歩いていた。
彼等の通う青葉学園は、明治中期に開校した私学の伝統名門校である。紫の在籍する男子高等部の他に、女子高等部と中等部がある。男子と女子の高等部は、東京近郊の市の丘陵に隣接して建てられていた。
開校以来改築されていない学び舎は歴史的建造物と言って過言ではない古さだが、材と工法が良いのか暴れ盛りの男共が何十年も駆けずり回っているにも関わらず、未だに歪みひとつ無い。
今紫が歩いている渡り廊下も、上部にアーチ形の天窓の付いた至極優雅な造りだった。
遺伝的に全くの日本人だが、染めた訳ではない金茶色の髪に、どう見ても西洋人に見える中高な優美な美貌に不機嫌の仏頂面をくっ付けた紫は、榛色の大きなアーモンド形の目を細めて小さく舌打ちする。
「……ったく、どーして俺が欠勤の担任の代わりに出欠を取らなきゃなんねえんだっ」
昇降口に入るなり、待ち構えていた教頭に捕まった。
「待ってたよ、生徒会長。君のクラスの伊藤先生が今日は欠勤でねえ。代わりに出欠を取っておいてくれ」
出欠簿は担任の机の上だという。ついでに一時間目の自習のプリントも持って行けと、職員室に連行された。
紫は素行が悪い。酒飲む、タバコ吸う、賭けはする。が、恐喝のような、他人に迷惑を掛ける行為はしていない。
退学もやむを得ない程の素行にも関わらず、成績は常にトップである。その上、人望もある。
教師には何とも頭の痛い存在だった。
この春三年に進級したのを切っ掛けに、教師陣は彼の素行を押さえ込みに出た。紫を生徒会長に推したのだ。
不良優等生も重責を負わされれば大人しくなる、という目論みである。
作戦は表面上成功している。真言宗派の寺の住職を父に持ち『他者に迷惑でないなら何をしてもよい』という家訓の元に育った紫は、全生徒満場一致で決められてしまった生徒会長の仕事を、嫌々ながらもこなしている。
しかし、教師の目の届かないところではきっちり不良に戻っていた。
幾つも連なるアールヌーボー様式の窓外に広がる快晴の空を見上げた紫は、開いている窓のひとつへ寄った。
ズボンのポケットから煙草を取り出すと、中から一本引き抜く。窓から両手を出し寄り掛かり、煙草を銜える。
——居るな。
不意に声がした。若い女の声は、紫のすぐ背後で聞こえる。
声の主は、紫の先祖の一人であり守護霊の巫女姫である。彼女は霊感の強い紫に直に話し掛ける。時と場合に寄っては、彼の身体に憑依し動く事もあった。
そのお陰で紫は髪が切れない。巫女姫は短髪が嫌いで、切っても翌日には彼女が霊力で元通りの長さに戻してしまう。
初めは抵抗したが、結局攻防戦に負けた紫が折れ、現在は背の中程の丈で収まっている。
巫女姫は一纏めにするのも嫌いなため、折り合いをつけ両サイドを取り頭の後ろで結んでいる。その、金茶の長髪を振り紫は背後を見た。
再び巫女姫が言う。
——外じゃ。
紫は目を窓の外へ戻す。と、管理棟とホームルーム棟の間にある小さな庭の小道を、少年が歩いていた。
白いワイシャツにブルーグレーのネクタイを締めている。青葉の生徒に間違いない。
痩せこけて目が据わった少年は、青白い顔をやや俯き加減にしてゆっくりとこちらへ向かって来る。
ひと目で霊と分かる。人によって見え方は違うだろうが、紫の場合、死霊と生き霊では伝わって来る波長が違う。眼前の少年は死霊だった。
しかも、波長は怒りを露に伝えて来る。
咄嗟に、紫は九字を切った。怒れる死霊に出くわしてとばっちりを喰うのは好ましくない。
僧侶である父が、同じ能力を授かってしまった息子の身を案じ幼い頃から訓練している術が、こういう時には役に立つ。
死霊は気配を消した紫に気付かず、渡り廊下の壁を抜け校庭の方向へと消えて行った。
「……朝から出るとはな」
——余程、想いを残しておるようじゃな。
巫女姫の声に紫は頷いた。
夜間に霊がよく現れるのは、他に余計な波長が無いからだ。
霊の波長はそう強くない。従って昼間は、電化製品や、生者が出す様々な波長——喜怒哀楽の感情など——に邪魔され、現れていても感度の鋭い人間でさえ見極めが難しい。
だが、夜は生者の出す波長が弱まるため、霊の出す波長が容易に感じ取れる。
しかしあの少年は、はっきりとした意志の波長を出していた。明るい時間であれだけの存在感というのは、怒りにしても尋常ではない。
「関わりあいたくはねえな」
言ちた時。
ホームルーム棟の方向から小柄な人影が走って来るのが見えた。紫は相手を確認し思わず舌打ちする。
「死霊より始末に悪いのが来た」
巫女姫が笑いながら気配を断つ。と同時に小柄な少年が紫を見付けて大声で叫んだ。
「ゆーかーりーっ!!」
顔を輝かせて走り寄って来た少年の赤茶の頭を、細い腕が抱き着いて来る寸前持っていた出欠簿で思い切り叩く。
「いってーなっ!!」
「大声で名前を呼ぶなって、何度言や分かるんだっ! このバカ犬っ!」
どこかの女流漫画家のような自分の名が好きではない紫は、白磁の頬を赤らめて怒鳴る。
「いーじゅんかっ!! 紫はゆかりだろーっ!!」
「悟、てめー……」
唸る紫に、泉悟は、ぶうっと丸い頬を膨らませた。
悟は今年青葉学園に入学した。
幼い頃両親を交通事故で亡くし、遠縁の紫の家へ引き取られ、それ以来、紫とは実の兄弟のように育てられた。
紫と同じく学園の寮に入った悟は、かわず寮の原則に従い上級生、つまり紫と同室になった。
「家じゃねえんだ。ちゃんと一条先輩って呼びやがれっ」
自分でも少々恥ずかしいと思いながら、しかし名を連呼されるよりはと指示する。
「一条……、先輩?」
耳慣れない単語に悟は目を丸くする。そして笑い出した。
「そっ、そんなんっ、今更呼べないーっ!」
「るっせーなっ。学校なんだからそれが本当だろうがっ」
「ってったって。貴史も伊織も呼んでねーじゃん」
超問題児のため、紫達の部屋の隣の二人部屋を宛てがわれている二年生の二人も、悟は紫同様呼び捨てである。
尤も、奴らの場合は自ら『先輩』という呼称は気色悪いから止せと言って来たのだが。
「そりゃ、あいつらがおかしいんだ」
しかめっ面で言った紫に、悟はますます笑い声を高くする。
「いつまでも笑ってんじゃねえっ。大体おまえ何でこんな時間にこんな場所でうろうろしてるんだっ?」
「あー、うん。教室入ったらさ、天井、水漏ってて。だから先生呼びに来たんだ」
「水漏れ?」
そ、と悟は頷く。
「で、紫は?」
尋ね返され、紫は黙って出欠簿を見せた。
「先生欠勤?」
生徒会長の彼が、時折教師の代行をさせられている事を悟は知っていた。
「急いでんだろ? とっとと行け」
無造作に管理棟の方を出欠簿で指す紫に、悟は「うん」と頷いた。
「じゃな!」
あだ名通りの『マメ芝』そっくりな元気さで、悟は渡り廊下を走って行く。その背を見
送り、紫はひとつ溜め息を落とした。
「水漏れ、な」
踵を返すと、彼もホームルーム棟へと歩き出した。
それぞれでっかい問題を抱えた四人組の、非日常的な普通の学園生活です。
いろいろ無茶な設定もありますが、勢いで(多分、勢いだけで)進んでいくので、ひとつよろしく、ご感想などお願いいたします。