第9話 群れごと、入りますか?
《蒼光蟲》の納品確認から3日後、堂島からメッセージが届いた。
『改めて依頼の詳細をお伝えしたいと思います。都合のよい時間を教えてください』
横浜に向かったのは週明けだった。朝倉と2人で、同じ受付を通った。
◇
堂島が資料を広げた。
モニターに映っているのは、小さな節足型の生物が密集して動く映像だった。
体長3センチほど。蠢き方が、波に似ていた。
「《群晶蟲》です。微細な結晶構造を体内に持つ甲殻類に近い種で、5年前から追っています。医薬品の結晶化プロセスへの応用可能性があって、研究価値が高い」
「《蒼光蟲》と似た話ですか」
「目的は近いですが、問題が違います」
堂島が画像を切り替えた。さっきより広角の映像になった。
群れの規模が見て取れる。
100体近い個体が密集して移動している。
「《群晶蟲》は単体では生存できません。一定数の群れを維持しないと活性が急激に落ちる。研究に必要な状態を保つには、最低15体以上を同時に収容する必要があります」
「15体以上。それが問題ですか」
「捕獲自体はできます」
堂島が一拍置いた。
「問題は、1体でも手を伸ばすと、残りが瞬時に散開することです。過去に5回試みましたが、最大でも3体しか確保できなかった。3体では活性が持たない」
「つまり、まとめて取らなければいけない」
「そうです。そして——」
堂島がこちらを見た。
「一括で生体を収納できますか」
◇
帰りの車で、朝倉がスマホを開いた。
「一括収納で対応できると思いますか」
「非生体の一括は何度もやってます。ただ、生体での一括は試したことがない」
「内部の表示が変わる可能性がある、ということ?」
「確かめないと分かりません。ただ——」
窓の外を見ながら、俺は続けた。
「理屈は同じだと思います。複数の対象に同時に意識を向ければ、一括の表示が出る。それが生体かどうかは関係ないはずで」
「やってみましょう」
朝倉が短く言った。
しばらく間があって、俺は別の話を出した。
「神崎の件、話を進めていいです」
朝倉がこちらを見た。
「今?」
「今回の案件、規模が上がってきてる。戦闘力が必要な場面が出てきた時に、選択肢はあった方がいい」
「条件は」
「朝倉さんに任せます。ただ、俺が何をするかの情報は最低限にしておいてほしい」
彼女が頷いた。スマホに何かを入力した。
「分かった」
◇
《群晶蟲》の生息が確認されているのは、長野県境に近い中型ダンジョン《銀水洞》だった。
天然の地下水脈に沿って形成された、冷気と湿気が強いダンジョンだ。
浅い層でも温度が低く、深部では息が白くなる。
今回は朝倉と前衛2人の、4人構成。静かに動けることを優先した。
6層の水場エリアで、それを見つけた。
岩の割れ目に沿って、密集した小さな光が流れていた。
1つ1つは微かだが、群れになると体内の結晶が共鳴するように点滅する。
動くたびに光の波ができた。
「います」
朝倉が声を落とした。
「何体くらい見えますか」
「……20体以上は確実に。もっといるかもしれない」
俺はゆっくり近づいた。急がない。散開させない。
群れの端まで2メートル。
意識を向ける。1体じゃなく、群れ全体に。
一括収納の要領で——複数に、同時に。
【収納しますか?】
【対象:群晶蟲 ×推定22体(群れとして検知)】
【状態:群れ単位で生存中】
【警告:生体対象です。収納中は生命活動を停止状態に保ちます。取り出し後、活動を再開します】
【一括収納で実行しますか?】
生体で、群れ単位の一括が出た。
了承する。
光が、まとめて消えた。
水場に静寂が戻った。岩の割れ目だけが残っている。
「……入りましたか」
「22体。群れごと」
朝倉が目を細めた。
「まとめて、一瞬で」
「群れとして検知されました。個別じゃなくて、塊として」
前衛の1人が低く言った。
「すごいな」という一言だった。
◇
地上に出て、内部表示を確認した。
【群晶蟲 ×22】
【収納時の状態:群れ単位で停止中(生存確認)】
【経過時間:0秒(内部停止)】
堂島に連絡した。
「22体収納しています。タンクの準備はできていますか」
「できています。いつでも」
座標を念じる。了承する。
【座標固定展開 群晶蟲 ×22 展開先:確認済み】
十数秒後、堂島から着信が来た。
「22体、全部います。活性——」
受話口の向こうで、複数の声がざわめいた。
「活性、維持されています。こんな状態の群れが手元に来たのは初めてです」
「必要数は足りますか」
「15体で十分な研究ができます。22体は——」
堂島が少し間を置いた。
「想定の倍近い数です」
◇
翌日、堂島から正式なメッセージが届いた。
「感謝します。それと、一件お伝えしたいことがあります」
再び横浜へ向かった。
「今回の件が、複数の研究機関の間で話題になっています」
「もう広まっているんですか」
「《蒼光蟲》の件から、関係機関と情報共有しています。問い合わせも来ています」
堂島が静かに続けた。
「倉橋さんのスキルは、搬出の話じゃないと感じています。研究対象が生きたまま届けられる、ということは——今まで研究の前提にあった『死んだ個体でしか調べられない』という制限を、根本から変える可能性がある」
俺はすぐには答えなかった。
「大げさに聞こえるかもしれませんが」
「いいえ」
「そういう話だと、俺も思っています」
堂島が少し表情を変えた。
驚きというより、確認するような顔だった。
「それと——問い合わせてきた機関の1つが、研究機関ではありませんでした。医療系の企業で、実用化を視野に入れた話がしたいと言っています」
医療系。実用化。
俺は窓の外を見た。横浜の空が広かった。
「話を聞く機会を作ってもらえますか」
「すでに打診しています」
堂島が淡々と答えた。
「倉橋さんが聞く気があるなら、来週にでも」
◇
帰りの車の中で、朝倉が言った。
「医療系企業、警戒してますか」
「少しは」
「それでも話を聞く、と」
「断る理由もないので」
朝倉が前を向いたまま、しばらく黙っていた。
「倉橋くん」
「はい」
「半年前の自分に、今の仕事を説明できますか」
俺は少し考えた。
「できないです」
「私もです」
彼女の声に、珍しく感情が乗っていた。笑いとも溜め息ともつかない、静かなトーンで。
「でも——あなたのスキルが変わったわけじゃない。見えてくる使い方が増えただけです」
俺は答えなかった。
でも、その言葉は少し重く、頭に残った。
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