第8話 生きたまま持ち帰ることが、一番難しい
翌朝、神崎から連絡が来た。
「昨日の件、うちのチームから報告を受けました。……お見事でした」
電話越しの声に、いつもの営業トーンがなかった。
「競合として動くより、協力関係を探った方がお互いに得だと思っています。改めて、話せる時間をいただけませんか」
「朝倉さんに話してからにします」
「もちろんです。お待ちしています」
電話を切って、俺はコーヒーを一口飲んだ。
昨日まで「全部取られた」という話だったはずが、今日には「協力関係」になっている。
現金なものだ。でも、それが業界の動き方だとも分かってきた。
力を見せれば、態度が変わる。
それだけのことだ。
◇
午後、朝倉に連れられて横浜へ向かった。
目的地は《ラボ・アルカイブ》。
ダンジョン生態研究を専門とする民間研究機関で、ビルの地下フロアに収容設備を持っている。
受付を通ると、白衣の男が待っていた。
30代後半。眼鏡。動きに無駄がない。
「お待ちしていました。堂島と申します」
握手の手が、思ったより力強かった。
「昨日の《アビスゲート》の件は速報で確認しました。40トン超の水没素材を単独回収。正直、信じられなかった」
「信じてもらえましたか」
「今は信じています。だから依頼があります」
堂島が先を歩きながら話す。
「うちが10年以上追っている生体がいます。国内では3か所のダンジョンで生息が記録されている。ただ、一度も生きた状態で確保できていない」
「捕獲が難しい種ですか」
「捕獲はできます。問題は搬出です」
立ち止まって、堂島が振り返った。
「《蒼光蟲》という種をご存知ですか」
「名前は聞いたことがある程度です」
「甲殻類に近い節足型魔物です。体長は大きいもので80センチ前後。特殊な生体発光を持っていて、医療・光学素材として極めて高い研究価値がある」
案内された部屋に入ると、大きなガラス張りのタンクが並んでいた。
水が満たされ、照明が入っている。今は空だ。
「問題は、《蒼光蟲》が地上環境に出た瞬間に発光能力を失うことです。大気圧の変化と乾燥が原因とされていますが、特定の湿度・気圧を維持した専用コンテナでも、搬出中に活性が落ちる。死ぬわけじゃない。ただ、研究上必要な状態が保てない」
「俺のボックスに入れれば」
「時間が止まる、と聞きました」
俺は朝倉を見た。彼女が小さく頷く。
「収納中の状態は、取り出した瞬間と同じです。活性が落ちる時間がない」
「それを確かめたくて、今日お呼びしました」
◇
翌日、堂島も同行する形で静岡の中型ダンジョンへ向かった。
《蒼光蟲》の生息が確認されている《翠水洞》。
浅くて広い、水場の多いダンジョンだ。
難易度は中級。
戦闘より採取向きの環境とされている。
朝倉と前衛2人を連れた小規模な構成だ。
今回は搬出より確保が目的なので、人数より静かさを優先した。
8層の水場で、それを見つけた。
壁際の岩陰に、青白く光る甲殻が見えた。
体長は60センチほど。動きは遅い。
だが光が美しかった。
水中の生き物なのに、光だけが水面を超えて広がっていた。
「あれです」
堂島が声を潜めて言った。
俺は静かに近づいた。
触れる。意識を向ける。
【収納しますか?】
【対象:蒼光蟲】
【状態:生存中】
【警告:生体対象です。収納中は生命活動を停止状態に保ちます。取り出し後、活動を再開します】
了承する。
青白い光が消えた。
「……入りましたか」
「入りました」
堂島が息を吸った。
「活性は落ちていませんか」
「内部では時間が止まっています。取り出すまで変化しません」
「……10年です」
小さく、堂島が言った。
「10年間、この状態で持ち帰る方法を探していた」
俺は何も言わなかった。
代わりに周囲を見回すと、同じ岩陰にもう2体いた。
「全部入れます」
◇
3体収納して地上に戻った。
問題はここからだった。
「通常なら横浜まで輸送が必要ですが——」
朝倉が堂島に確認する前に、俺は内部表示を開いた。
ずっと気になっていた項目がある。
最初にボックスの表示が変わった時から気づいていて、一度も使っていなかった。
【個別展開/一括展開/**座標固定展開**】
「朝倉さん、研究所のタンクの座標、分かりますか」
「……座標?」
「位置情報でも住所でも。なんでもいいです」
朝倉と堂島が顔を見合わせた。
堂島がスマホで施設の座標を出す。
「これですが、どういう——」
俺は座標を確認して、念じた。
【座標固定展開を使用します】
【対象:蒼光蟲×3】
【展開先座標:確認済み】
【展開しますか?】
了承する。
「確認してもらえますか。研究所のタンクを」
堂島が電話をかけた。
十秒後、受話口から「入ってます!」という声が聞こえた。
「3体とも?」
「全部です! 活性も——」
堂島が電話を切って、俺を見た。
「今、ここから届けたんですか」
「そうです」
「輸送なしで」
「はい」
しばらく、堂島が黙っていた。
風が通った。
静岡の山道で、遠くに海が見えた。
「倉橋さん」
「はい」
「あなたのスキルは、搬出の話じゃなくなってきていますね」
俺は少し考えてから、頷いた。
「そう思います」
「収納できて、どこへでも届けられる。それは物流そのものを変える話です」
物流。
その言葉が、少し重く響いた。
◇
帰りの車の中で、朝倉が静かに言った。
「座標固定展開、いつから使えると分かってたの」
「最初にボックスの表示が増えた時からあった。試す機会がなかっただけです」
「……そういうこと、先に言って」
「すみません」
朝倉が額に手を当てた。
しばらくして、堂島からメッセージが届いた。
「3体とも活性維持を確認。感謝します。それと——次の相談があります。今度はもう少し規模が大きい話です」
もう少し規模が大きい。
俺は窓の外を流れる景色を見ながら、その言葉の意味を考えた。
《アビスゲート》で40トン。
《蒼光蟲》3体。
スケールは全然違う。でも堂島が「大きい」と言うなら、それなりの話だ。
「次の案件、聞きますか」
朝倉がスマホを開きながら言った。
「はい」
「即答ですね」
「選べる立場のうちに、動ける案件を増やしておきたい」
彼女がこちらを見た。
何かを確認するように、少し間を置いて。
「……成長してますね、倉橋くん」
俺は答えなかった。
でも、悪い気はしなかった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




