表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/15

第7話 水底の報酬は、俺が全部もらう

 月曜日の朝倉からのメッセージは、「まず別の件から片付けましょう」という一文で始まった。


 待ち合わせは府中ダンジョンの搬入口横にある、探索者向けの小型施設だった。

 中に入ると、朝倉が金属製のケージを指差した。


 「スライムの幼体。弱個体だから危険はない。それより、あなたのボックスに入るかどうかが聞きたかった」


 ケージの中で、手のひらサイズの半透明の塊がゆっくり動いている。

 幼体とはいえ、一応生きている。


 「試せば分かります」


 触れて、意識を向ける。


 【収納しますか?】

 【対象:スライム幼体】

 【状態:生存中】

 【警告:生体対象です。収納中は生命活動を停止状態に保ちます。取り出し後、活動を再開します】


 生命活動を停止状態に保つ。


 「入る、みたいです。ただ——」


 「なに?」


 「収納中は生命活動が止まるって出てます。死ぬんじゃなくて、止まる」


 朝倉が少し眉を上げた。

 「止まる」と「死ぬ」は違う。

  それを俺のボックスが区別している。


 「やってみて」


 了承する。

 ケージごと消えた。


 内部表示を確認する。


 【スライム幼体】

 【収納時の状態:停止中(生存確認)】

 【経過時間:0秒(内部停止)】


 「取り出します」


 ケージが床に戻った瞬間、中のスライムがもぞもぞと動き始めた。

 さっきと同じペースで。さっきと同じ動き方で。


 「……本当に、そのまま戻った」


 朝倉の声が、静かに落ちた。


 「希少生体の輸送ができる」

 「生体標本の状態保存もできる」

 「研究機関が聞いたら、卒倒する話ですよ」


 彼女がスマホを取り出して、素早く何かを入力した。

 俺は内部表示を閉じながら、この能力が持つ意味をもう一度考えた。


 運べないものを運べる。

 そこに「生きたまま」が加わった。


 ◇


 《アビスゲート》は、神奈川県の海岸線に近い丘陵部に存在していた。


 入口は岩盤の割れ目。潮の匂いが漂い、地下に降りるにつれて湿度が上がる。

 壁面が薄く光っているのは、塩水に含まれた微細な発光物質のせいだと朝倉が教えてくれた。


 「ここから先は気圧も変わる。耳が痛くなったらすぐ言って」


 「分かりました」


 9人で縦列を組んで進む。

 前衛5人は動きが手慣れていて、互いの位置を確認し合いながら降りていく。

 補助の2人は朝倉と俺の間に入り、視界を広く保っている。


 12層を超えた辺りから、通路の床が濡れ始めた。

 15層では、くるぶしまで水が溜まっている。


 「ここまで来たのは久しぶりだ」


 前衛の一人がぼそりと言った。


 18層。

 朝倉が足を止めた。


 「着いた」


 広間というより、水没した空洞だった。


 天井まで十メートル以上。横幅はその倍以上ある。

 床面は完全に水没しており、水深は場所によって胸の高さを超えていた。

 水は薄く青みがかっていて、底から光が漏れているように見える。


 そしてその水の中に、それはあった。


 巨大な骨格が何体分も沈んでいる。

 発光器官の名残なのか、部位によっては今でも弱く光を放っていた。

 特殊神経繊維と呼ばれる索状の素材が、水中で揺れている。


 「……でかい」


 「だから誰も取れなかった」


 朝倉が静かに言う。


 「地上に出した瞬間から変性が始まる。水の中にある間は安定してるけど、抜き上げた途端に価値が落ちる。それが分かってて、諦めた」


 「俺には関係ない話ですね」


 「そう」


 彼女が小さく頷く。


 俺は水際まで進んで、一番手前の骨格に触れた。


 【収納しますか?】

 【対象:深部海溝型魔物骨格】

 【状態:水中環境を検知——周辺水域を含めて収納しますか?】


 「水ごと、聞いてきた」


 「周囲の水も一緒に入れられる?」


 「確認中みたいです。了承します」


 【一括収納 水域込みで実行します】


 骨格が消えた。

 それだけじゃない。

 骨格の周囲二メートルほどの水が、骨格と一緒に吸い込まれるように消えた。


 水位がわずかに下がる。


 「……水も入った」


 補助役の一人が呟いた。

 その声には、笑いと驚きが半分ずつ混ざっていた。


 「続けます」



 ◇



 収納を繰り返していると、背後から声がかかった。


 「やはり来ましたか」


 振り返ると、水の中に別のチームがいた。


 10人前後。装備が整っている。先頭に立つ人間の顔に見覚えがあった。


 《グランドレイド》の人間だ。

 神崎じゃないが、同じ組織の探索者チームだと一目で分かる。


 「うちも今日、同じ目的で来ました。先客がいたとは」


 向こうのリーダーらしき人間が言う。

 敵意はない。ただ、目が素材の方を向いていた。


 「別に競うつもりはないですが」


 俺は素直に答えた。


 「俺が先に収納したものは俺のものです。残りが出たら、そちらでどうぞ」


 「……残り、というのは?」


 「全部入れる予定なので」


 静かに言って、俺は作業を再開した。


 次の骨格。また次。発光器官の束。神経繊維の塊。

 何体分かまとまって沈んでいる部位は、一括収納で一度に処理する。


 水位が下がっていく。

 見る間に、広間の底が見えてきた。


 《グランドレイド》のチームは動かなかった。

 動く隙がなかった、というのが正確だ。


 俺が一つ収納するたびに、彼らが取れるものが減っていく。

 追いつけない速度で。


 最後の一塊を収納した時、広間の水は大幅に減っていた。

 床面がほぼ露出している。


 「……全部、入れたんですか」


 《グランドレイド》のリーダーが言った。


 「はい」


 「それは——」


 「先に触れたので、俺のものです」


 法的に問題があるとは思わない。

 ダンジョン内の未回収素材は、先に正規の回収手続きを取った者のものになる。


 朝倉が手続き書類をすでに持っていた。

 今日の入場記録と、回収完了の証明になる映像ログも残してある。



 ◇



 地上に出たのは昼を過ぎた頃だった。


 素材買取の専門業者を、朝倉がすでに手配していた。

 現地搬出のための大型車両が3台並んでいたが、俺が取り出すのに車両は要らない。


 その場で一つずつ取り出して、業者に直接引き渡す。


 査定士は最初、無言だった。

 2体目が出てきた辺りで、電話をかけ始めた。

 5体目が出てきた時、上司らしき人間が飛んできた。


 「これは——全部今日回収したものですか」


  「はい」


 「《アビスゲート》18層の、水没エリアのもの?」


 「そうです」


 「損傷は……」


 査定士が食い入るように外殻を見た。

 発光器官を光に透かして、何度も確認する。


 「外観の劣化がない。水没していたのに」


 「収納中は時間が止まります」


 「水の中にいる状態ごと?」


 「そのようです」


 査定士が額に手を当てた。


 結果が出るまで一時間かかった。

 数字を見た瞬間、俺は少し遠い目になった。


 「朝倉さん」


 「分かってる。座って」


 彼女が先にベンチに腰を下ろした。

 俺も隣に座る。


 「今日だけで、先月一ヶ月分の利益が出た」


 朝倉がぽつりと言う。

 俺も黙って頷いた。


 「あなたが搬出してくれたから、この数字が出た」


 「分かってます」


 「感謝してる」


 「知ってます」


 彼女が小さく笑った。

 そのまましばらく、二人とも黙っていた。


 遠くで車のエンジン音がした。

 《グランドレイド》のチームが戻っていくのが見えた。

 手ぶらで。


 俺はそれを見送りながら、内部表示を確認した。


 【収納数:更新中】

 【総重量:計測不能】

 【空き容量:——】


 変わっていない。

 どれだけ入れても、上限が出ない。


 「次の案件ですが」


 俺が先に口を開くと、朝倉が少し驚いた顔をした。


 「もう次の話ですか」


 「せっかく選べる立場になったので」


 「……そうですね」


 朝倉がスマホを開いた。


 「実は、今日の帰りに一件連絡が入ってました。横浜の研究機関から。今日の《アビスゲート》の話、もう届いてるみたいで」


 「研究機関?」


 「ダンジョン生態の研究をしてる施設。スライムの話をしたら、興味を持ったようです」


 スライムの話。

 今朝の生体収納テストのことだ。


 「希少生体の確保を、定期的に依頼したいと言ってます」


 定期的に。


 俺は手元のスマホを見た。


 通知がまた増えていた。

 今日の話はもう業界内で流れているらしい。


 《アビスゲート》で40トン超を一人で回収した、という話が。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ