第7話 水底の報酬は、俺が全部もらう
月曜日の朝倉からのメッセージは、「まず別の件から片付けましょう」という一文で始まった。
待ち合わせは府中ダンジョンの搬入口横にある、探索者向けの小型施設だった。
中に入ると、朝倉が金属製のケージを指差した。
「スライムの幼体。弱個体だから危険はない。それより、あなたのボックスに入るかどうかが聞きたかった」
ケージの中で、手のひらサイズの半透明の塊がゆっくり動いている。
幼体とはいえ、一応生きている。
「試せば分かります」
触れて、意識を向ける。
【収納しますか?】
【対象:スライム幼体】
【状態:生存中】
【警告:生体対象です。収納中は生命活動を停止状態に保ちます。取り出し後、活動を再開します】
生命活動を停止状態に保つ。
「入る、みたいです。ただ——」
「なに?」
「収納中は生命活動が止まるって出てます。死ぬんじゃなくて、止まる」
朝倉が少し眉を上げた。
「止まる」と「死ぬ」は違う。
それを俺のボックスが区別している。
「やってみて」
了承する。
ケージごと消えた。
内部表示を確認する。
【スライム幼体】
【収納時の状態:停止中(生存確認)】
【経過時間:0秒(内部停止)】
「取り出します」
ケージが床に戻った瞬間、中のスライムがもぞもぞと動き始めた。
さっきと同じペースで。さっきと同じ動き方で。
「……本当に、そのまま戻った」
朝倉の声が、静かに落ちた。
「希少生体の輸送ができる」
「生体標本の状態保存もできる」
「研究機関が聞いたら、卒倒する話ですよ」
彼女がスマホを取り出して、素早く何かを入力した。
俺は内部表示を閉じながら、この能力が持つ意味をもう一度考えた。
運べないものを運べる。
そこに「生きたまま」が加わった。
◇
《アビスゲート》は、神奈川県の海岸線に近い丘陵部に存在していた。
入口は岩盤の割れ目。潮の匂いが漂い、地下に降りるにつれて湿度が上がる。
壁面が薄く光っているのは、塩水に含まれた微細な発光物質のせいだと朝倉が教えてくれた。
「ここから先は気圧も変わる。耳が痛くなったらすぐ言って」
「分かりました」
9人で縦列を組んで進む。
前衛5人は動きが手慣れていて、互いの位置を確認し合いながら降りていく。
補助の2人は朝倉と俺の間に入り、視界を広く保っている。
12層を超えた辺りから、通路の床が濡れ始めた。
15層では、くるぶしまで水が溜まっている。
「ここまで来たのは久しぶりだ」
前衛の一人がぼそりと言った。
18層。
朝倉が足を止めた。
「着いた」
広間というより、水没した空洞だった。
天井まで十メートル以上。横幅はその倍以上ある。
床面は完全に水没しており、水深は場所によって胸の高さを超えていた。
水は薄く青みがかっていて、底から光が漏れているように見える。
そしてその水の中に、それはあった。
巨大な骨格が何体分も沈んでいる。
発光器官の名残なのか、部位によっては今でも弱く光を放っていた。
特殊神経繊維と呼ばれる索状の素材が、水中で揺れている。
「……でかい」
「だから誰も取れなかった」
朝倉が静かに言う。
「地上に出した瞬間から変性が始まる。水の中にある間は安定してるけど、抜き上げた途端に価値が落ちる。それが分かってて、諦めた」
「俺には関係ない話ですね」
「そう」
彼女が小さく頷く。
俺は水際まで進んで、一番手前の骨格に触れた。
【収納しますか?】
【対象:深部海溝型魔物骨格】
【状態:水中環境を検知——周辺水域を含めて収納しますか?】
「水ごと、聞いてきた」
「周囲の水も一緒に入れられる?」
「確認中みたいです。了承します」
【一括収納 水域込みで実行します】
骨格が消えた。
それだけじゃない。
骨格の周囲二メートルほどの水が、骨格と一緒に吸い込まれるように消えた。
水位がわずかに下がる。
「……水も入った」
補助役の一人が呟いた。
その声には、笑いと驚きが半分ずつ混ざっていた。
「続けます」
◇
収納を繰り返していると、背後から声がかかった。
「やはり来ましたか」
振り返ると、水の中に別のチームがいた。
10人前後。装備が整っている。先頭に立つ人間の顔に見覚えがあった。
《グランドレイド》の人間だ。
神崎じゃないが、同じ組織の探索者チームだと一目で分かる。
「うちも今日、同じ目的で来ました。先客がいたとは」
向こうのリーダーらしき人間が言う。
敵意はない。ただ、目が素材の方を向いていた。
「別に競うつもりはないですが」
俺は素直に答えた。
「俺が先に収納したものは俺のものです。残りが出たら、そちらでどうぞ」
「……残り、というのは?」
「全部入れる予定なので」
静かに言って、俺は作業を再開した。
次の骨格。また次。発光器官の束。神経繊維の塊。
何体分かまとまって沈んでいる部位は、一括収納で一度に処理する。
水位が下がっていく。
見る間に、広間の底が見えてきた。
《グランドレイド》のチームは動かなかった。
動く隙がなかった、というのが正確だ。
俺が一つ収納するたびに、彼らが取れるものが減っていく。
追いつけない速度で。
最後の一塊を収納した時、広間の水は大幅に減っていた。
床面がほぼ露出している。
「……全部、入れたんですか」
《グランドレイド》のリーダーが言った。
「はい」
「それは——」
「先に触れたので、俺のものです」
法的に問題があるとは思わない。
ダンジョン内の未回収素材は、先に正規の回収手続きを取った者のものになる。
朝倉が手続き書類をすでに持っていた。
今日の入場記録と、回収完了の証明になる映像ログも残してある。
◇
地上に出たのは昼を過ぎた頃だった。
素材買取の専門業者を、朝倉がすでに手配していた。
現地搬出のための大型車両が3台並んでいたが、俺が取り出すのに車両は要らない。
その場で一つずつ取り出して、業者に直接引き渡す。
査定士は最初、無言だった。
2体目が出てきた辺りで、電話をかけ始めた。
5体目が出てきた時、上司らしき人間が飛んできた。
「これは——全部今日回収したものですか」
「はい」
「《アビスゲート》18層の、水没エリアのもの?」
「そうです」
「損傷は……」
査定士が食い入るように外殻を見た。
発光器官を光に透かして、何度も確認する。
「外観の劣化がない。水没していたのに」
「収納中は時間が止まります」
「水の中にいる状態ごと?」
「そのようです」
査定士が額に手を当てた。
結果が出るまで一時間かかった。
数字を見た瞬間、俺は少し遠い目になった。
「朝倉さん」
「分かってる。座って」
彼女が先にベンチに腰を下ろした。
俺も隣に座る。
「今日だけで、先月一ヶ月分の利益が出た」
朝倉がぽつりと言う。
俺も黙って頷いた。
「あなたが搬出してくれたから、この数字が出た」
「分かってます」
「感謝してる」
「知ってます」
彼女が小さく笑った。
そのまましばらく、二人とも黙っていた。
遠くで車のエンジン音がした。
《グランドレイド》のチームが戻っていくのが見えた。
手ぶらで。
俺はそれを見送りながら、内部表示を確認した。
【収納数:更新中】
【総重量:計測不能】
【空き容量:——】
変わっていない。
どれだけ入れても、上限が出ない。
「次の案件ですが」
俺が先に口を開くと、朝倉が少し驚いた顔をした。
「もう次の話ですか」
「せっかく選べる立場になったので」
「……そうですね」
朝倉がスマホを開いた。
「実は、今日の帰りに一件連絡が入ってました。横浜の研究機関から。今日の《アビスゲート》の話、もう届いてるみたいで」
「研究機関?」
「ダンジョン生態の研究をしてる施設。スライムの話をしたら、興味を持ったようです」
スライムの話。
今朝の生体収納テストのことだ。
「希少生体の確保を、定期的に依頼したいと言ってます」
定期的に。
俺は手元のスマホを見た。
通知がまた増えていた。
今日の話はもう業界内で流れているらしい。
《アビスゲート》で40トン超を一人で回収した、という話が。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




