第6話 値段は自分でつける
《エクリプス》との正式な仕事が始まって、二週間が過ぎた。
その間にやったことを整理すると、こうなる。
一件目、府中十五層の《鉱晶種》外殻回収。(第五話の件)
二件目、埼玉の中規模ダンジョンで放置されていた大型ボス残骸の搬出。
三件目、山梨の採掘型ダンジョンで採れた希少鉱石の一括輸送。
探索者が少しずつ手持ちで運ぶ予定だったやつを、俺が全部まとめて一発で持ち帰った。
全部で二週間。
俺が二年間で稼いだ総額を、軽く超えた。
「……バグってる、のは俺の能力だけじゃないな」
銀行アプリの残高を見ながら独り言を言った。
数字がバグっている。
◇
ただし、問題もあった。
《グランドレイド》の神崎が、また接触してきたのだ。
「倉橋さん、少しいいですか」
府中ダンジョンの出口で、またスーツ姿で待っていた。
今日は一人じゃない。もう一人、上司らしき男を連れている。
「先日はご検討のお時間をいただいてありがとうございました。その後いかがでしょうか」
「今は別のところと組んでいます」
「存じています。《エクリプス》さんですね」
知っている。当然か。
この業界、情報は回るのが早い。
「弊社としては、倉橋さんの能力を高く評価しております。条件について、もう少しご提案できることがあります」
「月額保障の話ですか」
「それも含めてです。加えて——専属契約でなく、準専属という形で動いていただく方法もあります。つまり、《エクリプス》さんとの関係を維持しながら、うちのレイドにも参加いただける」
俺は少し考えた。
「《エクリプス》の了承が取れれば、可能性はあります」
「それはこちらから働きかけることもできます」
「でも今日は答えません。朝倉さんに話してからにします」
「分かりました。ご連絡お待ちしています」
神崎が退いた後、俺はため息をついた。
また増えた。
声をかけてくる組織は、今週だけで四件になる。
ギルド、探索者協会の外郭団体、素材商社、そして個人パーティ。
みんな『あなたの能力が欲しい』と言う。
ありがたい。
でも、条件を精査しないまま動くのは損だ。
俺には今、比べられるだけの選択肢がある。
◇
その夜、朝倉七海からメッセージが来た。
「明日、話したいことがある。大事な案件の話です」
翌朝のカフェで、彼女はいつもより少し硬い顔をしていた。
「直接言います。今、業界で話題になってるダンジョンがある。神奈川の《深部海溝型》、通称」
「聞いたことがある。深海ダンジョン系の変異種が出るやつ」
「そう。先月、ギルド連合がレイドを試みて、討伐に成功した。問題は——その報酬が今も全部、ダンジョン内に残ってる」
俺は少し身を乗り出した。
「残ってる?」
「《深部海溝型》は塩分と水圧を含んだ素材が多い。地上に出した瞬間に変性が始まる。特定の保存処理をしないと、数時間で価値がゼロになる。専用の冷凍輸送設備が必要なんだけど、今の業者ではダンジョン内への搬入が現実的じゃない」
「それが——」
「そう。あなたのボックスで収納したまま地上に持ち帰れれば、そのまま変性を止められる可能性がある」
内部で時間が止まる。状態が維持される。そして巻き戻し補正まで入ることが分かっている。
「水分を含んだ素材でも問題ないか、試したことはある?」
「二件目の埼玉案件で、ぬめりのある粘液系素材を収納した。変性なし」
「それより大規模です。今回は複数の大型素材が水没状態で沈んでる。水ごと収納できるかどうかも不明」
水ごと。
俺は少し考えた。家具も、冷蔵庫も、水タンクも入った。
容量の上限は今のところ発現していない。
「試す価値はある、と思います」
「もう一つ問題があって」
朝倉がスマホに数字を入力した。
「ギルド連合が置いてきた素材の総量、推定四十トン超。内訳は超大型個体の骨格、希少発光器官、特殊神経繊維——どれも今の市場で需要がある素材です。仮にこれが全部、未劣化で持ち帰れたとしたら」
数字を俺に向けて回した。
「…………」
さすがに声が出なかった。
「全部は無理でもいい。半分でも三分の一でも、それだけで今年一年分の利益が出る」
「でも、全部行けますよ」
「断言が早い」
「いつもそう言いますね、朝倉さん」
「今まで一度もハズレてないから、今回も信じるけど」
彼女が静かに笑った。
「ただ、一人では行かせない。今回は規模が大きい。前衛を5人、補助を2人つける。私も含めて合計9人で動く」
「構いません」
「それともう一つ」
朝倉の声が一段落ち着いた。
「《グランドレイド》と《アビスゲート》の情報が被ってる。向こうも動いてる可能性がある。あなたを先に取り込もうとするかもしれない」
「神崎の件ですね」
「話した?」
「昨日また接触してきた。準専属の話をされました」
「……そう」
朝倉が少し目を細めた。
「どう答えた?」
「あなたに話してから決めると言いました」
一瞬の沈黙。
「今答えを出す必要はない。ただ——《アビスゲート》案件は《エクリプス》主導で動きたい。あなたさえ了承してくれれば」
「分かりました。乗ります」
◇
帰りがけ、俺は府中駅前のベンチに少し座った。
こうして動いていると、半月前とは別世界にいる気がする。
荷物持ちだった。
戦えない。スキルが地味。人数合わせの最低戦力。
でも今は、複数のギルドが声をかけてきている。
どこと組むかを俺が選べる。
条件を出してくる相手に、「朝倉さんに話してから決めます」と言える。
その変化の理由は一つだ。
誰も運べないものを、俺が運べるから。
それだけ。
戦闘力でも、頭の良さでも、コネでもない。
ただ持ち帰れる。
それが、こんなにも価値になる。
スマホを開くと、朝倉からメッセージが入っていた。
「《アビスゲート》の件、来週月曜に現地下見。詳細は後で送ります」
続けて、もう一件。
「それと一つ確認。あなたのボックス、生きてる魔物は収納できる?」
俺は少し固まった。
生きてる魔物。
試したことはない。
というか、試す発想がなかった。
「分かりません。試したことないです」
「一度確認してほしいことがあって。次の案件で、活きてる状態の素材が必要になるかもしれない」
活きている状態。
素材として生かしたまま持ち帰る。
もしそれができるなら、収益の種類がまた変わる。
俺はしばらくスマホを握ったまま、その可能性を考えた。
まだ俺のボックスには、試していない領域がある。
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