第5話 三ヶ月間、誰も取れなかったものを取りに行く
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案件の詳細は、翌日に朝倉から送られてきた資料で分かった。
府中ダンジョン十五層、通称《鉄床回廊》。
難易度は中〜上級。普段から危険度が高く、ソロは非推奨の区域だ。
そこに三ヶ月前、《鉱晶種》という稀少型魔物が大量発生した。
《鉱晶種》は鉱物を取り込んで成長するタイプで、討伐後の素材は産業用の高強度合金原料になる。
一体あたりの価値は相場で三十万円超。希少品種なら百万を超えるものもある。
それが二十数体まとめて出た。
討伐自体はできた。
問題は討伐後だった。
「核は回収済みだが、外殻と骨格の残骸が手付かずのまま」
朝倉がコーヒーを置きながら言う。今日は別のカフェを指定された。
「一体でも三百キロ前後。それが二十体分。外殻だけで総重量六トン超。搬出業者を呼んでも、十五層の構造上、大型重機が入れない。人力では無理。少しずつ切り分けて運ぶにしても、切断作業中に近隣フロアの魔物を呼び寄せる危険がある」
「三ヶ月で誰も手をつけなかったのはそのせいか」
「そう。外殻素材は時間が経つと内部が固化して、品質が落ちる。もう三ヶ月経ってる。通常なら業者査定で値段が半分以下になってもおかしくない」
「でも俺の【アイテムボックス】に入れれば」
「時間停止と状態維持。今の状態で固定できれば、少なくともこれ以上の劣化は止められる。3ヶ月分の品質低下は残るけど、半値以下になる前に換金できる」
かもしれない、という部分に彼女の慎重さが出ていた。
「やります」
「断言が早い」
「考える理由がないので」
朝倉が少し黙って、俺を見た。
やがて頷く。
「分かった。ただ、十五層はソロで行く話じゃない。うちから前衛を二人出す。私も同行するから合計四人で動く。あなたは搬出に集中してくれれば」
「構いません」
「戦闘とルートはこっちが持つ。あなたは自分の仕事だけ考えて」
◇
翌日、四人で府中ダンジョンに入った。
十五層へ降りるルートは朝倉が把握していた。
前衛の二人は動きが手慣れていて、戦闘が発生すれば即座に対処する。
俺は補給と搬出に集中するという形だ。
十二層あたりから通路の幅が広くなり、床が金属質に変わってくる。
《鉄床回廊》の名前の通り、壁も天井も錆びた鉄板みたいな質感だ。
「ここ、昔は製錬所型ダンジョンだったとか言われてる。確認されてないけど」
「へえ」
「構造が複雑で、一部のエリアは今でも地図が完成してない。だから大型重機が入れない」
会話しながら降りていくと、十五層の手前で硫黄に似た臭いが漂ってきた。
「鉱晶種の残骸はこの先の広間。近くに別の魔物はいないと思うけど、一応気をつけて」
広間に入った瞬間、規模が分かった。
天井まで届きそうな岩山みたいな塊が、広間の真ん中に積み上がっていた。
一体一体の残骸が密集して、まるで廃材置き場みたいになっている。
金属光沢を持つ外殻が、ダンジョン内の光を鈍く反射していた。
「……これは確かに、普通には無理だ」
「だから三ヶ月放置された」
朝倉が静かに言う。諦めと、もしかしたらという期待が混ざった声だ。
俺は一番近い残骸に近づいた。
体長三メートル前後の《鉱晶種》の外殻。表面は岩みたいに硬く、角が鋭利に突き出ている。
一体でも人間が抱えられる重さじゃない。
触れて、意識を向ける。
【収納しますか?】
【対象:鉱晶種外殻残骸】
【重量:推定312kg】
【状態:収納時点より時間経過停止済み】
了承する。
外殻が消えた。
一体目。
内部表示を開くと、素材の状態表示があった。
【鉱晶種外殻残骸 A-1】
【収納時の状態:停止済み】
【品質評価:劣化進行なし(収納時点より)】
想定通りだ。
これ以上は劣化しない。ただ、すでに三ヶ月分の劣化は入っている。
「倉橋くん?」
「続けます」
次。また次。また次。
一体ずつ収納していく。広間の端から端まで歩きながら、触れるたびに残骸が消えていく。
二十体分全部で、おそらく十分もかからなかった。
積み上がっていた廃材置き場みたいな塊が、跡形もなく消えた。
広間に残ったのは、抉られた地面の跡だけ。
朝倉七海が、静かに息を吐いた。
「全部、本当に入れられたの」
「入りました。あとは買取で確かめるだけです」
「行きましょう」
「はい」
◇
地上に出て、素材買取専門の業者に直行した。
受付に担当者を呼ぶと、外殻の一つを取り出した瞬間、空気が変わった。
「ちょっと待ってください、これ……鉱晶種の外殻ですか?」
「そうです」
「どこで入手しましたか?」
「府中ダンジョン十五層。三ヶ月前の討伐分の残骸です」
「三ヶ月前——」
査定士が外殻を手に取って、じっくりと見た。叩いて音を確かめ、断面を拡大鏡で覗き込む。
「どういう保存方法を?」
「収納スキルで保管してました」
「……収納スキルで? 外観に多少の経過は見えます。ただ、内部の結晶構造が完全に無傷です。三ヶ月放置でこれはありえない」
「俺のスキルは、そこまで止められるんです」
査定士が朝倉に目を向けた。
彼女が小さく頷く。
しばらく沈黙が続いた後、査定士が出してきた数字を見て、俺は少し頭がくらっとした。
「20体分で、この金額?」
「鉱晶種の外殻の価値は内部の結晶構造で決まります。それが全体積、無傷、切断なし、原型保持。外観に経年の痕跡はありますが、工業用途では内部構造が全てです。こんな状態で持ち込まれたことが今まで一度もないので、正直なところ査定基準が追いついていません。素材商社に回せます。そちらの方がさらに高値になる可能性もあります」
頭の中で数字を確認した。
三ヶ月前から誰も取れなかった残骸が、今日俺の手で全部持ち帰られた。
内部構造まで止まっていたのは、俺も予想外だった。
「朝倉さん、この取り分の話、まだ決まってないですよね」
「今決めましょう」
彼女はスマホを取り出して、数字を入力した。
それが《エクリプス》との、実質的な最初の仕事になった。
◇
買取完了後、帰り道で朝倉が言った。
「時間停止が、内部まで全部効いてたってこと?」
「そう見えます。表面には三ヶ月分の経過が入ってた。でも構造的には、収納した瞬間から完全に止まってたらしい」
「…………そのスキル、本当に何なの」
「俺も分からないです」
「ただの収納スキルじゃない。もう別の何かだ」
俺も薄々そう思っていた。
【アイテムボックス】というカテゴリに入れておくには、やれることが多すぎる。
「追加で聞いていいですか」
朝倉が少し声のトーンを変えた。
「今日みたいな誰も取れなかった素材って、府中だけじゃない。全国のダンジョンで、回収できずに放置された報酬ってけっこうな量あるんです。重すぎる、腐りやすい、危険すぎる、輸送コストが採算に合わない——そういう理由で諦められてきたやつが」
「それを俺なら取れる、と」
「取れるかもしれない。そしてそれが全部、今日みたいな数字になる可能性がある」
俺は夕暮れの街を歩きながら、その言葉を少し頭の中で転がした。
全国の、諦められた報酬。
重くて、腐って、危険で、誰も手をつけなかったもの。
それが俺には、全部宝の山に見える。
「次の案件、いつですか」
朝倉が、今日一番はっきりした笑顔を見せた。




