第4話 昨日まで荷物持ち、今日から争奪
翌朝、スマホの通知が止まらなかった。
未読メッセージ、23件。
着信履歴、6件。
うち知らない番号が、3件。
「……何がどうなってるんだ」
昨日のレイドから帰って、風呂に入って、気絶したみたいに眠った。
起き上がったら、こんなことになっていた。
一件一件開く。
探索者掲示板の知り合い。
レイドで一緒だった前衛の誰か。
素材買取業者の営業。
そして、槙野から3件。
「悠真、起きたら連絡くれ。話がある」
「お前のスキルのことで相談したい。マジで」
「無視すんなよ、損するのはお前だぞ」
段階的に焦り具合が上がっていて、少し笑えた。
3ヶ月前まで「戦えないなら荷物くらいちゃんと持て」と言っていた相手が、今は「損するのはお前だぞ」と送ってくる。
世の中、変わるのは早い。
返信はしなかった。
代わりに未読の中から、一件だけ先に開く。
「昨日の件、少しだけお話できますか。<朝倉七海>」
補佐役の女性。
昨日、引き下がっていた全員の前で俺に「やらせてください」と言わせた人だ。
短い文面だが、他のメッセージとは重さが違う気がした。
俺は少し考えて、返信した。
「場所を指定してください」
◇
待ち合わせは、府中駅近くのファミレスだった。
朝倉七海は先に来ていた。
昨日と同じ、無駄のない格好。スーツじゃないが、仕事着に近い雰囲気。
テーブルにはすでにコーヒーが置いてある。
「来てくれてよかった。座って」
向かいに腰を下ろすと、彼女は迷わず本題に入った。
「単刀直入に聞くけど、倉橋くん今、どこか特定のギルドや組織と契約してる?」
「してないです。フリーです」
「よかった」
表情は変わらないが、かすかに肩の力が抜けた気がした。
「私、レイドの主催側で補助統括をやってる。ギルド名は《エクリプス》。中堅だけど、攻略ノウハウと搬出体制には力を入れてる」
「はい」
「昨日あなたが見せたものは、うちが3年探していた能力です」
コーヒーカップを置かずに、真っ直ぐ俺を見て言った。
「大型レイドの一番の問題は何か分かる? 戦力じゃなくて。搬出コストなんですよ。大型ボスを倒せるパーティは増えてる。でも持ち帰れる量が上限を超えると、報酬の3割から半分を現地放棄する羽目になる」
「それを解決できるのが俺の能力、ということですか」
「正確には——あなたの能力が本物なら、の話ですけど」
彼女は静かにこちらを試していた。
昨日の現場を見ていても、まだ完全には信じ切っていない。当然だと思う。
「見せましょうか」
「え?」
「今ここで、何か大きいものを入れます。テーブルごとでも」
「……テーブルはやめて」
一拍の沈黙。それから彼女が笑った。初めて見る表情だった。
「信じてる。というか、昨日の時点で信じてた。ただ慎重にしたかっただけ」
「分かります」
「うちと組みませんか。条件は出せる。レイド搬出専任の役割で、取り分の比率も今の市場相場より高く設定する。あなたが動く理由になる数字を」
断る理由はない。
でも、一度頷くのは早い気がした。
「少し考えさせてください。悪い話じゃないのは分かりますが、他にも話を聞くかもしれません」
「それは構わない。ただ」
朝倉七海が少し身を乗り出した。
「早めの方がいい。今日中にでも、あなたに声をかけてくる人間は増えますよ。もうたぶん動いてる組は何件かある」
◇
ファミレスを出て30分後、その言葉が本当だったと分かった。
駅前のコンビニで缶コーヒーを買おうとしたら、後ろから声をかけられた。
「倉橋悠真さんですよね」
振り向くと、スーツ姿の30代男性が名刺を差し出していた。
「《グランドレイド》の神崎と申します。大型ダンジョン攻略専門のギルドです。昨日の府中レイドの件は伺っています。もしよろしければ、少しだけお時間を」
「今は少し忙しいので」
「そう言わず。うちの条件を聞いた上で判断していただければ」
愛想よく、しかし動じない目をしている。営業慣れしているのが一発で分かる。
俺はため息をついて、とりあえず話だけ聞くことにした。
《グランドレイド》は名前だけ聞いたことがあった。首都圏で大型レイドを専業で請け負う、中規模ギルド。資金力はあるが、搬出能力の問題で高難度ダンジョンの収益率に限界があったらしい。
「単刀直入に言います。うちは搬出担当ポジションに月額固定保障を付けます。レイド毎の歩合は別途。あなたのスキルが本物なら、それに見合う数字を出す用意がある」
「月額固定、ですか」
「探索者の収入は安定しない。それを解消した上で、さらにレイド毎に歩合が入る。フリーで動くより、リスクが下がります」
悪くない。むしろいい。
でも何かが引っかかる。
「うちは攻略パーティとの調整を全部やります。あなたは搬出に集中すればいい。戦闘に出る必要もない」
「搬出だけですか」
「それが一番効率的です」
そこだ。
何かが引っかかるのはそこだった。
搬出だけ。
戦闘不要。
言い換えると——能力だけ使って、他は黙ってろ。
荷物持ちだった時と、構造が変わっていない。
「検討します」
名刺をポケットに入れ、俺は歩き出した。
後ろで神崎が「連絡お待ちしています」と言った。
◇
夜、槙野からの電話を取った。
「よかった、出てくれて」
声のトーンが昨日より低い。いつもの軽さがない。
「ちょっと聞いてほしいんだけどさ、お前のスキルのこと、もっと早く教えてくれりゃよかったじゃないか。俺たちのパーティで使えてたら、今頃……」
「教えてなかったじゃなくて、俺も最近まで分かってなかっただけです」
「でも今は分かってるだろ。だったらうちに戻って一緒にやろうぜ。パーティ内の取り分の比率も考え直すし、お前のポジションも変えるから」
考え直す。ポジションを変える。
そういう言葉が出てくるくらい、昨日で世界が動いたんだと改めて思う。
「少し時間をください」
「何日くらい?」
「まだ分かりません」
「分かった……でも、あんまり引っ張るなよ。他のとこが先に動いたら、条件下げないといけなくなるから」
電話が切れた。
俺はスマホをテーブルに置いて、天井を見た。
3件の声かけ。
全部、昨日より前には絶対に来なかった誘いだ。
搬出能力が欲しい組織。
収益率を上げたいギルド。
使い勝手がいい道具が欲しいパーティ。
悪意があるわけじゃない。
ただ俺に価値を見出すのが、レイドの翌朝というのが、なんとも正直すぎる。
でも——焦る必要はない。
誘いが多いということは、選べるということだ。
掲示板を開くと、新しいスレッドが立っていた。
『府中のレイド搬出した収納持ち、正体判明したやついる?』
『フリー探索者らしいってとこまでは分かった』
『ギルド各所が今日から動いてるとか聞いたけど』
『現物見た人間の話聞きたい。どのくらいのサイズ入れたの?』
書き込みは100件を超えていた。
俺は掲示板を閉じ、朝倉七海に返信を打った。
「明後日、もう少し詳しい話を聞かせてください。その上で判断します」
3秒で既読になった。
「分かった。一つ、前提として話しておきたいことがある。今、府中ダンジョンで問題になってる案件がある。気が向いたら聞いて」
続いて送られてきた内容を読んで、俺は思わず画面を見直した。
それは、探索者が諦めた報酬の話だった。
3ヶ月間、誰も回収できずにいる素材が、ダンジョン十五層に眠っているらしい。
理由は一つ。
重すぎて、硬すぎて、量が多すぎて、誰も運べないから。
読んでいただきありがとうございます。
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