第3話 誰も運べないレイド報酬を、俺だけが持ち帰れた
第七区府中ダンジョンの臨時レイド当日。
朝から入口前は異様な熱気に包まれていた。
大型魔物の出現報告により、普段は別々に活動している中堅パーティが合同で集められたのだ。
討伐対象は、十三層に居座った変異種。
硬質鱗に覆われた巨大蜥蜴型ボス。
討伐自体も厄介だが、さらに問題なのが死骸の搬出だった。
重すぎる。
硬すぎる。
しかも毒袋、眼球、骨格、心核と、高額部位の塊。
つまり、倒せれば大儲け。
だが持ち帰れなければ宝の持ち腐れ。
「倉橋くん、だっけ?」
集合場所で声をかけてきたのは、レイド主催側の補佐役をしている女性探索者だった。
短髪で、無駄のない装備をしている。
「君、収納持ちって聞いたけど、容量はどのくらい?」
「そこそこ入ります」
「曖昧だな……まあいい。今回は補給品と中型素材の回収を優先して。ボス本体は解体班が来るまで現地保留になると思う」
「分かりました」
本当のことは言わない。
まだ信用できない相手に、全部見せる理由はない。
レイドは三十人規模で進行した。
前衛が押さえ、後衛が削り、補助班が毒対策を回す。俺はひたすら消耗品と回収品の管理に徹した。
この時点でもう、他の収納持ちとの違いは明らかだった。
「回復薬、追加!」
「はい」
「耐毒剤も!」
「出します!」
必要な物を即座に検索し、即座に展開。
箱ごとでも本数指定でも出せる。現場が止まらない。
補給だけで、何人かが驚いた顔をしていた。
だが本番はその先だった。
十三層の大空洞。
そこで《アダマント・バジリスク》は待っていた。
全長十五メートル超。
岩壁みたいな頭部。
鉄骨の束みたいな尾。
咆哮ひとつで空気が震える。
「前衛、散るな! 視線を切れ!」
「毒ブレス来るぞ!」
怒号と衝撃音が飛び交い、戦線が何度も崩れかけた。
それでも数で押し込み、一時間近い死闘の末、最後は大剣使いの一撃が首筋を断ち割った。
巨体が地鳴りと共に崩れる。
「……勝った」
「討伐確認!」
歓声が上がる。
何人かはその場にへたり込んでいた。
だが、すぐ次の問題が現実になる。
「解体班、到着までどれくらいだ!?」
「地上から降りるのに最低二時間!」
「は!?」
「しかもこのサイズ、全部切り分けるなら半日コースだぞ!」
空気が一気に重くなる。
レイドボスの素材は高い。
だが大型個体ほど、持ち帰るための人員と設備が要る。
解体が遅れれば鮮度は落ちるし、他の魔物が寄ってくる危険もある。
最悪、核心部位だけ回収して残りを捨てるしかない。
「眼球と心核だけ優先で抜く!」
「鱗と骨は一部だけ確保だ!」
「尾は諦めるしかねえ!」
指揮役の声に、なぜか少しだけ腹の底が熱くなった。
諦めるしかない。
みんなそれを前提にしている。
でも俺は、その前提を壊せるかもしれない。
「あの」
気づけば、前に出ていた。
「もしかしたら、丸ごと運べます」
「……は?」
指揮役も、補佐役の女性も、周囲の探索者たちも俺を見る。
「いや、冗談言ってる場合じゃ」
「冗談じゃないです。少し下がってもらえれば、試せます」
「このサイズだぞ!?」
「分かってます」
心臓が高鳴る。
失敗したら終わりだ。
目立つし、囲い込まれるかもしれない。
けど、ここで見せなければ一生荷物持ちのままだ。
「……やらせてください」
数秒の沈黙。
やがて補佐役の女性が、真っ直ぐ俺を見て頷いた。
「全員、少し距離を取って。倉橋くん、危ないと思ったらすぐやめて」
「はい」
巨大な死骸の前に立つ。
近くで見ると、本当に山みたいだった。鱗一枚が盾ほどの大きさだ。
触れる。
意識を向ける。
【収納しますか?】
【超大型対象を確認】
【複数部位連結状態を認識】
【一括収納を推奨します】
喉が鳴った。
一括収納。
「……やる」
次の瞬間、巨体が消えた。
音もなく。
まるで最初からそこに何もなかったみたいに。
残ったのは、押し潰されていた地面の跡だけ。
「…………は?」
誰かが、さっきと同じような間抜けな声を漏らした。
静寂が広がる。
そして一拍遅れて、どよめきが爆発した。
「消えた!?」
「収納したのか今の!?」
「バカな、レイドボス本体だぞ!」
「お前、そのスキルどうなってんだ!?」
俺自身も足が震えていた。
だが、内部表示は安定している。
【収納成功】
【対象名:アダマント・バジリスク】
【状態:討伐直後】
【損傷:現状維持】
入った。
マジで入った。
しかも鮮度そのまま。
つまり、最高値で売れる状態を保ったまま持ち帰れる。
「倉橋くん」
補佐役の女性が、今度はまるで別人みたいな目で俺を見た。
「……君、今までどこにいたの?」
「荷物持ち、です」
そう答えると、周囲の何人かが乾いた笑いを漏らした。
荷物持ち。たしかに間違ってはいない。運べる量が少しおかしいだけで。
地上へ戻ったあと、状況はさらに騒がしくなった。
解体場の責任者。
査定士。
運営職員。
全員が、俺の出した《アダマント・バジリスク》の巨体を見て固まった。
「討伐直後の状態で、全身搬入……?」
「そんなことが可能なのは、専用大型車両か軍の輸送班くらいだぞ」
「いや、これはそれ以上だ。損傷が少なすぎる」
解体後の見積もりは、想定を大きく上回った。
眼球、毒袋、全身鱗、骨格、尾、心核。
どれも傷みなし。欠損最小。
レイド収益は過去最高クラスになるとまで言われた。
当然、分配の話になる。
討伐参加者で山分け。
それが基本だ。
でも今回は、それだけじゃ終わらなかった。
「搬出成功の功労者として、追加配分を出すべきだ」
「当たり前だろ。あれがなきゃ、素材の半分以上は捨ててた」
「いや、半分どころじゃない。三分の二は死んでた」
主催側の協議の末、俺には通常取り分に加えて特別報酬が乗ることになった。
振込予定額を見た瞬間、現実感が吹き飛ぶ。
「……これ、マジか」
今まで危険な浅中層を何日も回って、ようやく稼げていた額の何十倍もある。
戦ったのは主力組だ。
でも、この報酬が成立したのは、持ち帰れたからだ。
つまり。
誰も運べないレイド報酬を、俺だけが運べる。
その時点で、俺には独占できる価値がある。
掲示板にはすでに書き込みが出始めていた。
『府中レイド、ボス本体丸ごと搬出した収納持ちがいるらしい』
『いや嘘だろ』
『マジ。現地いた知り合いが言ってた』
『その収納持ち、引き抜き合戦になるぞ』
スマホの画面を見ながら、俺は静かに息を吐いた。
引き抜き。囲い込み。契約。
きっと面倒なことは増える。
でも、もう分かった。
俺の【アイテムボックス】は、ただ便利なだけじゃない。
ダンジョンの利益構造そのものをひっくり返す。
運べないから放置される報酬。
重すぎて諦める素材。
巨大すぎて解体待ちになる死骸。
それを全部、俺だけが持ち帰れる。
なら次は、レイドの残り物なんかじゃない。
最初から運べない高額報酬を狙って取りに行けばいい。
荷物持ちだった俺は、たぶん今、ダンジョンで一番うまいポジションに立っている。
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