第2話 容量制限なしとか、そんなの聞いてない
ダンジョンから帰還したあとも、俺の頭の中はずっと【アイテムボックス】のことでいっぱいだった。
槙野たちとは現地で別れた。
「また今度詳しく見せろよ」と軽く言われたが、今は誰にも見せたくなかった。
自室に戻り、カーテンを閉める。
六畳一間の安アパート。
探索者になって二年、生活はずっと苦しいままだ。
「……試すか」
床に置いたのは、今日持ち帰った換金前の鉱石、予備ナイフ、壊れた盾、空の水タンク、そしてホームセンターで昔買った工具箱。
さらに通販でまとめ買いしたペットボトルの箱まで並べる。
まず一つずつ収納。
問題なく入る。
次に十個まとめて。
入る。
次に家具。
折り畳み机。
入る。
「は?」
思わず声が漏れた。
収納系スキルは、生き物以外ならある程度融通が利く。
だが普通は、大きすぎる物は弾かれる。容量か重量の上限で失敗するからだ。
なのに、俺の【アイテムボックス】は弾かない。
じゃあどこまでいける?
流れる汗を拭いながら、部屋の隅のカラーボックスに触れた。
【収納しますか?】
「……する」
消えた。
「マジかよ……」
空いた壁際を見て、背筋がぞくっとした。
さらに試す。
マットレス。収納成功。
扇風機。収納成功。
冷蔵庫はさすがに無理かと思ったが――少し抵抗があっただけで、入った。
そこで俺は一度座り込んだ。
普通じゃない。
いや、異常だ。
しかも問題は容量だけじゃなかった。
試しに収納一覧を開くと、内部の表示が昨日より整理されていたのだ。
【分類:消耗品/鉱石/武装/家具/雑貨】
【検索:使用可能】
【時間経過:停止】
【損傷率:現状維持】
「検索?」
半信半疑で念じる。
水タンク。
すると一覧の中から、該当品だけが即座に浮かび上がった。
「……便利すぎるだろ」
普通の【アイテムボックス】は、出し入れができるだけだ。
こんな在庫管理アプリみたいな機能はない。
さらに気づいたのは、収納した氷入り飲料が溶けていないことだった。
昼に買ったコンビニのカップ氷が、そのままの形で残っている。
時間経過が停止。
この表示、文字通りか?
「ちょっと待てよ……」
翌朝、俺は確かめるために近所の第二区調布ダンジョンへ向かった。
ここは一層から三層までの初心者向け小型ダンジョンで、ソロ探索者の練習にもよく使われる。
目的は戦闘じゃない。
検証だ。
二層でスライムを倒し、核を収納。
三層で拾った薬草を収納。
ついでに朽ちた木箱ごと収納。
そして、安全地帯で取り出して確認する。
「核の発光、劣化してない……」
魔物素材は、持ち帰りに時間がかかるほど品質が落ちるものがある。
特に柔らかい内臓系や発光系、採取したての薬草は鮮度が値段に直結する。
だから普通の探索者は、時間との勝負になる。
早く運ぶか、現地で諦めるか。
でも俺のボックスの中では、時間が止まる。
それはつまり、鮮度が落ちないってことだ。
「ヤバいな……」
試しにさらに奥で、ソロでは持ち運びを諦めるレベルの巨大キノコを見つけた。
傘の直径は一メートル近い。
普通なら切り分ける。
傷むし、運ぶのも面倒だからだ。
でも俺は、そのまま収納した。
余裕で入った。
帰還後、素材買取所に持ち込むと、査定員の目の色が変わった。
「ちょ、ちょっと待ってください。これ、切断なしの原型保持ですか?」
「はい」
「採取からどのくらいです?」
「二時間くらいですけど……」
「ありえない鮮度です。保冷処理でもしたんですか?」
「まあ、似たようなものです」
ごまかして答える。
査定額は、予想の1.8倍になった。
その帰り道、俺はコンビニ前で立ち止まった。
手の中のレシートを何度も見返す。
同じ素材でも、状態が良ければ値段が跳ねる。
大きくて持ち帰れない物を、そのまま運べる。
しかも時間停止で鮮度も落ちない。
ただ容量が大きいだけじゃない。
この【アイテムボックス】は、ダンジョン収益そのものを変える能力だ。
さらに夜。
ネットで探索者掲示板を眺めていた俺は、ある書き込みで指を止めた。
『第七区府中ダンジョンでレイド準備中。搬出担当できる収納持ち急募。ただし上級容量必須』
『今回のボス、死骸がデカすぎて解体班待ちになるらしい』
『報酬は山分けだけど、運び切れない素材は放棄もあり』
放棄。
その二文字に、胸が大きく脈打つ。
ダンジョンでは珍しくない。
倒せても、運べない。
解体が追いつかない。
搬送費のほうが高い。
そうやって価値のある素材が置いていかれる。
でも、俺なら?
「……全部、持って帰れるんじゃないか?」
呟いた瞬間、自分の声がやけに鮮明に聞こえた。
今までは荷物持ちだった。
けど、このスキルの本当の価値は、そこじゃない。
誰も運べない物を、運べる。
それだけで、ダンジョンの儲け話は一気に変わる。
レイド級の報酬。
巨大ボスの死骸。
解体前提で放置される高額素材。
もしそれを丸ごと持ち帰れたら――。
俺の【アイテムボックス】は、たぶんバグってる。
そしてこのバグは、探索者としては大当たりだ。
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