第17話 規格外
集合は、都内のダンジョン施設の搬入口だった。
朝7時。20人の遠征隊が装備の最終確認をしていて、蛭田が資料を手に全体を見渡していた。
「倉橋さん、物資はこちらです」
資料を受け取った。
品目と数量が並んでいて、合計重量が820キロと出ていた。
台車のそばに立って、収納を始めた。
装備の箱、食料のケース、工具のコンテナ、医薬品の袋、修理用の鋼材。
順に手を当てながら念じ、確認しながら収納した。
5分で台車が空になった。
蛭田が近づいてきた。
台車を一度見て、何も言わずにリストの最下段に数字を書いた。
「倉橋さん」
声をかけてきたのは若い男だった。20代後半くらい、動きやすい格好で荷物を何も持っていなかった。
「瀬川といいます。うちのボックス担当です。一応ご挨拶を」
「倉橋です。よろしくお願いします」
「俺のは普通のやつで、容量は70キロが上限くらいです。消耗品とか、細かいものなら補助できますので、何かあれば」
「ありがとうございます」
瀬川が台車を見た。820キロが消えた後の何もない台車を少しの間見てから、持ち場に戻っていった。
蛭田がそれを見ていたが、何も言わなかった。
そして出発の声がかかった。
◇
遠征の最初の3日間は問題なく動いた。
食料と消耗品を都度出しながら、隊のペースに合わせた。
瀬川が自分のボックスから細かい物資を取り出す場面もあって、お互いに声をかけながらやっていた。
2日目の昼過ぎ、6層で魔物の群れと遭遇した。前衛が対処して、10分かからずに片付いた。
解体が終わると素材の回収が始まって、俺は指示された分をまとめて収納した。
瀬川も動いていた。解体された素材のうち何体か分の鱗と牙を自分のボックスに入れながら、「これ、班ごとに分けておくと後で楽なんで」と言っていた。
4日目の昼前、瀬川が来た。
「すみません」が最初の言葉だった。
「消耗品の管理なんですが、俺のボックスが今朝から容量オーバーで。全部お願いしていいですか」
「大丈夫です」
「本当に申し訳ないです。素材を何体分か引き受けてたら、それで思ったより早くいっぱいになってしまって」
「持てますよ」
瀬川が少し間を置いた。
「倉橋さんのって、どのくらい入るんですか」
「正確には測ってないです」
「820キロ入れて、まだ余裕ある感じですか」
「まだ入ります」
瀬川は黙った。少しだけ口を開いて、やめた。
「助かります」と言って前に戻った。
それ以降、消耗品の管理はすべて引き受けた。
瀬川は搬出補助とマッピングの仕事に移った。
◇
6日目の夕方、蛭田が来た。
「補給の確認をしたいです。今の残量を教えてもらえますか」
内部表示を確認した。
「食料が11日分。医薬品は出発時の9割。予備装備は全量、工具も全量です」
後ろで隊が止まっていた。
蛭田がメモに書いた。しばらく黙っていた。
「通常の6日目のこの深さだと、食料は2〜3日分まで減っています。そこから引き返すか、薄い補給で深部を目指すかの判断になる。今まではそこで折り返していました」
「今回は続けられます」
蛭田が頷いて前に向かい、「続行します」と告げた。
前衛が動き出した。
その30分後、8層の奥で装備の破損が出た。
前衛の1人の剣に亀裂が入って、鍛冶担当が呼ばれた。
工具を全部出してほしいという話だったので、「鍛冶工具」と念じると一覧が浮かんだ。
フルセットを展開した。
修理に約40分かかった。摩耗と劣化で亀裂の入っていた剣が修復されて、前衛が確認してから前に進んだ。
鍛冶担当が工具を返しながら言った。
「こんなにセットが揃ってるの、今回が初めてですよ」
「そうですか」
「いつもは重量の都合で絞って持ってくるんで。細かい加工ができなくて、応急処置で誤魔化すことが多かった」
前衛を追いながら、鍛冶担当が行った。
蛭田の手帳に何かが記録されていくのが見えた。
夜営のとき、隊の何人かが話していた。
「8層まで入ったのは、今回が初めてじゃないか」
「そうだな。いつもこの手前で折り返してた」
「補給さえあれば行けるんですよ。いつも物資が足りなかっただけで」
焚き火の煙が流れた。話が途切れて、別の話になった。
◇
7日目の朝、撤収の前に蛭田が来た。
「最終の確認をさせてください」
「食料が10日分。医薬品は出発時の9割。6日目の修理で鋼材を少し使いましたが、工具は全部戻っています。予備装備は手をつけていません」
蛭田がメモに書いた。しばらく黙っていた。
「7日間で消費した物資の量が、計画値の3割を下回りました。6日目に8層まで踏み込んだのも、補給に余裕があったからです」
「そうですか」
「本番の話をします」
蛭田が少し間を置いた。
「国内でも難関とされているダンジョンがあります。《深霧峡》といって、縦型で30層以上ある。今まで14層が遠征の最深記録でした。補給が持たなくて、毎回そこで引き返してきた。そこの深部を、補給を維持したまま目指したい。詳しい話は来週、朝倉さんを通じておこないます」
◇
撤収の準備が整い、隊が来た道を戻り始めた。
帰路も7日かかった。魔物との遭遇は少なかったが、踏破済みの階層を確認しながら慎重に上がると、行きと変わらない日数になった。
蛭田は各フロアで余剰物資の記録を取り続けていた。
最終日の昼前、施設の出口で帰着の報告をして、隊員が順番に散っていった。
俺は最後に出た。
収納の中身を確認して、すべて元通りになっていることを確かめた。
◇
施設を出て駅に向かうところで、朝倉からメッセージが届いた。
『蛭田さんから連絡がありました。本番の面談を来週入れたいとのことです。日程を調整してよいですか』
了承と返した。
改札を抜けて、ホームで電車を待った。
瀬川が4日で容量の上限に達した理由は、遠征の消耗品が想定より多かったからだった。
普通のアイテムボックスは遠征向きには設計されていない。それだけのことだった。
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