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第13話 霧

 三木からメッセージが届いたのは、霞ヶ関の面談から3日後だった。


 「資料をまとめました。確認してください」


 添付ファイルを開くと、撤退3回分の詳細記録が整理されていた。

 防護服の損傷箇所、霧の広がる速度、推定個体数、各回の撤退判断に至った経緯——岸本から受け取った資料より格段に情報密度が高かった。


 「個体数の最大推定が12体になっています」


 俺は返信した。


 「はい。1回目は8体を確認。2・3回目は撤退が早かったので未確認分が加算されています。実際には多い可能性があります」


 「了承しました」


 「何か必要なものがあれば言ってください。現地の地形データも送れます」


 話が早い人間だった。



 ◇



 九州には新幹線で向かった。


 福岡駅で神崎チームと合流した。

 前回と同じ4人の前衛、2人の補助。


 「2回目ですね」


 神崎が言った。前回より少し話し方が自然だった。


 「よろしくお願いします」


 「今回の対象、映像記録は見ました。我々が前衛を担当するとして——霧の発生範囲には入れません」


 「分かっています。霧の手前で止まってください」


 「倉橋さんが前に出る、ということですか」


 「霧の境界まで近づければ十分だと思います」


 神崎が少し間を置いた。


 「……了解しました」


 それ以上は聞かなかった。

 前回の北海道を経ているからか、細かく確認してこなくなっていた。



 ◇



 《霞蝕洞》は、福岡郊外の丘陵地帯にある。


 名前の通り、内部に霞のような気流が常に発生している洞窟型のダンジョンだ。

 自然発生の霧なのか、《腐霧種》が広めたものなのかは判断できていないという記録が三木の資料にあった。


 9層。三木の資料に記載された最終確認層だ。


 降りていくにつれて空気が重くなる。

 8層を過ぎた辺りから、壁面に薄い変色が見られた。岩が、少しずつ溶けている。


 「ここから先、防護を確認してください」


 朝倉が言った。

 全員が装備を締め直した。


 9層に入った瞬間、それは見えた。


 通路の先に、白い霧の塊があった。


 動いている。ゆっくりと揺れて、境界が滲んでいる。

 その中に、影が見えた。複数の影が、霧の中で静かに動いていた。


 「《腐霧種》です」


 朝倉が低く言った。


 「霧の範囲はどのくらいですか」


 「前方約10メートル、高さ2メートル前後。前回の記録より少し広い」


 神崎チームが左右に広がって包囲を形成した。

 ただし全員、霧から5メートル以上距離を取っている。

 それより近づいたら防護が持たない。


 俺は1人、霧の境界まで歩いた。


 1メートル手前で止まった。


 霧の端が、ゆっくり近づいてくる。


 影が霧の中で動くのが分かる。個体の輪郭がある。近い。


 意識を向けてみた。霧を通して、向こう側の個体へ。


 触れていない。届くか分からない。ただ、やってみるしかなかった。


 【環境を検知しています——】

 【対象周辺に気体環境(腐食性)を確認】

 【周辺霧域を含めて収納しますか?】


 水の時と、同じだった。


 「入ります。霧ごと」


 朝倉が息を吞む気配がした。


 了承する。


 白い霧が、音もなく、痕跡もなく、まとめて消えた。


 通路が見えた。

 壁面に変色の跡だけが残っていた。


 神崎チームの誰かが、小さく何か言った。

 言葉ではなかったかもしれない。


 内部表示を確認した。


 【腐霧種 ×8】

 【収納時の状態:群れ単位で停止中(生存確認)】

 【腐食性霧域:停止中】

 【経過時間:0秒(内部停止)】


 「8体です」



 ◇



 地上に戻って、三木に連絡した。


 「8体、収納しています」


 返信は30秒で来た。


 「了解しました。確認リストを送ります」


 リストには15項目あった。

 個体の状態・収納中の霧の挙動・取り出し時の安全手順・保管容器の仕様——実務家が現場から情報を取りに来る項目の並びだった。


 俺は一つずつ答える。


 「取り出しは研究所内で対応します。座標固定展開の準備ができ次第連絡します」


 「分かりました」


 岸本からの連絡は翌朝だった。

 正式な報告フォーマットに沿ったメッセージで、記録番号がついていた。


 「今回の件、正式に収納完了として記録しました。お疲れ様でした」



 ◇



 納品を完了した夜、三木からもう1件メッセージが来た。


 「《腐霧種》の件ですが、今回の個体と同種と見られる個体群が、九州以外でも確認されています。現在7か所。ダンジョン庁が指定危険種の申請を進めています」


 「7か所」


 「はい。全部、現地処分か放置になっています。研究対象として確保できた例は今回が初めてです」


 俺は少し考えた。


 「全部、同じ方法で対応できると思います」


 「分かりました。岸本さんに共有します。スケジュール調整が来ると思います」


 三木の文章は短かった。感謝の言葉もなく、次の話に移っていた。


 それが、むしろ仕事として扱われている感覚があって、悪くなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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