第11話 毒も、止まります
「条件は3つです」
御厨との2回目の面談で、俺は先に口を開いた。
「専属契約はしない。案件ごとの協力費で動く。俺のスキルの仕組みについては説明しない」
御厨が少し眉を上げた。
「3つ目は、なぜですか」
「説明する意味がないからです。結果が出れば十分で、仕組みは関係ない」
御厨がこちらを見た。
「……前回の面談と、印象が変わりましたね」
「前回は話を聞く側でした」
朝倉が隣でスマホを開いている。
御厨が少し考えてから、頷いた。
「分かりました。3つ、了承します」
それだけで、契約の骨格が決まった。
◇
「次の依頼がありますが、聞きますか」
朝倉が手続き書類をまとめながら言った。
「はい」
「断言が早い」
「御厨さんがわざわざ対面で話したいと言ってるので、今日がその場だと思っていました」
御厨が小さく笑った。
「正解です」
資料が出てきた。写真には、暗い洞窟の岩肌に張り付いた黒い甲殻の生物が映っていた。
体長は20センチほど。目立たない見た目だった。
「《毒影蟲》です。群馬のダンジョンに生息する種で、尾部から猛毒の分泌液を出します。1滴で成人の神経を麻痺させる濃度で、医療用の神経遮断薬への応用を研究しています」
「捕獲が難しい種ですか」
「捕獲はできます。問題は分泌液への接触です。甲殻に触れるだけでは出ない。ただ、刺激を受けると尾部から噴霧する。過去の試みで4人が救急搬送されています」
「防護服では?」
「完全密閉型を使いましたが、狭い通路での機動性が落ちる。噴霧を受けた場合の除染に時間がかかる。そもそも生体のまま輸送する手段がない」
俺は写真を見た。
「1つ確認させてください」
御厨が頷く。
「毒は——俺のボックスに入れた後も出続けますか」
「どういう意味ですか」
「ボックスの中では時間が止まります。生命活動も止まる。分解も止まる。毒素の分泌も——止まると思いますが、確かめたことがない」
御厨が少し黙った。
「つまり、生体ごと収納できれば、毒も封じ込められる可能性がある、ということ?」
「可能性は高いと思います。試せば分かります」
◇
《暗霧洞》は群馬県の山中に存在する、低層で横に広いダンジョンだ。
内部は薄暗く、霧が常に漂っている。魔物の密度は低いが、視界が悪い。
今回は朝倉と前衛2人、計4人の構成だ。
5層の岩場エリアで、《毒影蟲》を見つけた。
岩の隙間に数体、静かに張り付いていた。
動きは少ない。待機しているように見えた。
「あれです」
朝倉が声を落とした。
「噴霧の射程は?」
「50センチ程度、と報告にあります。ただ刺激次第で変わる可能性があります」
俺は防護用の薄手グローブを外した。
「倉橋くん」
「収納は直接接触が必要です。グローブ越しだと反応が鈍い」
「……万が一の場合は」
「すぐ離れます」
朝倉が短く息を吐いた。
俺はゆっくり近づいた。
岩の表面に張り付いている1体の、甲殻の端に指先を触れた。
即座に念じる。
【収納しますか?】
【対象:毒影蟲】
【状態:生存中】
【警告:生体対象です。収納中は生命活動を停止状態に保ちます。取り出し後、活動を再開します】
【付記:対象の毒素分泌機能も停止状態に保ちます】
付記が出た。
「入ります。毒素の分泌も止まると表示が出ました」
了承する。
甲殻が消えた。隣の個体は動かない。刺激を与える前に処理できた。
「……静かに消えましたね」
前衛の1人が言った。
俺はもう1体に触れた。また1体。
計3体を収納した。
◇
地上に出て、内部表示を確認した。
【毒影蟲 ×3】
【収納時の状態:停止中(生存確認)】
【毒素分泌機能:停止中】
【経過時間:0秒(内部停止)】
「全部止まっています」
朝倉が表示を覗き込んだ。
「毒素まで止まるのは——想定してましたか」
「生命活動が止まるなら、分泌も止まると考えていました。表示で確認できたのは今回が初めてですが」
「……報告書にどう書けばいいか」
「結果だけ書けば十分だと思います」
御厨に連絡して、座標を受け取る。
【座標固定展開 毒影蟲 ×3 展開先:確認済み】
了承する。
御厨から着信が来たのは、その10秒後だった。
「3体、確認しました。活性は——」
しばらく間があった。
「活性、正常です。それと——毒腺を確認しましたが、分泌の痕跡がない」
「収納中は毒素の分泌も止まっていました」
「……防護設備のないラボで扱える状態で届いた、ということですか」
「取り出した後は通常通り分泌します。扱いには注意してください」
「もちろんです。ただ——これは、うちが想定していた以上の話になります」
◇
翌日、御厨からメッセージが届いた。
「昨日の件、内部で共有しました。それと——先週から、政府系の研究機関がうちに問い合わせてきています。毒性生物の安全な収集・保存・輸送に関して、協力できる事業者を探していると」
「どういう機関ですか」
「防疫関連の研究施設です。詳細は面談で話したいと言っています。倉橋さんの名前は、まだ出していません。ただ、話を聞く気があれば、つなぎます」
防疫関連。
政府系。
俺は少し考えてから、朝倉に転送した。
返信は素早かった。
「内容を確認してから判断しましょう。ただ——これ、また規模が変わりますよ」
俺は窓の外を見た。
たしかに。
ボックスに入れれば毒も止まる。危険物も止まる。爆発するものも、腐食するものも——入れてしまえばその瞬間から動かなくなる。
考えてみれば、当たり前の話だった。
それが今まで誰も解決できなかった問題に、次々と答えを出している。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




