第1話 荷物持ちの俺にだけ、変な【アイテムボックス】がある
「倉橋、回復薬三箱。あとは換金用の鉱石袋、持っとけ」
「はい」
言われた通りに受け取って、俺――倉橋悠真は背中の大型パックを持ち上げた。
肩に食い込む重さで、息が詰まる。
東京都外縁部、第七号府中ダンジョン。
浅層とはいえ、休日ともなれば探索者で混む人気の稼ぎ場だ。
もっとも、俺は狩る側じゃない。
荷物持ち。
雑用係。
人数合わせの最低戦力。
それが、探索者としての俺の立ち位置だった。
「おい悠真、遅れるなよ。お前、戦えねえんだからせめて荷物くらいちゃんと運べ」
先頭を歩く槙野が笑う。
その横で、剣士役の男と回復役の女も苦笑いした。
反論はしない。できない、が正しい。
実際、俺のスキルは戦闘向きじゃない。
ステータスも低い。攻撃系スキルもない。
あるのは、生まれつき発現していた【アイテムボックス】だけだった。
探索者にとって収納系スキルは珍しくない。
でも、それはたいてい補助スキル扱いだ。
容量はせいぜい木箱一つ分、重さ制限も厳しい。
回復薬やナイフ、予備装備を少し持てれば十分と言われる程度のもの。
俺もそう思っていた。
いや、正確には――思わされていた。
「よし、ここで一回素材まとめるぞ」
ダンジョン五層の小広間で、槙野たちが倒したコボルトの牙や魔石を床に広げる。
今日だけでかなりの量だ。
「悠真、お前のボックスにも入れとけ。俺らの収納、もうきついから」
「分かった」
しゃがみこんで、牙の束に触れる。
意識を向けると、視界の端に青白い枠が浮かぶ。
【収納しますか?】
頭の中で了承した瞬間、牙の束がふっと消えた。
次に魔石袋。
その次に、討伐証明用の耳。
さらに予備武器、携帯食、ロープ、ピッケル、採掘用ハンマー。
「……あれ?」
「どうした?」
「いや、まだ入るなと思って」
「お前のボックス、前から妙に入るよな」
槙野が気にも留めず笑った。
俺も苦笑いで返したが、内心ではずっと違和感があった。
入る量が、おかしい。
高校の頃、俺の【アイテムボックス】はすでに一般的な収納スキルより広かった。
教師には「当たり個体かもな」と軽く言われたが、測定器では正確な容量が出なかった。
理由は不明。
再検査しても数値が安定しなかったから、結局「収納系・やや大きめ」で片付けられた。
その後も、使えば使うほど容量が増えている気がしていた。
けれど、こんな地味スキルで人生が変わるはずもない。
そう思って、深く考えるのをやめていた。
「次、奥行くぞ」
探索を再開して一時間後。
七層手前の通路で、不運が起きた。
「ギィァァァァッ!!」
横穴から、上位種のオークが二体飛び出してきたのだ。
「なんでこんな浅い所に!?」
「散開!」
槙野たちが慌てて迎撃する。
だが相手は硬い。しかも通路が狭く、後衛が動きづらい。
俺は邪魔にならないよう壁際に寄った。
その時、槙野の蹴った荷物袋が床を滑って、オークの足元に転がる。
「ちっ、回復薬が!」
袋の口が裂け、中身が散らばった。
しかもオークの棍棒が振り下ろされ、通路の壁が崩れる。
土砂と一緒に、奥に積まれていた鉱石の塊まで雪崩れ落ちてきた。
「まずい、退路が塞がる!」
その瞬間、反射的に手を伸ばしていた。
崩れた岩。散らばった荷物。鉱石。
全部まとめて触れ、収納を念じる。
【収納しますか?】
【複数対象を確認】
【一括収納を実行します】
ごっそり消えた。
「……は?」
槙野が間抜けな声を漏らす。
俺自身も一瞬動けなかった。
今の、何だ。
岩だけじゃない。
通路を埋めるほどの土砂と鉱石、それに回復薬の箱まで一気に消えた。
普通の【アイテムボックス】で、あんな量をまとめて収納できるわけがない。
「お、おい悠真、お前今……」
「分からない。けど、通路は開いた!」
「くそ、助かった! 押し返すぞ!」
空いた足場を使って陣形を立て直し、なんとかオークを討伐する。
戦闘後、全員が息を切らしながら俺を見た。
「今の、岩ごと入れたのか?」
「……たぶん」
「たぶんって何だよ」
「いや、本当に分からないんだ。こんなの初めてで」
嘘じゃなかった。
少なくとも、あんな質量を一気に収納したのは初めてだった。
だが、そこで俺は思い出す。
子供の頃、一度だけ家の物置で似たことがあった。
段ボールを片付けていたら、棚ごと消えかけて母親に怒鳴られたのだ。
危ないから使うなと言われ、それ以来、大きい物にはなるべく試してこなかった。
……もしかして。
俺の【アイテムボックス】って、普通じゃないのか?
「悠真、さっき収納したやつ、出せるか?」
「やってみる」
意識を内側に向ける。
すると、頭の中に見慣れない表示が並んでいた。
【収納数:412】
【総重量:計測不能】
【空き容量:――】
【個別展開/一括展開/座標固定展開】
「……なんだこれ」
「どうした?」
「表示が増えてる」
誰にも見えないそれを、俺だけが見ていた。
空き容量の欄は、数字じゃなかった。
ただ横線が続いている。
計測不能。
空き容量不明。
そんなスキル表示、聞いたことがない。
震える手で、まず回復薬だけを取り出す。
次に鉱石。
最後に崩れた岩を少しだけ脇へ出した。
本当に入っていた。
しかも、分類された状態で。
「マジかよ……」
槙野たちの目が変わる。
荷物持ちを見る目じゃない。珍しい道具を見る目だ。
「悠真、お前、そのスキル……かなり使えるんじゃないか?」
その言葉に、俺はすぐ頷けなかった。
使える。
たぶん、すごく。
でも同時に、嫌な予感もした。
もし本当に俺の【アイテムボックス】が普通じゃないなら、これまでの扱いは何だった?
荷物持ちで終わるはずだった俺は、何を運べて、どこまで持ち帰れる?
ダンジョンでは、持ち帰れない戦利品は価値がない。
逆に言えば――持ち帰れるなら、それは全部金になる。
その当たり前の事実が、急に重くのしかかってきた。
俺のスキルは、ただの荷物入れじゃないのかもしれない。
そう思った時にはもう、胸の奥が妙に熱くなっていた。
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