82.6センチ 63.4秒
山本さんは今度は適当に草を引っこ抜きぽいっと捨てた。
「ダンジョンってもとに戻ろうとする謎の力がある、自動修復機能っていうの?初期化って呼ぶ人もいるけれど、こうして抜いた草も掘った穴も、壊れた壁も、倒した木も、半日で元通り」
「あ、ってことは、杭を打っても元に戻っちゃうってことですか?だから家が建てられない?いやログハウスを建てたって言ってましたっけ?プレハブみたいな地面に基礎を作らないタイプなら大丈夫なのかな?」
山本さんが面白そうに笑っている。
「そう、昔はいろんな人がいろんなことを試したんだけどね。一番の問題はこれ」
山本さんが、ポケットから飴を取り出して口に入れ、包みをぽいっと捨てた。
ごみを投げ捨てるなんてお行儀が悪いと思ったけれど、何か理由があるのかな……?
「あ……消え……た。まさか……」
「そう、持ち主の手から82.6センチ以上離れると、63.4秒で消えちゃう。ダンジョンにあった物だけじゃなくて外から持ち込んだものも全部ね」
「家を建てても、1分離れただけで消えてなくなっちゃうってことですか?」
うんと頷く山本さん。ダンジョンに家を建てても家を一歩も出られないのはむしろ牢屋に入ってるようなものだよね。
「じゃあ、ゴミ処理に使えるんじゃないかって思わない?」
「そうですね。消えちゃうなら焼却処分よりもエコロジーですよね」
「ゴミ処理に使った自治体があったんあけどね、魔物が増えてスタンピードが起きたのよ。ダンジョンがまるで怒っているかのようにね」
私が考えるようなことなど、10年の間に誰かが試しているか。そりゃそうだよね。
そのうえで、ゴミ処理場にしもできないし、住むことも現実的ではないんだ。家が建てられず野宿で過ごすと、今度は魔物にいつ襲われるかと警戒しなければならないってことだよね。そりゃ住みたくないや。家賃がただでも。
「で、次、ここはお見合い場所ね」
案内された場所には、同じくらいの年齢の男女が談笑している。40人くらいいるだろうか。
「まぁ、ダンジョンに来たくないって人たちが集まって、相手を見つけ結婚して出ていこうって場所」
お見合い……確かに、本気で結婚したい、年齢の近い男女が集まっているんだから成婚率も高いの、かな?
「普通に恋愛してから結婚する人ばかりじゃないのよ。形ばかりの政略結婚から別居婚、いろいろな方法があるわよ。遠方からの参加者もいるわね。気にいる人が見つかるまで各地のダンジョンを回っている人とかね。週末はこの倍くらいの人数が集まるわ」
ぎらついた目の男女。
どうして結婚できなかったんだろうって見た目の人から、まぁ結婚できないだろうなぁという感じの人まで様々だ。
必死な空気で息が詰まりそうだ。
友達の婚約者を寝取ってまでダンジョン行きを回避した玲亜を思い出して吐き気がしてきた。
「……結婚は、しばらく考えたくないかな……」
山本さんが首を傾げた。
「しばらく?でも早い方がいいわよ。40歳で子供がいないと週8時間の独身者動員法じゃなくて、無扶養者動員法で魔石の納品義務が課せられるようになるから……まぁつまり、魔物を倒さなければいけないくなるのよ?」
心配して言ってくれているのはわかるので、苦笑いするしかない。
「一昨日、婚約破棄されたばかりなので」
山本さんがあっと口をふさいだ。
「ごめんなさい……その」
「いえ、いいんです。……なんていうか、もういろいろ分からなくて……」
振られたことを悲しむべきか、裏切られたことを怒るべきかすら分からない。彼のことが本当に今でも好きなのか、すっかり気持ちが覚めてしまったのか。
ぽかっと感情ごと穴が開いてどっかへ行ってしまったような感じだ。
ただ、今は……やることが多くて考えられないだけなのかもしれない。
ちょうど父が突然亡くなった時のようだ。葬式でも泣けず、相続関係の処理をしたり忙しく過ごしている間に日々がすぎ……。1か月ほどたったころにボロボロと夜になると涙を流す日が続いた。3か月が過ぎたころにやっと落ち着いたんだったかな。
「うん、そうだよね。ゆっくり考えればいいよ。で、最後に、お待たせしました!魔法訓練所!」
案内されたの場所は岩の壁際で、壁に向かって20人ほどが魔法を放っている。
手のひらから出た火の玉、水の玉、雷、風の塊がダンジョンの壁を次々傷つけている。
「お、おおお、おお!魔法、私にも使えるのかな?」
山本さんがんーと、首を傾げた。




