第七夜 ―― 断たれた動脈と、迷宮の案内人 ――
第七夜 ―― 断たれた動脈と、迷宮の案内人 ――
御用達商人の処刑から一夜。
王宮の空気は、浄化されたというよりは、むしろ「空虚」に満たされていた。
ザルカ王の元には、夜明けとともに東方からの早馬が次々と届いていた。悪徳商人が独占し、強引に繋ぎ止めていた流通網は、彼の死とともに糸が切れたように崩壊したのだ。
「……東の関所が封鎖され、砂漠の盗賊団が跳梁している。余が膿を出した結果が、この麻痺か」
王は冷めた晩餐を前に、自嘲気味に呟いた。
サフィアは、王の前に置かれた「空の器」を見つめ、静かに語り始めた。
◆ サフィアの語り 第七夜 ――「迷宮の門番と、影の地図」
むかし、ある大国に、全ての道が自分に通じていると信じている傲慢な王がおりました。
ある時、王は自国の不正を正すため、汚職にまみれた「道の管理者」たちを一人残らず追放しました。王はこれで国が清らかになると信じていましたが……翌朝、全ての道が「壁」に変わっていたのです。
道を知る者がいなくなったのではありません。
悪徳な管理者たちは、道の中に「自分たちにしか通れない抜け道」を作り、正規の地図をあえて書き換えていたのです。彼らが消えた瞬間、道はただの迷宮と化し、誰も王宮へ辿り着けなくなりました。
困り果てた王の前に、一人の風変わりな「案内人」が現れました。
その男は、煌びやかな衣装も、権威ある杖も持っていません。ただ、薄汚れた「一袋のスパイス」と、古びた羅針盤を持っているだけでした。
男は言いました。
『王よ。あなたが壊したのは汚れた門ですが、同時にその門が隠していた「魔物の住処」を剥き出しにしました。今、道に必要なのは剣ではなく、砂漠の風を読み、魔物とさえ取引できる「商人の鼻」です』
男は、王が今まで見向きもしなかった「裏道」や「無名のオアシス」を繋ぎ合わせ、新たな地図を描き始めました。
それは、権力者が引いた真っ直ぐな道ではなく、砂嵐を避け、獣の足跡を追い、小さな村々の情けを繋ぎ合わせた、生きている地図でした。
『王よ。道は統治するものではなく、呼吸させるものです。あなたが誰かを信頼し、その者の鼻に先導を任せる勇気があるなら……東の門は、再び開くでしょう』
サフィアは語り終え、懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出し、卓の上に広げました。
それは、彼女の父が十七年かけて書き記した、御用達商人さえ知らなかった「東の真の交易地図」でした。
「王様。悪徳商人は、東の道を『独占』するために、あえて盗賊や関所と結託し、問題を複雑に見せていただけなのです」
サフィアの指が、地図上の一点を指しました。
「今、東で起きているトラブルは、彼がいなくなったことへの『反動』に過ぎません。……父は、わたくしをここに送る際、この地図をわたくしの記憶に刻み込ませました。わたくしが、その『案内人』となりましょう」
ザルカは、羊皮紙に描かれた緻密な線を見つめた。
そこには、王宮の書庫にあるどの地図にも載っていない、名もなき泉や細い獣道が記されていた。
「……サフィア。貴様は余に、玉座を降りて砂を噛めと言うのか」
「いいえ、王様。わたくしが言いたいのは――」
サフィアは不敵に微笑んだ。
「本物の美味い食材は、平坦な道には落ちていない、ということでございます」
ザルカは深く息を吐き、サフィアが差し出した地図を、自分の手元へと引き寄せた。
「……よかろう。第七夜の報酬だ。東の交易路の再建、その全権を一時的に貴様に預ける。ただし――」
王は、毒の入っていない葡萄酒を自分の杯に注ぎ、一気に飲み干した。
「物語の続きは、道中で聞かせろ。余も、その『砂漠の風』とやらを嗅ぎに行くとしよう」
――第七夜、了




