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『毒杯の晩餐と百の献立(メニュー)』  作者: 水前寺鯉太郎


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第五夜 ―― 秤の上の娘と、消えた産地証明 ――

第五夜 ―― 秤の上の娘と、消えた産地証明 ――

 今夜、ザルカ王はいつにも増して苛立っていた。

 彼の前には、サフィアの父がかつて扱っていたという「最高級の絨毯」が広げられている。しかし王には、その緻密な模様も、吸い付くような手触りも、ただの「偽り」に見えていた。

「語れ、サフィア。強欲な商人が、いかにして愛娘を銀貨と引き換えに売ったのか。……その醜い物語をな」

 王の言葉は、かつて自分を裏切った者たちへの憎悪で濁っていた。

 サフィアは絨毯の端に指を触れ、その感触を確かめるようにして語り始めた。

◆ サフィアの語り 第五夜 ――「秤を持つ商人の沈黙」

 むかし、砂漠を股にかける一人の老いた商人がおりました。

 彼は天秤てんびんをこよなく愛し、世界中のあらゆるものに「値段」をつけられると豪語していました。黄金、宝石、果ては人の忠誠や、王国の未来まで。

 彼には一人娘がおり、彼は娘を誰よりも慈しんでいました。

 しかしある年、商人は全財産を失うほどの大きな損失を出してしまいます。東の交易路が閉ざされ、運び込んでいた香辛料が全て砂に変わってしまったのです。

 借金取りに囲まれた商人は、最後に残った「最も価値あるもの」を秤に乗せました。

 ――自分の娘です。

 商人は娘を、冷酷な王のもとへ差し出しました。街の人々は彼を指差し、「娘を売った守銭奴め」と嘲笑いました。娘自身も、父の背中を見つめながら、絶望の淵に立たされました。

 ですが、王様。

 商人が娘を差し出す直前、彼女の耳元で囁いた「最後の言葉」を知る者は、誰もおりません。

「お前を売るのではない。お前に、この国で最も価値のある『物語』を買いに行かせるのだ。……もしお前が、その王の心に隠された『真実の味』を書き記すことができたなら。その時、この秤は初めて、黄金よりも重い価値を指し示すだろう」

 商人は、娘を売ったのではありません。

 彼は、王という名の「最も難解な商品」を値踏みするために、自分の心臓むすめを投資したのです。

 そして商人は、娘を送り出した後、自分の舌を自ら焼き切りました。

 ――自分が売った「娘という名の担保」が、王の元で無事に価値を証明するその日まで。自分は二度と、この世の美味を口にしないと誓ったのです。

 サフィアは語り終え、伏せていた顔をゆっくりと上げました。

 彼女の瞳には、涙はありませんでした。ただ、商人の娘としての、鋭く冷徹な「値踏み」の光だけが宿っていました。

「王様。父がわたくしを差し出したのは、借金のためではありません」

 サフィアは一歩、王の玉座へと近づきました。

「父は、この王宮に巣食う『毒』の正体を知りたかったのです。東の交易路を止め、塩を偽物にすり替え、王の舌を麻痺させている者が、誰なのかを。……わたくしは売られた娘ではなく、父から放たれた『目』なのです」

 沈黙が、雷鳴のように謁見の間に轟いた。

 ザルカ王は、握りしめていた絨毯の端を、知らず知らずのうちに引きちぎっていた。

 サフィアが語ったのは、父親の愛情の物語ではない。それは、自分を包囲している「見えない敵」の存在を、物語の形を借りて突きつける**「宣戦布告」**だった。

「……面白い」

 ザルカは低く笑った。その笑いには、狂気と、そして初めての「昂ぶり」が混じっていた。

「サフィア。貴様は余の心を買いに来たと言ったな。……よかろう。だが、余の心は高いぞ。百夜の物語ごときで、買い叩けると思うな」

 王は卓の上の冷めたスープを、一気に飲み干した。

 毒が入っているかもしれないその液体を、彼は今、確かに「熱い」と感じていた。

「明日の夜は、その『毒の正体』について語れ。……もし余を納得させられれば、御用達商人の首を、貴様の前に並べてやろう」

 ――第五夜、了

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