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『毒杯の晩餐と百の献立(メニュー)』  作者: 水前寺鯉太郎


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第四夜 ―― 絶望の澱(おり)と、最後の晩餐 ――

第四夜 ―― 絶望のおりと、最後の晩餐 ――

 月光が、ザルカ王の頬を青白く照らしていた。

 王は今夜、自分に出された料理を一口も食べていない。卓に並んだ豪華な肉料理も、澄み渡ったスープも、まるで毒そのものであるかのように遠ざけていた。

「……サフィア。その料理人は、少女の問いに何と答えた」

 サフィアは、王の前にひざまずくこともなく、静かに語り始めた。

◆ サフィアの語り 第四夜 ――「青年の決断」

 空っぽの瞳をした少女が、青年に問いかけました。

「おじさんのスープ、おいしい?」

 その声には恨みも、悲しみもありません。ただ、全ての感情を塩として絞り尽くされた後の、虚無だけがありました。

 青年は、手元に残された最後の一掴みの白銀の塩を見つめました。

 それがあれば、晩餐会に並ぶ美食家たちは狂喜し、自分に莫大な富と名声を与えるでしょう。しかし、その輝きの正体を知った今、青年の舌は、自分の作ったスープを「泥」としてしか認識できなくなっていました。

 青年が下した決断は、一つでした。

 彼は、重鎮たちが待つ大広間へ向かいました。そして、彼らの目の前で、最後の一振りの塩を――自分の口の中に、全て放り込んだのです。

「……何をした」

 ザルカが低く問いかけました。

「自ら『幸福』を喰らったのですか、と?」

 サフィアは首を振りました。

「いいえ、逆です。この塩には、もう一つの性質がありました。それは、**『幸福を奪われた者の絶望を、一気に引き受ける』**という呪いです」

 青年が塩を飲み込んだ瞬間、彼の脳裏には、地下室で感情を奪われた数百人の子供たちの「最後に感じた絶望」が、奔流となって流れ込みました。

 青年は叫ぶこともできず、ただ涙を流しました。

 しかし、その涙は白銀ではありませんでした。真っ黒な、すすのような色をしていたのです。

 彼はそのまま、厨房に火を放ちました。

 豪華な晩餐も、白銀の塩の製法も、そして自分自身の才能も、全てを「灰の街」の名の通り、灰に帰すために。

 炎の中で、青年は最後に少女を抱きしめました。

 彼の流す「黒い涙」が少女の頬に触れた時……ほんのわずかですが、少女の瞳に、自分を抱きしめる人間の「熱」が伝わったと言われています。

 それが、彼女が取り戻した唯一の感情でした。

 物語を終え、サフィアはザルカ王の目をまっすぐに見つめました。

「青年は、富を捨て、命を捨てて、せめて『自分の罪』を飲み干したのです。……さて、王様」

 サフィアは、王が避けていたスープの皿を、王の目の前へと押し戻しました。

「このスープに使われた塩が、東の岩塩ではなく、誰かの犠牲の上に作られたものだとしたら……。あなたは、それを飲み干す勇気をお持ちですか?」

 沈黙が、重く、長く、部屋を満たした。

 ザルカは震える手でさじを取り、その「疑惑のスープ」を一口、口に含んだ。

 味は、しなかった。

 だが、喉を通る熱さだけが、今の彼に「生きている」という不快な感覚を突きつけていた。

「……サフィア。明日の夜は、その商人の父親が、なぜお前を差し出したのかを語れ。それがお前の物語よりもつまらなければ――その時こそ、お前の首を刎ねる」

 ザルカは立ち上がり、背を向けて去った。

 サフィアは独り、取り残された晩餐の席で、自分の震える膝を強く押さえた。

(……少しずつ、彼の『味』が変わり始めている)

 彼女は、王が残した冷めたスープを見つめ、静かに夜明けを待った。

 ――第四夜、了

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