第二十八夜 ―― 砂塵に舞う絹と、名もなき友の助け ――
第二十八夜 ―― 砂塵に舞う絹と、名もなき友の助け ――
鬼の砦を後にしたザルカ王とサフィアは、東の都を離れ、再び果てしない砂の海へと戻っていた。
王の肩の傷は癒えつつあったが、その瞳にはまだ、ガザン将軍の最期の言葉が影を落としている。「横道」を歩んだ自責の念。サフィアは、王の心を解き放つために、月光の下で一房の「ナツメヤシ」を差し出し、第二十八夜を語り始めた。
「王様。力で屈服させる道もあれば、優しさで世界を跪かせる道もございます。……今夜は、灰にまみれた少女ガザーラが、いかにして王の心を射止めたかをお話ししましょう」
◆ サフィアの語り 第二十八夜 ――「灰かぶりのガザーラと、砂漠の宴」
むかし、ある小さな村に、ガザーラという名の清らかな心を持つ娘がおりました。
彼女は、意地悪な継母とその連れ子の娘に、来る日も来る日も過酷な雑用を押し付けられていました。煤に汚れ、破れた衣を纏う彼女を、継母たちは嘲笑い、「灰かぶりのガザーラ」と呼んで虐げていたのです。
ある日、村の領主である若き殿様が、盛大な宴を催すことになりました。
継母と娘は着飾り、ガザーラに「山のような麦の選別」と「煤だらけの台所の掃除」を命じて、意気揚々と出かけていきました。
『お前のような汚い娘に、宴の席など相応しくないわ。せいぜい灰の中で夢でも見ているがいい!』
一人残されたガザーラは、泣き言一つ言わず、ただ黙々と手を動かしました。
すると、どうでしょう。窓から小さな小鳥たちが羽ばたき、足元からは砂漠のトカゲや賢いネズミたちが現れたのです。
『ガザーラ、お前はいつも僕たちに水を与え、パンの屑を分けてくれた。今度は僕たちが、お前を助ける番だ』
小鳥たちは驚くべき速さで麦を選別し、ネズミたちは台所を磨き上げました。
さらに、ガザーラが大切に育てていた一本の木が、不思議な光を放ち、彼女に夜空の色をした絹のドレスと、片方ずつが月と太陽のように輝く刺繍入りの靴を授けたのです。
ガザーラは、まるで夢の中にいるような足取りで宴へと向かいました。
しかし、急ぐあまり、途中の砂丘で片方の靴を脱ぎ落としてしまったのです。彼女はその靴を拾う間もなく、煌びやかな宴の会場へと消えていきました。
その靴を偶然拾い上げたのは、他ならぬ殿様でした。
彼は、闇夜に消えていくガザーラの後ろ姿――その凛とした背中に、雷に打たれたような一目惚れをしたのです。
『この靴の持ち主こそ、我が心の妃だ。国中を捜せ。この繊細な刺繍を履きこなせるのは、世界でただ一人しかいない!』
サフィアは語り終え、王の前に置かれたナツメヤシの種をそっと指で弾いた。
「王様。ガザーラが殿様の心を掴んだのは、魔法のドレスのせいではありません。雑用という名の苦難の中でも、小さな命を慈しみ続けた、彼女の『背中の美しさ』にございますわ」
ザルカは、夜空を見上げた。
「……背中、か。昨夜の余の背中は、鬼の目にどう映っただろうな。卑怯な裏切り者の背だったか、それとも国を背負う王の背だったか」
王の自嘲に、サフィアは首を振った。
「鬼には、王様の肩の傷しか見えなかったでしょう。ですが、明日の王様がガザーラのように清らかな道を歩むなら、民はその『背中』を信じてついて参りますわ」
ザルカは、サフィアの手の中にある、物語の靴のように繊細な「言葉」を噛み締めた。
騙し討ちで汚れた心も、ガザーラの物語を聞いている間だけは、澄み切った砂漠の泉に洗われるようだった。
「……続きを聞かせろ。その靴の主を探す殿様は、灰まみれのガザーラを見つけ出せるのか? 継母たちの邪悪な妨害を、どう退けるつもりだ」
サフィアは微笑み、再びランプの芯を整えた。
第二十九夜。真実の美しさが、灰の中から宝石を見つけ出す完結編。
それは、ザルカ王が再び自分自身を信じるための、再生の物語となるはずだ。




