第二十七夜 ―― 鬼の矜持と、泥を啜(すす)る勝者 ――
砦の奥、崩れ落ちたガザン将軍の巨躯から、どくどくと流れる血が床の紋様を塗りつぶしていく。
ザルカ王は肩口の傷を圧え、荒い息を吐きながら、動かなくなったかつての将軍を見下ろした。周囲では兵たちが勝鬨を上げているが、王の耳にはそれが遠い波の音のようにしか聞こえない。
サフィアは、血に汚れた修行僧の衣を脱ぎ捨て、王の傷に清潔な布を当てた。彼女の瞳には、勝利の輝きではなく、深く静かな哀しみが宿っていた。
「……王様。これが、毒を盛った者が引き受けるべき『報い』にございますわ」
サフィアは、死にゆく鬼の最期の叫びを、第二十七夜の結末として静かに紡ぎ始めた。
◆ サフィアの語り 第二十七夜 ――「鬼に横道なし。堕ちた英雄の断罪」
六人の兵たちが、ついに鬼の首を叩き伏せ、その息の根を止めた時のことです。
兜を噛み砕き、血の涙を流しながら、鬼の生首は最後の力を振り絞って、自分を欺いた兵士のリーダーを激しく罵りました。
『……おのれ、偽りの聖者め! 貴様らは正義を語りながら、酒に毒を盛り、寝首を掻くのか!』
鬼の口からは、呪いのような言葉が溢れ出しました。
『――聞け、人間どもよ。「鬼に横道はない」。我ら鬼は、奪う時も殺す時も、己の欲望のまま、正面から牙を剥く。卑怯な真似などせぬ! だが貴様らはどうだ? 慈悲の仮面を被り、信じさせてから後ろから刺す。……真に「横道」を歩み、魂を汚したのは、どちらの方か!』
その叫びと共に、鬼の瞳の光は消えました。
残された兵士たちは、黄金の光を放つ鬼の首を前に、一言も返せませんでした。自分たちが守ったのは都の平和。しかし、そのために捨て去ったのは、武人としての、そして人間としての「誇り」だったからです。
彼らは都へ戻り、英雄として迎えられました。しかし、彼らの心には、あの鬼の最期の言葉が、抜けない棘のように一生残り続けたといいます。
サフィアは語り終え、王の傷口を強く縛り上げた。
「王様。鬼は悪逆非道でしたが、その生き方に『嘘』はありませんでした。対して、我らは正しさを守るために『嘘』を使い、毒を盛った。……この勝負、どちらがより高く貴い魂を持っていたのでしょうか」
ザルカは、ガザンの死に顔をじっと見つめた。
「……鬼に横道なし、か。皮肉なものだ。民を食らう化け物の方が、王である余よりも『誠実』であったとはな」
王は自嘲気味に笑い、血に濡れた剣を鞘に収めた。
「サフィア。余は今日、この傷と共に、一生消えぬ汚辱を背負った。だが、それでいい。綺麗な手だけで国は救えん。……だが、次こそは。次は『横道』ではなく、堂々たる『王道』で、余を拒む世界を屈服させてみせる」
ザルカの瞳に、新たな、そしてより深く静かな炎が灯った。
彼はサフィアの手を取り、砦の出口へと歩き出した。
朝焼けが、血に染まった山々を照らし始める。




