第二十六夜 ―― 毒酒の狂宴と、執念の牙 ――
砦の奥、赤々と燃える篝火が壁を揺らし、獣の咆哮のような笑い声が響く。
ザルカ王とサフィアの目の前には、見るに耐えぬ「供物」が並べられていた。攫われた姫君たちの指先から滴る血を混ぜた酒、そして、かつて都を護っていた兵士たちの成れの果てである肉。
「……さあ、坊主ども! 仏の慈悲を捨てて、俺の宴に酔い痴れろ!」
ガザン将軍の哄笑に応えるように、サフィアは震える手でその「血の杯」を口にした。それは、敵を欺き、その隙を突くための、地獄よりも深い沈黙の儀式だった。
「……王様。今夜ばかりは、神も仏も目をつむってくださるでしょう」
サフィアは、血の味を喉に焼き付けながら、第二十六夜の結末を語り始めた。
◆ サフィアの語り 第二十六夜 ――「毒に沈む巨躯と、虚空を噛む生首」
修行僧に扮した六人の兵たちは、鬼の警戒を解くため、差し出された「人の血の酒」を飲み、共に肉を食らうという、人の道を踏み外す決断を下しました。
鬼は喜び、彼らを真の兄弟と信じて、自らも『神便鬼毒酒』を浴びるように煽りました。
やがて、鬼の巨躯がふらつき始めました。
『……おかしい。酒が、これほど重く感じるとは……』
全身の自由を奪う神の毒。鬼が深い眠りに落ち、手下の鬼たちも酔い潰れたその瞬間、六人の兵たちは一斉に僧衣を脱ぎ捨て、白銀に輝く刀を抜きました。
『今だ! 都の怨み、晴らしてくれる!』
兵のリーダーは、眠れる鬼の首筋に狙いを定め、渾身の力で刀を振り下ろしました。
ドシュッ、と重い音が響き、鬼の首は胴体から離れ、宙を舞いました。
しかし、物語はそこで終わりませんでした。
宙を舞う鬼の生首は、その瞳に憎悪の火を灯したまま、自分を欺いた兵士のリーダーへと襲いかかったのです!
『……裏切ったな、偽りの聖者め!』
切り落とされた首は、リーダーの鉄の兜に凄まじい力で噛み付き、火花を散らしてその頭蓋を砕かんとしました。死してなお消えぬ、鬼の凄まじい執念。
兵士たちは恐怖に震えながら、重なり合ってその首を叩き伏せ、ようやく怪物の息の根を止めたのです。
サフィアが語り終えると同時に、現実の砦でも異変が起きた。
毒酒を飲まされたガザン将軍が、喉を掻きむしりながら膝をついたのだ。その隙を逃さず、潜伏していたザルカ王の精鋭たちが影から飛び出した。
「……ガザン。貴様の首、貰い受ける!」
ザルカの剣が、月光を反射して走る。
だが、ガザンは崩れ落ちる間際、毒で動かぬ腕を強引に振り回し、ザルカの肩口を掴んだ。その指先は肉を貫き、骨を軋ませる。
「……ザルカ……貴様も……俺と同じ……泥の中に沈め……!」
生首が兜を噛み砕くような凄まじい衝撃。
王の肩からは鮮血が噴き出し、ガザンの絶叫が砦の天井を揺らした。
勝利は確実。だが、その光景に「英雄の凱旋」と呼べる清々しさは微塵もなかった。
サフィアは、返り血を浴びた王の横顔を、悲しげな目で見つめていた。
残ったのは、焦げた肉の匂いと、勝者の胸に刻まれた「騙し討ち」という名の消えない傷痕だった。




