第二十五夜 ―― 鬼の酒杯と、追放者の独白 ――
標高を増すごとに霧は深く、空気は氷のように研ぎ澄まされていく。
ザルカ王とサフィアは、修行僧の衣をまとい、ついに岩山にそびえる「鉄の砦」の門を叩いた。そこを根城にする人斬りたちの首領――かつてザルカの父王に仕え、理不尽な罪で追放された元将軍ガザンは、二人を怪しみながらも、僧という建前を重んじて宴の席へ招き入れた。
「……サフィア、見ろ。この男の目には、憎しみだけでなく、深い『虚無』が棲みついている」
王の囁きに応えるように、サフィアは冷え切った指先を温めるふりをして、第二十五夜を語り始めた。
◆ サフィアの語り 第二十五夜 ――「北の異端児と、大師の法力」
修行僧に化けた六人の兵たちは、ついに鬼の棲む岩屋へと辿り着きました。
鬼の首領は、巨大な体躯に朱色の肌、燃えるような髪をなびかせ、彼らを豪快な笑いで迎え入れました。
『ほう、信心深い坊主どもが、こんな地獄の門を叩くとはな。よかろう、今夜は我が同胞として、共に飲もうではないか!』
鬼は、自らの血を分けたような真っ赤な酒を煽りながら、酔いに任せて自らの身の上を語り始めました。
『……俺は、元から鬼だったわけではない。本国は、雪深い北の国よ。比叡の山で仏道を志し、誰よりも熱心に修行に励んでいたのだ』
鬼の瞳に、一瞬だけ寂しげな光が宿りました。
『だがな、俺の力があまりに強すぎたのだ。高名な大師様は、俺の異能を「魔性」と呼び、卑怯にも法力をもって俺を聖域から追い出した。流れ着いたこの山でも、また人間に追われ、疎まれ……。ならば、俺は俺を拒んだこの世界を、すべて喰らい尽くす「鬼」になってやると誓ったのだ!』
鬼の叫びは、岩屋の壁を震わせ、闇に潜む子分たちの遠吠えと重なりました。
彼は、かつて信じた正義に裏切られた「傷ついた獣」でした。しかし、その手はすでに、多くの姫君たちの血で汚れ、戻るべき道は断たれていたのです。
サフィアは語り終え、懐から「神便鬼毒酒」の入った小さな瓶をそっと取り出した。
「王様。鬼とは、生まれた時から鬼なのではありません。居場所を奪われ、光を遮られた者の成れの果て。……ですが、その悲しみが、犯した罪を免じる理由にはなりませんわ」
ザルカは、目の前で豪快に酒を飲むガザンの姿を、修行僧の笠の下からじっと見つめていた。
かつて父王が下した非情な決断が、この化け物を生んだのだ。王としての責任が、胸に重くのしかかる。
「……ガザン。貴様の恨みは、今、余が聞き届けた。だが、民の涙を酒に変えた報いは、その首で払ってもらうぞ」
サフィアは、毒の瓶をそっと酒樽の影へと忍ばせた。
宴は最高潮。毒が回るまでのわずかな時間、現実と物語の「境界」が、熱い酒気の中で溶け合おうとしていた。




