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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第二十一夜 ―― 偽りの宝石と、短剣の舞踏 ――

嵐の前の静けさ。オアシス都市は一見、平和を取り戻したかに見えた。

 ザルカ王とサフィアは、かつてのアブドゥルの屋敷を接収し、街の有力者たちを招いて祝宴を開いていた。そこには、西国から来たという高名な「宝石商人」も席を並べていた。

「……サフィア。あの男、宝石を愛でる目をしていない。獲物を狙う鷹の目だ」

 王の呟きに、サフィアは静かに微笑み、卓に置かれた「真っ赤な石榴ざくろ」をナイフで割った。

「宝石は、光を反射するだけではございません。時として、血の色の影を落とすものですわ。……第二十一夜、最後の亡霊を葬る、一人の少女の舞いの話をいたしましょう」

◆ サフィアの語り 第二十一夜 ――「宝石商人と、鞘なき短剣」

 部下を皆殺しにされ、命からがら逃げ出した盗賊の頭領。

 しかし、彼の胸に燃える復讐の炎は消えていませんでした。彼は名前を変え、豪華な衣装を纏い、高価な石を扱う「宝石商人」になりすまして、再びサイードの住む街へと舞い戻ったのです。

 頭領は、サイードの養子となったアブドゥルの息子に巧みに近づき、ついにはサイードの家へと客として招かれることに成功しました。

 彼の懐には、毒を塗った一本の短剣が隠されていました。

『今夜、この家族を皆殺しにし、我が部下たちの手向けとしてやる』

 宴の席で、頭領は柔和な笑みを浮かべながら、その機会を虎視眈々と狙っていました。

 しかし、その殺気を感じ取った者が一人だけいました。

 給仕として立ち働いていた女奴隷アッザです。彼女は客人の歩き方、そして服の不自然な膨らみから、その正体が、あの夜逃げ出した油商人の成れの果てであることを見抜いたのです。

『旦那様、大切なお客様へ、わたくしに祝杯の舞いを披露させてくださいな』

 アッザは、透き通るような薄絹の衣装をまとい、手には二本の、銀色に輝く短剣を持って現れました。

 笛の音に合わせ、彼女は蝶のように軽やかに舞い始めました。

 右へ、左へ。

 鋭い剣先が、空を切り裂き、客人の喉元をかすめる。

 頭領は、あまりの美しさと迫力に気圧され、懐の武器に手をかけることさえ忘れて見惚れていました。

 舞いが最高潮に達したその瞬間です。

 アッザは、一筋の光のような速さで踏み込みました。

 彼女の手にした短剣は、迷うことなく宝石商人の胸を貫き、心臓を正確に捉えたのです。

『……なぜ、女ごときに……!』

 崩れ落ちる頭領の服を剥ぎ取ると、中から暗殺用の短剣が現れました。

 サイードと息子は腰を抜かして驚きましたが、アッザは冷たく滴る血を拭い、静かに頭を下げたのです。

『旦那様。これは客人ではございません。私たちの命を狙った、あの洞窟の亡霊でございますわ』

 サフィアは語り終え、手にした石榴の赤い実を、王の口元へ差し出した。

「王様。舞踏とは、時に命を奪うための儀式。……真に美しいものは、真に恐ろしい牙を隠しているものでございます」

 ザルカは、その赤い実を噛み締めた。

 酸味と甘みが混ざり合い、喉を焼く。

 その時、宴席の端にいた「宝石商人」が、懐から短剣を抜こうと動いた。

 しかし、それよりも早く、サフィアの手から放たれた石榴の種が、男の目に直撃した。

「……動くな。アッザの舞いに見惚れる暇もなかったようだな」

 ザルカ王が立ち上がり、一閃。男の腕を剣の柄で打ち据え、武器を叩き落とした。

 庭には、物語をなぞるように配置された兵たちが、残りの刺客を一斉に捕縛していく。

 ザルカは、短剣を持ったまま静かに微笑むサフィアを、まじまじと見つめた。

「……サフィア。お前の舞いは、いつ見せてくれるのだ?」

「王様。わたくしは、言葉で舞うのが専門でございますわ。……さて、明日は第二十二夜。この呪われた財宝を、真の『光』に変える結末をお話しいたしましょう」

 サフィアの瞳に、夜明け前の光が宿っていた。

 復讐の連鎖が終わり、新しい「国の形」が見え始めていた。

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