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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第十九夜 ―― 綻びを縫う糸と、沈黙の対価 ――

地下金庫から戻った宿舎。窓の外では、オアシス都市を統治しようとする新たな勢力と、旧勢力の残党が、水面下で激しい主導権争いを繰り広げていた。

 ザルカ王は、剥き出しの「権力の断片」がぶつかり合う音を耳にしながら、サフィアが差し出した一皿の「包み蒸し」を見つめた。薄い生地で具材を丁寧に包み、繋ぎ目を寸分の狂いもなく閉じた料理だ。

「……バラバラになったものは、二度と元には戻らん。そうだろう、サフィア」

「ええ。ですが、外側を綺麗に縫い合わせることで、『戻ったこと』にすることはできますわ。……第十九夜、絶望を繋ぎ合わせる知恵の話をいたしましょう」

◆ サフィアの語り 第十九夜 ――「女奴隷アッザと、形を成す死者」

 翌朝。帰らぬ兄を案じて洞窟へ向かったサイードを待っていたのは、黄金の輝きではなく、四つに切り刻まれ、見せしめとして吊るされた兄・アブドゥルの無残な姿でした。

 サイードは恐怖に震えながらも、血に濡れた兄の残骸を袋に詰め、ロバの背に乗せて密かに持ち帰りました。

『どうすればいい……。盗賊に殺されたと知れれば、今度は私の家が襲われる。だが、この姿では病死とも言い逃れできない……』

 途方に暮れるサイードの前に、一人の若い女奴隷が音もなく現れました。彼女の名はアッザ。かつてアブドゥルに仕え、今はサイードの家に身を寄せている、冬の月のように冷徹で聡明な少女でした。

『旦那様、お泣きにならないで。死者に命を吹き込むことはできませんが、死者に「尊厳」という名の仮面を被せることはできます』

 アッザはそう言うと、夜の闇に紛れて街へ繰り出しました。

 彼女が向かったのは、遠い町外れに住む、目も霞み、耳も遠くなった「老仕立屋」の元でした。アッザは老人に金貨を握らせ、目隠しをして、サイードの家へと案内したのです。

『おじいさん。あなたにお願いしたいのは、この「破れた高級な毛皮」を元通りに縫い合わせることです。……いいえ、目隠しは取らないで。指先の感覚だけで、完璧な仕事をしてくださいな』

 老仕立屋は、それが人間の肉体であるとも知らず、アッザの指示に従って針を動かしました。

 アッザは傍らで、絶え間なく針を運ぶ音を聞きながら、サイードの家の裏庭で薬草を煮出しました。血の匂いを消し、沈黙を買い取るための香りが、夜の空気へ溶けていきます。

 夜明け前。老仕立屋の神業によって、アブドゥルの遺体は、服を着せればそれとは分からない「一人の男の形」を取り戻しました。

 アッザは再び老人に目隠しをして元の場所へ送り届け、表向きにはアブドゥルが急病で亡くなったと触れ回りました。

 街の人々は、サイードが流す偽りの涙を信じ、アブドゥルの葬儀は内密に、しかし厳かに行われました。

 こうして、バラバラにされた真実は、アッザの引く「一本の細い糸」によって闇に葬られたのです。

 サイードは兄の広大な屋敷と財産を引き継ぎ、アブドゥルの一人息子を養子に迎えました。彼は、自分を救ったのが黄金ではなく、少女が紡いだ「沈黙」であったことを、痛いほどに噛み締めておりました。

 サフィアは語り終え、王の前の料理をそっと切り分けた。

「王様。バラバラになった国を一つにまとめるのは、正義ではなく『縫い合わせる技術』ですわ。アッザは、死体を縫い、同時にサイードの運命を縫い合わせたのです」

 ザルカは、繋ぎ目の見えない料理を一口運んだ。

 口の中で具材が一体となり、複雑な滋味が広がる。

「……アッザ、か。ただの奴隷にしておくには惜しい知恵だな。だがサフィア、糸で縫っただけの体は、いつか必ずほころびる。盗賊たちは、自分たちが吊るしたはずの死体が消えたことに、いつか気づくはずだ」

「その通りですわ、王様」

 サフィアは不敵に微笑んだ。

「第20夜。盗賊たちは『知恵の主』を求めて、牙を剥き始めます。……煮えたぎる油の準備は、よろしいですか?」

 ザルカは、サフィアの瞳の奥にある、アッザのような冷徹な覚悟を見逃さなかった。

 彼は静かに、完食した皿を下げさせた。

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