第十八夜 ―― 黄金の檻と、凍りついた言霊 ――
第十八夜 ―― 黄金の檻と、凍りついた言霊 ――
石壁の奥に広がっていたのは、かつての悪徳商人が民から搾り取った「血の結晶」だった。
金貨の山が松明の光を跳ね返し、地下室を不気味な黄金色に染めている。ザルカ王はその輝きを前に、一歩も動かずに立っていた。
「……サフィア。これだけの金があれば、新たな軍を興し、大陸全土を支配することも容易だろうな」
王の言葉には、かつての冷酷な覇王の影が混じっていた。
サフィアは無言で、持参した水筒から一杯の「苦い薬草茶」を注ぎ、王に差し出した。その苦味が舌を刺す中、彼女は第十八夜の幕を上げた。
◆ サフィアの語り 第十八夜 ――「強欲な兄アブドゥルと、閉ざされた記憶」
薪割りのサイードは、手に入れた富を慎ましく使い、母とロバを養っておりました。
しかし、不運にもその変化を、彼の兄・アブドゥルに気づかれてしまいます。アブドゥルは元々この街で指折りの金持ちでしたが、他人の幸運を何よりも憎む、底なしの器のような男でした。
『おい、サイード。貴様、どこでその金貨を盗んだ。白状しなければ役人に突き出すぞ!』
脅しに屈したサイードは、ついに洞窟の秘密と、扉を開ける呪文を教えてしまいました。
アブドゥルは歓喜に震え、翌朝、十頭のロバを引き連れて山へと向かいました。彼の頭の中はすでに、洞窟のすべての財宝を自分の蔵へ移し替える妄想で埋め尽くされていたのです。
『――あくしろよ!』
岩の扉が開くと、アブドゥルは中へ飛び込みました。
彼は狂ったように金貨を袋に詰め、宝石を首に巻き、真珠を口に含みました。
『これだ、これこそが俺に相応しい光だ! サイードのような小者に分かち合うなど、神への冒涜だ!』
しかし、彼がロバの背を財宝でいっぱいにし、いざ外へ出ようとした、その時でした。
アブドゥルの頭の中から、ある「一文字」が、煙のように消え去っていたのです。
『……開け、麦! ……いや、開け、大麦! ……開け、ソラマメ!』
彼は焦り、叫びました。街にあるあらゆる穀物の名を呼びましたが、石の扉は沈黙を守ったままです。
なぜなら、彼が求めたのは「扉の向こうにある自由」ではなく、「扉の中に自分を閉じ込めてでも守りたい富」だったからです。欲に目が眩んだ彼の心は、扉を開けるための「たった一つの言葉」さえ、黄金の重みで押し潰してしまったのです。
夜になり、洞窟に戻ってきた四十人の盗賊たちは、扉の前に繋がれた見慣れぬロバを見つけました。
怒り狂った頭領が扉を開けた瞬間、そこには黄金の山に埋もれて震える、惨めなアブドゥルの姿がありました。
『……殺せ。この男を四つに切り刻み、見せしめとして扉の四隅に吊るせ。我が聖域を汚した報いを知らしめるのだ』
アブドゥルの叫びは、二度と開くことのない岩壁の中に吸い込まれていきました。
翌朝、洞窟の四隅には、かつて金持ちと謳われた男の「無残な肉塊」だけが、冷たく吊るされていたのです。
サフィアは語り終え、王の手の中の茶碗をそっと取り上げた。
「王様。欲とは、手に入れた瞬間に『出口』を忘れさせる魔法でございます。この地下室も、一歩間違えれば、あなたを永遠に閉じ込める墓標になりかねませんわ」
ザルカは、掌に残った薬草の苦味を噛み締めた。
目の前の金貨の山が、一瞬だけ、アブドゥルの死体を切り刻む刃のように見えた。
「……ふん、愚かな男だ。たった一つの言葉を忘れただけで、命を落とすとはな」
王は吐き捨てるように言ったが、その指先はわずかに震えていた。
「だがサフィア。バラバラにされたその肉体を、お前の物語はどう始末するつもりだ? このままでは、サイードの家にも血の雨が降るぞ」
サフィアは、地下室の入り口を指差した。
「出口を塞ぐのは欲ですが、道を縫い合わせるのは『知恵』でございます。バラバラになった絶望を繋ぎ合わせる、一人の少女の物語をお話ししましょう」
ザルカは無言で頷き、金貨に背を向けて、地下室を後にした。
彼の中にあった覇道の熱が、サフィアの物語という氷水によって、静かに鎮められていくのを感じていた。




