第十六夜 ―― 山の静寂と、禁断の合言葉 ――
第十六夜 ―― 山の静寂と、禁断の合言葉 ――
オアシス都市の夜が更けていく。
支配者の残党を退けたものの、街の地下にはまだ、彼らが長年かけて民から奪い取った「消えた財宝」が隠されているという噂があった。それが残党たちの再起の資金源になれば、平和は砂の城のように崩れてしまう。
ザルカ王は、宿舎の質素な卓で、サフィアが淹れた一杯の熱い珈琲を口にした。
「……サフィア。奪われた富は、どこへ消えると思う」
「富は、水と同じですわ。地上の流れを止めれば、必ずどこか暗い地下へと潜り込み、そこで澱んで毒に変わります」
サフィアはランプの芯を整え、新たな物語――欲望の扉を開く物語を語り始めた。
◆ サフィアの語り 第十六夜 ――「薪割りサイードと、四十の影」
むかし、遥か西の国に、サイードという名の男がおりました。
彼は貧しいながらも、一頭の老いたロバを家族のように慈しみ、山で薪を拾っては街で売って、その日の糧を得る実直な働き者でした。
ある日、サイードがいつものように深い山へ入り、枯れ枝を集めていた時のことです。
遠くから、大地を揺らすような激しい蹄の音が聞こえてきました。サイードは慌ててロバを茂みに隠し、自分も大きな岩の陰に身を潜めました。
現れたのは、四十人の恐ろしい男たち。
彼らは皆、血に飢えた目をし、馬の背には重々しい袋をいくつも積んでいました。それは、彼らが各地の隊商から奪い取った、血塗られた金銀財宝だったのです。
盗賊の一団は、切り立った岩壁の前で足を止めました。
先頭に立つ筋骨逞しい頭領が進み出ると、岩壁に向かって、朗々たる声でこう叫んだのです。
『――あくしろよ!』
その瞬間です。
微動だにしないはずの巨大な岩壁が、まるで生き物のように唸りを上げ、音を立てて二つに割れました。
サイードは息を呑みました。
岩の裂け目からは、眩いばかりの黄金の光が漏れ出し、盗賊たちは次々とその「光の裂け目」へと吸い込まれていったのです。
サイードは、自分の目が信じられませんでした。
自分が毎日、一束の薪を売って得ていた銀貨一枚。その数万倍、数億倍の富が、この何の変哲もない岩山の奥に眠っている……。
彼は岩陰で震えながら、盗賊たちが出てくるのを待ち続けました。
サフィアは語りを止め、ザルカ王の前に、真っ白な「塩」の入った小皿を置いた。
「王様。サイードが見たのは、ただの黄金ではありません。それは、世界中から奪われ、閉じ込められた『欲望の塊』です。……そして、その扉を開けるのは、鍵ではなく『言葉』でした」
ザルカは、皿の中の塩を指で少し掬い、舌に乗せた。
「……言葉一つで、岩が動くか」
「ええ。ですが王様、本当の恐怖は、扉が開くことではありません」
サフィアは声を潜めた。
「扉が開いた後、その中に足を踏み入れた人間が、何を持ち帰り、何を置いてくるか。……それこそが、物語の真髄でございます」
ザルカは、暗い窓の外、オアシス都市の地下へと続く暗い階段を見つめた。
彼らが探している「隠し金庫」もまた、物理的な鍵ではなく、誰かの口から漏れる「言葉」を待っているのかもしれない。
「……続きを聞かせろ、サフィア。そのサイードという男、ただの薪割りで終わるつもりはあるまいな」
サフィアは不敵に微笑んだ。
欲望の洞窟へと足を踏み入れる男の、最初の一歩。
それは、現実のザルカ王にとっても、未知の領域への踏み込みとなるはずだ。




