第十五夜 ―― 最後の願いと、真実の夜明け ――
第十五夜 ―― 最後の願いと、真実の夜明け ――
地下牢の静寂を破ったのは、鋭い金属音だった。
ザルカ王は、自らの手首を赤く染めながらも、鎖の繋ぎ目の「わずかな錆」を見逃さなかった。サフィアが第九夜で兵士たちに振る舞ったスープの塩分と、彼女が密かに忍ばせていた酸性の果汁が、一晩かけて鉄を蝕んでいたのだ。
「……サフィア。魔法は解けたようだな」
ザルカが鎖を引きちぎると同時に、牢の扉が開いた。支配者の男が、処刑人たちを連れて現れる。
「往生際が悪いぞ。貴様らに奇跡など起きはしない」
男が剣を振り上げたその時、サフィアは折れた鎖を握りしめ、凛とした声で第十五夜の幕を上げた。
◆ サフィアの語り 第十五夜 ――「最後の願いと、等価交換」
地下牢で「真実の味」を取り戻した仕立屋は、自力で脱獄し、魔法使いの宮殿へと辿り着きました。
そこでは魔法使いがランプを擦り、魔神に『世界中の富を我が手に!』と命じている最中でした。
仕立屋は、もはや王子を装う必要はありません。彼は一介の仕立屋として、布を裁つ鋏を手に、魔法使いの喉元に飛び込みました。
『魔法使い! お前の魔法は、腹を満たさない!』
驚いた魔法使いの手からランプが零れ落ち、仕立屋の手の中に収まりました。
青い煙の中から魔神が現れ、冷たく問いかけます。
『正直者よ。お前は一度嘘をついた。だが、すべてを失ってなお、吾輩を呼ぶか。……最後の願いを言え。再び王子に戻るか? それとも、魔法使いを殺して王になるか?』
仕立屋は、遠くで泣いている王女と、飢えた街の人々を見つめました。そして、ランプを強く抱きしめて言ったのです。
『魔神よ。わたくしの最後の願いは……この国から、すべての「魔法」という名の嘘を消し去ることだ』
魔神は驚き、初めてその醜悪な顔に笑みを浮かべました。
『……それが、お前の選び取った「味」か。よかろう』
次の瞬間、轟音と共に空を覆っていた偽りの雲が晴れ、黄金の宮殿は元の泥の家へと姿を変えました。王女を飾っていた宝石はただの石ころになり、仕立屋を縛っていた因縁も消え去りました。
人々は、魔法によって見せられていた「幻の晩餐」を失いました。しかし、彼らの目の前には、自分たちの手で耕し、汗を流して育てた「本物の麦」が、朝日を浴びて輝いていたのです。
仕立屋は再び貧しい生活に戻りました。けれど、彼は王女と再会した時、今度は胸を張って言いました。
『わたくしは、あなたを愛している、ただの仕立屋です』
その言葉には、もはや砂の味などしませんでした。
物語の終わりと共に、現実の地下牢でも激震が走った。
サフィアが密かに流していた「支配者たちの横領の証拠」が、彼女の父の残したネットワークを通じて街の兵士たちに知れ渡り、関所の守備隊が王を救うために雪崩れ込んできたのだ。
ザルカ王は支配者の男から剣を取り上げ、その首筋に冷たく突きつけた。
「お前たちの『魔法(汚職)』も、ここまでだ。……サフィア、この街の風の匂い、ようやく『真実』の香りがしてきたな」
夜明け。オアシス都市の広場で、サフィアとザルカは並んで立っていた。
豪華な食事はない。けれど、二人で分け合った一枚の平たいパンは、どんな王宮の馳走よりも力強く、命の味がした。
「サフィア。第十五夜、見事だった。……余の舌は、今、このパンの微かな塩味を、愛おしいと感じている」
ザルカはサフィアを見つめた。その瞳には、かつての孤独な王ではなく、一人の「男」としての熱が宿っていた。
「さて、次はどこへ行く。……まだ、余の知らない『物語』があるのだろう?」
サフィアは短い髪を風になびかせ、不敵に微笑んだ。
「もちろんですわ、王様。……次は、欲望のさらに奥底。**『四十人の盗賊』**が隠した、呪われた黄金の洞窟へご案内いたしましょう」




