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『毒杯の晩餐と百の献立(メニュー)』  作者: 水前寺鯉太郎


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第十三夜 ―― 幻影の晩餐と、砂の味 ――

第十三夜 ―― 幻影の晩餐と、砂の味 ――


オアシスの都、その支配者の私邸で開かれた「秘密の晩餐会」。

 処刑された悪徳商人の残党たちは、奪い取った富を誇示するように、卓の上に溢れんばかりの山海の珍味を並べていた。金箔を散らした羊の丸焼き、水晶の器に盛られた雪山の果実。だが、その香辛料の香りの奥には、略奪と涙の、鉄のような匂いが染み付いていた。

 変装したザルカ王とサフィアは、その狂宴の片隅で、招かれざる客として息を潜めていた。

「……見てください、王様。彼らは食べているのではありません。他人の絶望を『消費』しているのですわ」

 サフィアの囁きは冷たかった。ザルカは、目の前に差し出された極上の肉に、一瞥いちべつもくれなかった。かつての彼なら、これを「無味」だと切り捨てただろう。だが今は、これを「汚らわしい」と感じている。

 深夜、騒乱を抜けて戻った宿で、サフィアは蝋燭ろうそくを灯し、震える声で第十三夜を紡ぎ始めた。

◆ サフィアの語り 第十三夜 ――「幻影の晩餐と、砂の味」

 魔神の魔法で「偽りの王子」となった正直者の仕立屋は、宮殿で王女との婚約を祝う晩餐会に出席していました。

 目の前には、世界中の料理人が腕を競った、夢のような馳走ちそうが並んでいます。香ばしいパンの匂い、甘い果実の誘惑。

 正直者は、あまりの空腹に、金色のさじを手に取り、最高級のコンソメを口に運びました。

 しかし、その瞬間でした。

 喉を通るはずの芳醇ほうじゅんなスープが、口の中で「ジャリッ」という不快な音を立てたのです。

 驚いて吐き出すと、皿の中にあったはずの琥珀こはく色の液体は、ただの乾いた「砂」に変わっていました。

 焦った彼は、次に真っ赤に熟した葡萄ぶどうを掴みました。しかし、指が触れた瞬間にそれは石のように硬くなり、口に含めばやはり、味のない砂となって崩れ落ちたのです。

『……なぜだ、なぜ何も食べられない!?』

 心の中で叫ぶ正直者の耳元で、ランプの魔神の冷たい笑い声が響きました。

『忘れたか、正直者よ。お前は「王子だ」という嘘をついた。嘘をつく者の舌は、真実のかてを味わう権利を失うのだ。お前がその嘘の衣をまとい続ける限り、お前の世界は全て、砂塵さじんとなって消えてゆく』

 正直者は、王女の隣で微笑み続けました。

 周りの人々は「素晴らしい美食だ」と称賛し、喉を鳴らして食べています。しかし彼一人だけが、山のような御馳走を前に、餓死しそうなほどの飢えと孤独にさいなまれていました。

 王女が、心配そうに彼に尋ねました。

『王子、お顔色が優れませんわ。このお料理、お気に召しませんか?』

 正直者は、本当は「わたくしは飢えています、助けてください」と叫びたかった。しかし、一度ついた嘘は、さらなる嘘を呼び寄せます。

『いいえ、あまりの幸福に、胸がいっぱいなのです』

 その嘘をついた瞬間、王女が差し出した「愛の杯」の葡萄酒までもが、一瞬で黒い泥水へと変わりました。

 サフィアは語り終え、手元にあった乾いた黒パンを、そっとザルカ王に差し出した。

「王様。嘘で手に入れた王座には、味などございません。仕立屋は今、黄金の宮殿の中で、世界で一番惨めな物乞いよりも飢えているのです」

 ザルカは、差し出されたパンをゆっくりと受け取った。

 それは酒場で見かけたような、ごく普通の、硬いパンだ。だが、先ほどの晩餐会で見た金箔の肉よりも、ずっと「本物」の重みがあった。

「……サフィア。余もかつて、この仕立屋と同じだった。裏切りを恐れ、自分自身に『誰も信じない』という嘘をつき、心を閉ざした。その結果、余の食卓も砂に変わったのだな」

 王はパンを一口、力強く噛み締めた。

「だが、お前の物語は、砂ではない。……このパンには、確かな味がする」

 ザルカの言葉に、サフィアの胸の奥で、小さな、しかし熱い火が灯った。

 しかし、その時だった。

 宿の外で、荒々しい馬蹄ばていの音が響き、不吉な松明たいまつの光が窓を赤く染めた。

「……見つかったか」

 ザルカが低く呟き、剣を抜く。

 サフィアは物語をつづる羊皮紙を強く抱きしめた。

 現実の夜が、物語の絶望に追いつこうとしていた。

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