表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『毒杯の晩餐と百の献立(メニュー)』  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第十二夜 ―― 偽りの外套と、青い残り火 ――

第十二夜 ―― 偽りの外套と、青い残り火 ――

オアシスの都の最深部。そこは、陽の光の届かない巨大な地下市場バザールだった。

 処刑された悪徳商人の残党たちが、奪い取った富を山積みにし、禁制品の取引に興じている。

 ザルカ王の傍らに立つサフィアは、もはや薄汚れた少年従者ではなかった。上質な絹の外套をまとい、傲慢な笑みを浮かべた「没落貴族の若き代理人」になりきっていた。

「お初にお目にかかります、旦那がた。東の関所が割れ、我が主も新たな仕入れ先を探しておりましてね」

 サフィアは流暢な言葉と、堂々たる偽りの身分で、海千山千の悪党たちを煙に巻いていく。彼女が吐く嘘はあまりにも完璧で、引き出される情報は正確無比だった。

 暗がりで見守るザルカ王は、彼女のその「嘘の才能」に、舌を巻くと同時に、胸の奥に冷たい一抹の不安を覚えていた。

 深夜、隠れ家に戻った二人は、市場で手に入れた上等な干し無花果いちじくを前にした。

 サフィアは身に纏った豪奢な外套を脱ぎ捨て、再び短い髪の、どこか寂しげな少年の姿に戻る。そして、第十二夜の灯りを灯した。

◆ サフィアの語り 第十二夜 ――「魔神の誓約と、初めての嘘」

 暗い地下遺跡に、たった一人取り残された正直者の仕立屋。

 彼は寒さに震えながら、手元にある薄汚れたオイルランプに火を灯そうとしました。

 布の切れ端でランプを強く擦った、その瞬間です。

 ゴオゥ、と青い煙が立ち込め、洞窟の天井を突くほどの巨躯きょくを持つ、ランプの魔神ジンが現れました。

『吾輩を呼び覚ましたのは、お前か。……よかろう、どんな願いも三つまで叶えてやろう。黄金、不老不死、あるいは王の座か?』

 正直者は驚き、腰を抜かしました。ですが、彼は正直者でした。

『……わたくしは、ただ地上へ戻り、病の母に温かいパンを食べさせたいだけです』

『素朴な男だな。だが、一つだけ【鉄の掟】がある』

 魔神の青い瞳が、不気味に光りました。

『お前がもし、一度でも「嘘」をつけば、吾輩の魔法は全て消え去る。お前が手に入れた富も、愛も、全てが砂塵となって消えるのだ。……それでもよいか?』

『誓います。わたくしは、生まれてこの方、一度も嘘をついたことがありません』

 魔神は笑い、彼を地上へと送り届けました。

 正直者は、一番目の願いとして「母の病を治すこと」を叶えました。母はたちまち元気になり、二人は幸せに暮らし始めました。

 ですが、運命の歯車は、彼をそのままにしてはくれませんでした。

 街の祭りで、正直者は一人の美しい娘に出会いました。彼女はこの街の権力者の娘であり、あまりにも身分が違いすぎました。

 正直者は、彼女を愛してしまいました。どうしても、彼女に自分を見てほしかった。

 娘の前に立った時、仕立屋の少年は、自分の薄汚れた服と、貧しい手を見つめました。そして、喉まで出かかった「自分はただの仕立屋です」という真実を、飲み込んでしまったのです。

『わたくしは、遠い西の国から参った……王子、です』

 正直者が、生まれて初めてついた「嘘」でした。

 その瞬間、彼の背後で、魔神の不気味な笑い声が、風に乗って響きました。

『……おきては発動したぞ、正直者よ』

 サフィアは静かに無花果を噛み砕き、ザルカ王を見た。

「王様。嘘とは、一度口にすれば、二度と取り消せない毒のスパイスです。仕立屋は王子になりすまし、娘の愛を勝ち取るでしょう。ですが、その愛は『嘘』という砂の上に建った城なのです」

 ザルカは、サフィアの目をじっと見つめ返した。

 先ほどまで、闇市場で完璧な嘘の仮面を被っていた彼女の瞳は、今、ひどく澄んでいて、嘘をついているようには見えなかった。

「……サフィア。貴様が先ほど市場でついた嘘も、砂の上の城か」

「わたくしの嘘は、あなたを守るための盾でございますわ、王様」

 サフィアは微笑んだ。だがその笑みは、どこか哀しげだった。

「ですが、仕立屋の嘘は、自分を飾り立てるための虚栄でした。……明日の夜、彼がその『嘘の代償』をどう支払うことになるのか、第十三夜でお話しいたしましょう」

 ザルカは、サフィアのその言葉の奥にある「重み」を測りかねていた。

 自分を欺くための嘘なのか、それとも、真実を守るための嘘なのか。彼は無言のまま、サフィアが剥いてくれた無花果の甘さを、舌の上で転がし続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ