第十一夜 ―― 欲望の迷宮と、地底の光 ――
第十一夜 ―― 欲望の迷宮と、地底の光 ――
砂塵の向こうに、突如として巨万の緑が現れた。
東の交易路の心臓部、最大のオアシス都市。そこは水を求める商隊と、金を求める悪党が集う、砂漠の巨大な胃袋だった。
ザルカ王と、男装の少年従者に身をやつしたサフィアは、顔を布で覆い、街の雑踏へと紛れ込んだ。
「……活気があるように見えるが、腐臭がするな」
ザルカは呟いた。処刑された御用達商人の残党たちが、この街の物流を牛耳り、価格を吊り上げ、富を独占している。街の光の裏には、底なしの影が広がっていた。
二人は安宿の片隅、砂漠の冷たい夜風が吹き込む部屋で、粗末な豆のスープを前に腰を下ろした。サフィアはランプの灯りを細め、第十一夜の物語を紡ぎ始める。
◆ サフィアの語り 第十一夜 ――「正直な仕立屋と、地中の秘密」
むかし、砂漠の街に、貧しいが絶対に嘘をつけない「正直者の仕立屋」がおりました。
彼はどんなに腹が減っていても、客から余分な金を取らず、布の切れ端一つ誤魔化しませんでした。街の人々は彼を愛し、同時に「あんな正直者では、この砂漠では生きていけない」と笑いました。
ある日、仕立屋の前に、豪奢な異国の外套を纏った「自称・大魔法使い」が現れました。
魔法使いは、正直者に金貨を握らせ、こう言いました。
『お前の正直さを見込んだ。砂漠の果てにある、古代の遺跡の地下へ潜り、余のために「ある古いランプ」を持ってきてほしい。報酬として、お前が一生遊んで暮らせるだけの財宝をやろう』
正直者は、病の母に温かいスープを飲ませたい一心で、その頼みを引き受けました。
二人は砂漠の裂け目へと向かいました。魔法使いが呪文を唱えると、砂が割れ、地下へと続く果てしない階段が現れたのです。
『いいか、正直者よ。地下には、山のような金銀財宝が眠っている。だが、決してそれらに触れてはならん。一つでもポケットに入れれば、洞窟の罠が発動し、お前は二度と地上へは戻れない。お前が触れていいのは、最奥の祭壇にある、薄汚れたオイルランプだけだ』
正直者は頷き、暗い、冷たい地下へと階段を下りていきました。
最下層に辿り着いた彼の目に飛び込んできたのは、息を呑むような光景でした。
見渡す限りの金貨の山、星のように瞬くダイヤモンド、ルビーが散りばめられた杯……。それは、地上のどんな王でも見たことのない、欲望の結晶でした。
しかし正直者は、魔法使いとの約束を守りました。彼は財宝に目もくれず、ただ真っ直ぐに、祭壇に置かれた「薄汚れた、古びたオイルランプ」へと歩みを進めたのです。
彼がランプを手に取り、地上への階段を登り始めた、その時でした。
出口で待ち構えていた魔法使いが、血走った目で叫びました。
『早くランプをよこせ! そのランプをこちらへ投げろ!』
正直者は、ふと疑問に思いました。
なぜ、この男は、これほど恐ろしい形相をしているのか。なぜ、自分を上へと引き上げる前に、ランプだけを奪おうとするのか。
仕立屋の「正直な心」が、初めて、他人の「悪意」に気づいた瞬間でした。
『……魔法使い様。わたくしを上へ引き上げてください。そうすれば、お耳元で、このランプをお渡しいたします』
正直者がそう答えた瞬間、魔法使いの顔が怒りに歪みました。
『生意気な小僧め! ならば、そこで永遠に財宝を噛んで朽ち果てるがいい!』
魔法使いが呪文を唱えると、轟音と共に、地上の出口が完全に塞がれてしまいました。
正直者は、光の届かない地下の暗闇に、たった一人、取り残されたのです。
手元にあるのは、山のような金銀財宝と、ただの薄汚れたオイルランプだけでした。
サフィアは言葉を切り、目の前のランプの芯を、指でそっと弄った。
「王様。山のような財宝があっても、光がなければ、それはただの冷たい石ころでございます。……正直者は、暗闇の中で、どうやって生き延びる道を見つけると思われますか?」
ザルカは、目の前にある豆のスープを一口啜った。
味気ない、貧しいスープだ。だが、今の彼には、かつて王宮で食べていたどの豪華な料理よりも、この「温かさ」が身体に染み渡るのを感じていた。
「……サフィア。余の周りにも、あの魔法使いのような顔をした者たちが溢れているな。甘い言葉で余を地中に閉じ込め、自分たちだけがランプを奪おうとする者たちが」
ザルカは立ち上がり、窓の外の不夜城のごときオアシス都市の灯りを見つめた。
「その正直者が、どうやって暗闇から抜け出すのか。……明日の第十二夜、続きを必ず聞かせろ」
サフィアは暗闇の中、少年の顔のまま、静かに微笑んだ。
彼女の計算通り、王の心は、少しずつ「真実の光」を求め始めている。




