「ロシア進駐作戦(2046~2057)」の最中に発生した欧州・トルコ・イン ドでの核テロ事件
この世界ではロシア国家の崩壊後、**核物質が完全に管理されるまでに“数年
間の真空”**が生じており、そこを突いた複数のテロが現実化しています。
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◆ 全体像
• 2045年:モスクワ消滅
• 2046〜2048年:核散逸のピーク
• この時期、ロシア各地の軍閥が核弾頭・プルトニウム・高濃縮ウランを売
買
• 国際テロ組織と国家分裂勢力がそれを購入
→ 結果として、世界で複数の核テロ事件が連鎖的に発生
特に深刻だったのは 欧州、トルコ、インド の3件。
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◆【第 1の事件】2047年 ドイツ・ラインラント“核散布テロ”
— 本格的な核爆発ではなく「核汚染兵器」の使用。欧州にとって第二のチェ
ルノブイリと化した事件。
■ 事件の経緯
• 2047年3月、ケルン近郊で大型貨物トラックが爆発
• 爆発に伴い、多量の プルトニウム239粉末 が散布
• 当初は化学爆弾と誤認 → 12時間後に核物質であることが判明
■ 犯行主体
ロシアの極右民族主義組織「白き復興軍」
• 2045年の政府崩壊後、ウラル地方で核施設を襲撃
• 市場に流された核物質の一部を自ら入手
• 「欧州がロシア崩壊を促した報復」を標榜
■ 被害
• 爆発で死者200名、放射線障害で後にさらに900名
• ライン川流域の一部が除染まで2年閉鎖
• 欧州経済に甚大な影響(物流危機、電力網混乱)
■ 欧州の反応
• EUは即日「欧州核セキュリティ機構(ENSO)」を創設
• ロシア領内への介入を拡大(核関連デポの強制封鎖)
• 欧州世論は「ロシアという地帯全体の無力化が必要」と転換
→ ロシア国際管理領(UNATR)の成立を後押し
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◆【第 2の事件】2049年 トルコ・イスタンブール港 “低出力核爆発”
— 唯一の本格的核爆発事案。威力は小さかったが、世界を震撼させた。
■ 発生
• 2049年9月、イスタンブールのハイダルパシャ港で
推定0.8〜1.2ktの核爆発 が発生
• 港湾施設は壊滅、周辺で死者6,000名以上
• 旧ロシアの戦術核弾頭を改造した可能性大
■ 犯行主体
北コーカサスのイスラム過激派「カフカス・エミレート残党」
• ロシア混乱期にチェチェン近郊の弾頭庫を略奪
• 核起爆装置が不完全だったため小規模爆発に留まる
• トルコを「異教徒・親欧州の裏切り」とみなし標的に
■ 地政学的影響
• NATOがロシア領への飛行禁止区域(NFZ)設定を決定
• トルコは国境地帯に10万の軍を展開し、北コーカサスへ越境攻撃
• NATOはロシア国際管理領の“南側の支柱”としてトルコを重用
■ 重要点
この事件が引き金となり、
「核テロは既遂。次は都市レベルの破滅が起こりうる」
という認識が世界に広まった。
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◆【第 3の事件】2051年 インド・ムンバイ “未遂核テロ”
— 世界が最も恐れたが未遂に終わった事件。
■ 概要
• 2051年2月、ムンバイ港で押収されたコンテナから
高濃縮ウラン(HEU)3.2kg が発見される
• コンテナには簡易型ガンバレル装置の部品も存在
→ 完成していれば広島型の1/3規模の出力が可能
■ 犯行主体
パキスタン西部の武装勢力+ロシア出自の核技術者グループ
• 核物質はロシア中央部の研究所から流出
• ムンバイ金融街を標的にした計画
• インド情報局(RAW)が事前傍受に成功し阻止
■ インドの反応
• インドはロシア国際管理領に積極軍参加(シベリア・ウラルへ派兵)
• 「核テロ源を根絶せよ」を理由に国連に強硬方針を要求
• パキスタン国境で準軍事作戦を拡大
→ 南アジアで一時的な“ミニ冷戦”が発生
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◆ 核テロ3件の連鎖が世界に与えた影響
● 1. ロシア地域の完全な国際管理が不可避に
単なる内戦・治安崩壊ではなく
**「世界核安全保障上のブラックホール」**と認識されるに至る。
● 2. 日本・中華民国が東シベリア管理の責任国へ
ロシア東部の核研究施設やミサイル基地が多数残存していたため、
日中が主導せざるを得なくなる。
● 3. トルコとEUの軍事的影響力が急上昇
特にイスタンブール核爆発後は
「欧州の盾」=トルコ という構図が形成される。
● 4. 核テロ対策が国際秩序の中心テーマに
2050年代の軍事・外交は
「核拡散の制御」
「ロシア領の管理」
「技術者の監視」
が最優先となる。
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◆ まとめ
ロシア進駐作戦中の核テロは次の順で発生した:
1. 2047年:ドイツ・ラインラント → 核汚染散布テロ
2. 2049年:トルコ・イスタンブール → 低出力核爆発
3. 2051年:インド・ムンバイ → 未遂核爆発(HEU押収)
これらはすべて、
ロシア国家崩壊直後の核物質・技術者流出が原因で、
事件の度に世界はロシアへの介入を強化していく。
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核テロ未遂 → 印パ全面戦争(第四次印パ戦争)
◆ 2051年:ムンバイ核テロ未遂が引き金
ムンバイ港で押収された高濃縮ウラン(HEU)は明らかに
• 旧ロシア施設から流出
• パキスタン西部の武装勢力が搬送
• パキスタン軍の情報部(ISI)の“黙認”の可能性大
という証拠が揃う。
インドはこれを事実上の
「パキスタンによる核攻撃計画」
とみなす。
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◆ 2051年3月:インド政府、軍に「報復準備命令」
• インド陸軍と空軍がパキスタン国境に
主力を集結
• 海軍はアラビア海で封鎖作戦の準備
• RAW(インド情報局)はパキスタン国内の核関連拠点リストを提出
インド世論は
「また核テロがあったら都市が蒸発する」
との恐怖から、強硬姿勢を圧倒的に支持。
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◆ 2051年4月:パキスタン軍、先制的動員
パキスタン側も
• 核施設へのインド攻撃を恐れる
• ロシア混乱から流入した核関連物資の隠蔽が目的
これらから、国家総動員を宣言。
両国とも「攻撃されたら核で報復」と表明し、
危険な相互核抑止の不安定状態に入る。
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◆ ◆ 2051年6月:第四次印パ戦争 勃発
直接の引き金は次の事件:
■ カシミールでの小規模核物質散布(未遂)
• インド国境警備隊がパキスタン側から越境した武装勢力を射殺
• その遺体の荷から微量のHEUが発見
• インドは「第二次核テロの試み」と判断
• モディではないが、インド新政府は空軍の限定攻撃を承認
→ インド空軍がパキスタン・バロチスタンの3カ所の武装勢力拠点を空爆
これにより正式に戦争が始まる。
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◆ 第四次印パ戦争(2051〜2053)の経過
◆ 第1段階:限定空爆と国境衝突(2051)
• インド空軍は「外科手術的攻撃」を主張
• ただ実際にはパキスタン核関連施設に近い軍事基地も標的に
• パキスタンは短距離ミサイルを使用し反撃
• カシミールで数万人規模の地上戦
◆ 第2段階:戦線拡大(2052)
• インド北方軍がラホール方面へ進撃
• パキスタンは中国(中華民国・連合国と改善関係)の支援を得られず孤立
• ソ連崩壊により後背支援も失われている
→ パキスタンの軍備はインドに対し劣勢
◆ 第3段階:国際介入(2052末)
• 日本・欧州・中華民国が停戦仲介
• 理由:インドが勝ちすぎるとパキスタンが核の使用に走りかねない
• 2052年末、「核不使用」を条件に国連監視団が派遣される
◆ 第4段階:停戦(2053)
• パキスタンは軍事的に崩壊寸前
• インドは国際世論の圧力で進撃停止
• 両国は「核物質監視協定」「パキスタン内核施設の国際管理」を受け入れ
終了
→ インドの軍事的勝利、政治的引き分け
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◆ 印パ戦争による影響(世界への波紋)
1. パキスタンの“部分的国際管理化”
• 連合国がパキスタン国内の核関連施設の監視に入る
• パキスタン主権は大幅に制限
• イスラム強硬派が反発し内戦状態が深まる
2. インドは核テロ対策の“世界筆頭国”となる
• ムンバイ事件以降、世界の核テロ追跡に中心的役割
• ロシア管理領への部隊派遣を継続
3. 南アジア全体が長期不安定化
• バングラデシュに難民が流入
• アフガニスタン・中央アジアの残存勢力が南下し混乱拡大
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◆ 結論
2051年のムンバイ核テロ未遂は、ほぼ必然的に印パ戦争を引き起こす。
しかもこの世界線の印パ戦争は、
• パキスタンがロシア散逸核の温床化
• インドが連合国側の核テロ掃討を担う
• 国際社会が核物質完全封鎖を最優先にしている
という特殊な条件下で発生するため、
**戦争の中心テーマは「核拡散の阻止」**となる。
この特徴が史実の印パ戦争と決定的に異なる点です。




