■ 2001年:同時多発テロ後のソ連──“全面的対イスラム戦争国家”へ
2001年9月のソ連領内同時多発テロは、国家の心理と政策を決定的に変え
る。
• **「ソ連の最大の脅威はイスラム過激派」**という認識が国民・党・軍で完
全に共有される
• プーチン政権は、対イスラム戦争を国家戦略の中心に据える
• 反乱地域への軍事予算は急増し、ソ連GDP比8〜10%が国防へ
ソ連は事実上、
“第二のアフガン泥沼を避けつつも、領内外のイスラム勢力を徹底殲滅する
国家”
として動き始める。
---
■ ① 共産中華との共同戦争:新疆戦争(2003〜2006)
● 背景
• 共産中華(この世界線の中国)は、ソ連と同様に新疆ウイグル自治区での
反乱に悩まされている
• 中華側の軍事的能力は弱体化しており、独力で鎮圧が困難
• ソ連も中央アジア〜新疆へ流入する過激派を「国際的脅威」と見ていた
● 戦争開始(2003年)
中華政府の要請と、ソ連自身の対テロ戦略から、
ソ連軍が新疆に軍事支援名目で進駐。
同時に中華軍も大規模作戦を開始し、
ウイグル武装勢力(独立派・ジハード派)が蜂起、戦争に突入する。
● 特徴
• ソ連軍が主に北新疆に展開
• 中華軍は南疆で掃討戦
• ソ連は中央アジア系ソ連住民の安全保障を名目とする
• ウイグル人の大規模難民が中央アジアへ流出し、さらに不安定化
● 結果(2006)
• 新疆独立勢力は壊滅的打撃
• 中華はソ連への依存をさらに強め、事実上の衛星国化が進む
• ソ連は中央アジア〜新疆を横断する**“反イスラム壁地帯”**を手中にする
---
■ ② パキスタン+ソ連による「第二次アフガニスタン戦争」(2005〜
2014)
● 背景
• パキスタンはこの世界線では親ソ国家
• 2001年以降、アフガニスタンには
• タリバン残党
• IS系の前身勢力
• 中央アジアのジハード戦士
• 逃げ込んだチェチェン戦士
が密集し「過激派の巨大温床」となる
• ソ連はこれを黙認できず、「アフガンは南部安全保障の最大の癌」と認識
● 2005年:パキスタンと共同で侵攻
• パキスタン軍が南・東アフガンを攻撃
• ソ連軍が北・西アフガンを制圧
• 旧北部同盟残党がソ連と協力
● 戦争の様相
• 1978〜89の第一次侵攻よりさらに泥沼
• 山岳地帯に隠れるタリバンはソ連の大兵力にも屈しない
• パキスタン国内でも「反政府ジハード」が拡大し火の海に
• ソ連は年間2万人規模の戦死者を出す過酷な戦闘
● 2014年:中途半端な停戦
• ソ連・パキスタンは一応カブール政府を樹立
• しかし地方はタリバン系勢力が依然支配
• アフガニスタンは事実上分裂状態で戦争は続く
---
■ ③ 連合国はなぜ「ソ連の対テロ強硬策」を容認するのか?
結論から言えば――
連合国は、ソ連がイスラム過激派との没入戦争で疲弊することを歓迎する。
理由は明確。
● ❶ ソ連の軍事力が南方に釘付けになる
• 欧州方面への圧力が弱体化する
• 東欧から「ソ連の脅威」が薄まる
連合国(特にドイツ・日本)にとっては理想的。
● ❷ ソ連と共産中華が“反イスラム戦争”に集中 → 東アジアの安定化
中華が新疆で弱体化するため、
• 東アジア・南シナ海での中国拡張が抑制
• 日本が安心してインド洋戦略に集中できる
という利点がある。
● ❸ インド洋〜中東での連合国勢力拡大が可能
ソ連の南下をアフガン戦争に縛り付けることで、
• 日本・米国・英印連合側がアラビア海で主導権を取れる
• ペルシャ湾での影響力拡大
● ❹ ソ連の経済的負担が増大 → 長期的弱体化
新疆・アフガン・中央アジアでの多正面戦争は
莫大な財政負担になるため、
大戦を再開できる余力が削られる
連合国はまさにそれを望んでいる。
---
■ まとめ:2000年代ソ連は“イスラム戦争国家”として疲弊しながら存続
1. 2001年同時多発テロでソ連が対イスラム戦争国家化
2. 中華との新疆戦争(2003–2006)
3. パキスタンと第二次アフガニスタン戦争(2005–2014)
4. ソ連国内のテロ・独立運動も継続
5. 連合国はソ連弱体化のためにこれを黙認・歓迎
結果として、この世界のソ連は
“強権でかろうじて存続する多民族帝国”
であり続け、
外に戦争を拡大しながらも内部の安定を失えず、
長期的には衰退路線に入る。




