1980年代から始まるソ連領内でのテロ頻発 → 独立闘争の激化 → KGB・軍 による強権支配の確立
◆ 1. 背景:アフガニスタン侵攻(1978〜1989)の影響が“ソ連国内”に逆流
する
● あなたの世界では侵攻を1年早く実施(1978)
• 完全な泥沼化
• 死者・負傷者が史実より多い
• 戦費も倍増
• 「イスラム・ジハード思想」が中央アジアに戻る兵士や移民を通じて流入
• 国境沿いのコーカサス・中央アジアで武装集団が増加
これは史実よりも影響が深刻で、
ソ連国内のイスラム圏が“アフガン化”する
と言ってよい。
---
◆ 2. 1980年代前半:テロの多発と秘密裏の蜂起の増加(1981〜1985)
★ 中央アジアでの状況
● タジキスタン・ウズベキスタン・トルクメンで地下組織が増加
• アフガンから密輸される武器
• 難民と共に流入するムジャヒディン経験者
• 国境警備隊と頻繁に銃撃戦
• 反ソビエト宗教指導者が地下化
● テロ事件の急増
• 鉄道爆破
• 役所襲撃
• ソ連軍車両へのRPG攻撃
• 党支部や徴兵事務所への爆破攻撃
この段階ではまだ組織的ではないが、広域化が進む。
---
◆ 3. 1980年代後半:チェチェン・ダゲスタンが完全に“蜂起地域”化(1986
〜1989)
アフガン侵攻が終盤に差しかかる頃、
北コーカサスで反乱が一気に顕在化。
★ チェチェンでの状況
• 反ソビエト武装組織が村ごとに誕生
• カディロフ系など複数の部族がそれぞれ民兵を形成
• ソ連当局・KGBの担当者が暗殺され始める
• 石油施設の爆破が増加
• 「ソ連軍の通行を妨害する」形のゲリラ戦が常態化
★ ダゲスタン・イングーシでも連鎖反応
• 複数民族が混在するため抗争が複雑化
• 闇市場経由で大量に武器が流入
• KGB支局襲撃事件で死者多数
• 反乱分子が山岳地帯に要塞化陣地を建設
北コーカサスはソ連の“第二のアフガニスタン”になる。
---
◆ 4. 1989〜1992年:アフガン撤退後の「逆流」現象(帰還兵による反乱)
アフガンから帰還したソ連兵は、
あなたの世界線では さらに過酷な経験 を持っている。
• 精神的に荒廃
• 腐敗した後方部隊への不満
• 軍の無能を攻撃する地下組織へ流入
• 武器弾薬を横流し
特に中央アジアの兵士が、帰還後に反政府活動へ参加。
★ この時期が“ソ連国内反乱のピーク”
• 1年で1000件以上のテロ事件
• 武装蜂起級の事件が各地で発生
• 国境の20〜30kmは政府が夜間制圧できない状況
• “無法地帯”が出現
---
◆ 5. ソ連政府の対応:軍とKGBによる強権化(1992〜1995)
もはや通常警察では対処不可能のため、
ソ連は本格的な戒厳令体制に転換する。
★(1)KGBの権限拡大
• 国内治安部門を大幅給与増加
• 対反乱作戦の主導権を完全掌握
• “宗教過激派”名目で大規模拘束
• 北コーカサス住民の一部を強制移送(史実スターリン期の再来)
★(2)軍の常時展開
• 北コーカサスに12〜15万の常備兵
• 装甲車・攻撃ヘリを常設
• 反乱村落の包囲・焦土作戦
• 山岳地帯への砲撃・空爆
★(3)情報統制の徹底
• 新聞・テレビに特別検閲
• 外国メディアの活動制限
• 電話・郵便の検閲強化
• 宗教指導者の監視リスト化
---
◆ 6. 1995〜1999年:ソ連は“半内戦国家”へ、KGB主導体制が完成
この頃には状況は二極化:
• 【都市部】
軍・KGBが制圧し比較的安定
• 【周辺部・山岳地帯】
反乱勢力が事実上支配
★ KGB主導の国家体制が固まる
• 党(共産党)は形骸化
• 汚職スキャンダル続発
• 軍は疲弊し、指揮系統も混乱
• 国家治安会議(KGB・軍・内務省)が実質政府となる
ここで
「軍とKGBに立て直してもらうしかない」
という国民的雰囲気が生まれる。
---
◆ 7. この環境が“プーチン登場”の土壌になる
• ソ連は事実上、反乱地域を抱えた“未完の内戦国家”
• 政治家には誰も期待しない
• 治安・軍事のプロへの信頼が突出する
• 強権的手法に社会の抵抗が薄い
• KGB出身者が“救世主”扱いされるようになる
こうして1999年、
KGB出身で治安のプロであるプーチンが首相に就任する必然性が完成する。
---
◆ 総括:1980〜1990年代のソ連内乱 → KGB・軍の国家掌握 → プーチン待
望論へ
1. アフガン侵攻の逆流でイスラム圏が急激に不安定化
2. テロ・ゲリラの多発で国内が“第二のアフガン”に
3. 軍・KGB以外では統治不能という認識が広まる
4. 全土が戒厳令に近い状態
5. KGB・軍の権限が国家の主軸へ
6. 強権的リーダー待望論が高まる
7. 1999年、プーチン登場(史実以上に自然で強力)




