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1978年 ソ連のアフガニスタン侵攻

◆ ソ連のアフガニスタン侵攻(1978–1979):総合概要

• 発端:1978年春、アフガニスタン内部の共産・反共対立が激化

• ソ連の目的:パキスタン(親ソ国家)への陸上補給線の確保、南アジア支

配の強化

• インド分割戦争(1962〜)との連動により、アフガニスタンは戦略の要衝

化。

• ソ連は迅速な“安定化作戦”を想定していたが、予想以上に抵抗が強く事態

は泥沼化する。

---

◆ 1. 背景:なぜソ連はアフガニスタンへ?

●(1)パキスタンがこの世界で「親ソ国家」になった

• インド分割戦争(1962〜1985)の中で

パキスタンはソ連寄り政権が成立

• 南アジアでソ連が影響力を直接行使できる唯一の国家となる。

●(2)ソ連・パキスタン間の陸路が存在しない

ソ連本土とパキスタンは直接国境を接していないため、

**アフガニスタンはパキスタンとの接続を確保するための「回廊」**だっ

た。

●(3)アフガニスタンの共産政権の不安定化

1978年、アフガニスタンの政権は内部対立と部族反乱で崩壊寸前。

• 共産政権はモスクワ寄りだが脆弱

• 反共・イスラム勢力が急成長

• パキスタンとの連絡線も脅かされはじめる

ソ連は「アフガニスタンが崩れれば南アジア戦略が破綻する」と誤判してい

く。

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◆ 2. 1978年12月:ソ連軍の侵攻決定

● 政治局の判断

• インド分割戦争が激化しつつあり、

パキスタンへの補給線維持=南アジアでの覇権維持

• アフガニスタン政権の崩壊は許容できない。

• 当初の計画は「6ヶ月で安定化」「駐留は短期間」。

● 主目的(重要順)

1. パキスタン連絡経路(ルートA)の確保

2. 親ソ政権防衛

3. イスラム過激派の拡大阻止(ソ連南部への波及防止)

4. インドを牽制し南アジア勢力図を固定

---

◆ 3. 作戦開始:1978年12月27日

● コードネーム:第40軍特別行動

ソ連軍は以下の複合戦力で侵攻。

• 105個空挺師団

• 5個機甲旅団

• 4個自動車化狙撃師団

• Spetsnaz(特殊部隊)

• 空軍(Su-17/25、MiG-21、Mi-24)

● 侵攻ルート

1. 北部ルート:テルメズからカブールへ

2. 西部ルート:トルクメンSSRからヘラートへ

3. 東部ルート(特殊部隊):サラング峠制圧

● 戦術

• カブールでの政府主要施設を電撃的に掌握

• 反ソ政権幹部の排除

• 親ソ政権指導者を即時擁立

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◆ 4. 1979年〜:抵抗の激化と泥沼化

ソ連軍は数週間で主要都市を制圧したが、

それは“勝利のように見えた錯覚”に過ぎなかった。

●(1)ムジャヒディンの蜂起

• 山岳部のイスラム勢力が全面抗戦

• 部族ごとに独立した戦闘単位を組織

• 都市ではなく山岳ゲリラ戦へ移行

●(2)アラブ諸国の支援

• サウジ・湾岸諸国 → 資金と武器供給

• イスラム義勇兵の流入

• 宗教戦争として扱われ、抵抗は過激化

●(3)日本・米国の影響

この世界では日米枢軸が非常に強いため、

• 日本:資金・装備供与(旧満州ルート)

• 米国:地対空兵器、訓練、通信支援(史実以上)

補給線は安定し、ムジャヒディンの戦力は史実以上。

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◆ 5. 戦線膠着(1980〜1985)

• ソ連軍は都市を保持するが、地方支配はほぼ不可能

• サラング峠の補給線は常に襲撃され続ける

• 死傷者・戦費は急増しソ連本国の負担に

加えて、

• インド分割戦争は依然継続中

• 南アジア戦略の再編ができない

このためソ連は撤退の選択肢を持たないまま泥沼化していく。

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◆ 6. 1985年:インド分割戦争終結でも撤退できず

停戦後、ソ連内で撤退論が台頭するが、

アフガン政府が崩壊寸前のため撤退不能。

• 撤退 = 南アジア戦略の破綻

• 撤退 = 親ソパキスタンの孤立

• 撤退 = ソ連の威信喪失

そのため駐留継続。

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◆ 7. 1986〜1989:崩壊へ向かうソ連

• 戦費増大

• 予備役動員の拡大

• 国内不満の急増

• パキスタンへの補給路も不安定化

1987年に「撤退計画」が政治局で正式に議題となり、

1989年にソ連軍は完全撤退。

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◆ 8. 結果:ソ連南アジア政策の完全な失敗

• アフガニスタンは完全に国家崩壊

• パキスタンとの連絡路も確立できず

• インドが再び地域大国化

• 日米の影響力が拡大

• ソ連の威信は決定的に傷つく

この世界線のソ連崩壊(時期は変動し得る)に、大きく寄与する。

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◆ まとめ:この世界線でのアフガニスタン侵攻の位置づけ

「インド分割戦争と南アジア覇権争い」が主因で発生し、

史実以上の泥沼・消耗戦となるのが最大の特徴。

そして、

• 1978年侵攻

• 1989年撤退

• アフガニスタンは完全崩壊

という大筋は史実と似るが、

動機と地政学的意味はまったく異なる。

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